土鍋
視点:ベルタ
土器鍋を作ってから、さらに削って形を整えて白い泥を付けてもう一度焼くという途方もない手間をかけて土鍋が生まれます。
「おにいさん、できた?」
わたしが確認するのは、これで何度目になるだろう。数えておくのも飽きたけど、そんなには多くない気もする。それとも覚えてられないくらい多かっただろうか。
おにいさんがおかしな道具を作る時、そのなかでもつまらない事をするのも二種類ある事に気が付いた。
ひとつは、平ら石の板、焼き物で作った四角や三角や溝があるやつ、真っ直ぐで円い棒。これはずうっと同じようにゴリゴリやっていて観ていてつまらないけど必ずできるやつ。
もうひとつは、今作っているこれ。
「失敗」
おにいさんが鍋を作っているんだけど何が気に入らないのかできたら割ってしまうやつ。
今まで見たことがないくらい、ううん、絶対に見たことがないきれいでつやつやした鍋なのに割ってしまうのだ。
これは何回やってもできないのではないだろうか。それは悲しいことだけど、そもそもできたらどうなるのだろうか。
おにいさんが自信満々に土鍋は便利だからつくると言っていた。今までの道具は特に何も言っていなかった。いろんな道具を使って作った真っ直ぐな棒でさえ便利な道具とは言わなかったのに、土鍋は便利と言い切ったのだ。
おにいさんがそう言ったものは、本当に便利に違いない。今までも見たことないものが出てきているのだ。そのおにいさんが便利と言い切ったのだから、どうしても期待が膨らんでしまう。
村の誰も見たことがなくて、とても便利で、手触りがよくて、怖いほど正確に動く何かが、おにいさんの手の中から生み出される。だから今回も、きっと本当なのだろうとわたしは思っていた。
おにいさんと朝の日課をしながら、わたしは声をかけた。
「ねえ、おにいさん。そろそろできるかな?」
「たぶん」
わたしは頷いた。おにいさんはできる時はできる、できない時にはできないと言う。言い切れない時はいつもたぶんという。
鍋ならわたしの家にもあるし、村のどの家にも必ず一つや二つはある。あの黒っぽくて、ざらざらした焼き物の鍋だ。毎日のおかゆを炊くのにつかうものだからいるのはわかる。あれにわざわざ新しい名前を付けるほどの違いがあるのだろうか。
そもそもおにいさんが作っている土鍋も、白い泥を塗る前は普通の焼き物の鍋そのものなのだ。あれれ、蓋がある鍋なんておにいさんだけしか作ってないぞ。それでも十分すごい事なんじゃないだろうか。
「今ある鍋とは全然違うの?」
わたしが尋ねると、おにいさんは。
「はい。全然違う」
と、きっぱりと言い切った。いつになく自信があるときの顔だ。
おにいさんの前の作業台には、たくさんの木箱が並んでいた。その中には、細かく砕かれた焼き物の欠片がぎっしりと詰まっている。それは、おにいさんが今まで何度も失敗して、割れてしまった器の残骸だった。
火の温度が強すぎて歪んでしまったものや、焼き上がったあとに勝手にひびが入って砕けたもの。そしておにいさんが気に入らなかったのか割ったしまったもの。おにいさんはそれらを捨てることなく、すべて集めておいたのだ。そして今回も杵と臼で叩き砕いていた。
最初の方はもったいないんじゃないかと思っていたけど、あれは新しい粘土に生まれ変わる事をわたしは知っている。
「次はうまくいくといいね」
「はい」
わたしがつぶやくと、おにいさんは足で踏んで杵を動かしたまま頷いた。
おにいさんは、わたしの疑問を気にする風でもなく、ひたすら作業を続けた。
焼き物の欠片を叩き砕き、細かい粒だけにして集める。それを新しい粘土に、決まった量を混ぜ合わせる。水を少しずつ加えながら、手のひら全体を使って、何度も何度も力強くこねていく。
粘土の塊がねっとりとした艶を帯びてくると、おにいさんはそれを器の形に成形していった。ろくろの上で滑らかに立ち上がったその形は、村の土器よりもずっと肉が薄く、それでいて丸みが綺麗で、どこか強そうな形になる。
今日はその作業はしないみたいだ。かわりに乾かした素焼きの鍋を取り出した。
この鍋もやたらおにいさんは一生懸命つくったものだ。こねて形を作って乾かして。何日も過ぎてから焼く。焼いたら、なんと一度形を確かめながらくるくると平らな石の上で回しながら削るのだ。そんなことをしている人は絶対にいない。村の皆はこの一度焼いたやつを焼き物と言っているし私もそう思っている。しかしおにいさんからするとこれは土の器そのもので焼き物ではないらしい。
普通、村の土器は作って乾かして、焼いたらそれで終わりだ。形が少し歪んでいようが、傾いていようが、誰も気にしない。
けれどおにいさんは、一度焼いた器をさらに削る。鍋の縁をまっすぐに揃え、別に作っておいた蓋が、少しの隙間もなくぴったりと合わさるように、何度も合わせては微調整を繰り返した。
びっくりする程きれいになった鍋に、おにいさんは白い泥を付けてまた乾かすのだ。
そうしてできた白い器を今日は焼くのだ。
「なんだか、お鍋を作っているみたいじゃないだね」
「いいえ。お鍋です」
おにいさんは笑ってこたえた。
そして、またまた焼き物の箱にいれてかまどに火をつけていた。
蓋と鍋が入っている、開いた隙間にはちいさい焼き物も入っている。小さい方は毎回成功してどんどん増えていく。これはこれで楽しいので続けるといいとおもっている。
火を入れてから、わたしもおにいさんも別の作業をしながら、何時間も、何時間も待つ。
おにいさんはじっと温度を見極め、やがて薪をくべるのをやめた。そこからは箱が冷えるのを待つ時間だ。
わたしもいつもと同じような作業なのでそろそろ時間だなと寝る準備を始める。
「おやすみ、おにいさん。明日はきっとできるよね」
「はい。できます」
なんとおにいさんはできると言い切った。寝るつもりだったのについ眼が冴えてしまう。
朝になり、日が出る前に目が覚めた。
「おはよう。ベルタ」
おにいさんはすっかり冷めた箱の中から鍋を取り出した。
わたしは眠気を吹き飛ばして、おにいさんの手元を覗き込んだ。
「あっ……!」
わたしは思わず息を呑んだ。
光っていた。
少しだけ、けれども、本当に確かに、表面が光を弾いてつるつるに輝いていたのだ。
あの白い泥水が、本当に、薄い氷の膜のようになって、茶色い土の肌を優しく包み込んでいた。村のどんな器とも違う、見たこともないくらいつやつやと光、綺麗な鍋だった。
「できたました」
おにいさんが言った。その声は、珍しく、小さく震えていた。
「おにいさん、大成功?」
「はい。大成功です」
わたしは嬉しくなって、その場でパチパチと手を叩いた。
「おおー! おめでとう、おにいさん!」
よく分からないことだらけだけど、おにいさんがこれだけ喜んでいるのだ。これはきっと、すごくすごいことに違いない。わたしの拍手に、おにいさんも少し照れくさそうに笑った。
けれど、おにいさんは余韻に浸る間もなく、すぐに次の行動に移った。いつもの試す時間だ。おにいさんは、何かが完成すると、それが本当に使えるかどうかを、ちゃんと試してみるのだ。
おにいさんは、かまどに土鍋を乗せた。
いつもなら、お湯を沸かすときは、煙道の方の温めるところに器を置く。直に火にかけると割れるからだ。おにいさんはそちらではなくかまどの真上にのせた。
一番熱い、かまどのの真上だった。
「おにいさん、そんなところに置いたら割れちゃうよ!」
わたしは思わず大きな声がでてしまった」
「われない」
「われないの?」
「たぶん」
おにいさんは正直にそう言って、苦笑いをした。
おにいさんは、冷たい水を満たしたその新しい鍋を、熱い天板の上に容赦なく載せた。そして、ぴったりと合う蓋を閉じた。
わたしは身を固くして、鍋が破裂するかもしれない衝撃に備えた。
じっと鍋を見つめる。けれど、いつまで経っても、あの嫌な「パキン」という音は聞こえてこない。
それどころか。
かたかた。
かたかたかた。
小さな、心地よい音が静かな小屋に響き始めた。
鍋の蓋が、内側からの力に押されて楽しそうに踊っている。隙間から、真っ白で、勢いの良い湯気が、勢いよく噴き出してきた。
さらに、ぶくぶくと、水が激しく沸騰する音が、しっかりと締まった蓋の向こうから聞こえてくる。
「えっ、もう……? 早っ!」
わたしは目を丸くして叫んだ。
本当に、驚くほど早かった。
いつもの村の土器鍋では、こんなことは絶対にあり得ない。じわじわと時間をかけて温めなければ割れてしまうから、お湯を一杯沸かすだけでも、日が暮れてしまうのではないかと思うほど待たされるのだ。
けれど、おにいさんの土鍋は違った。
火の真上の、一番熱い場所にいきなり置かれたのに、びくともしていない。ひび一つ入らず、それどころか、あっという間に中のお湯を沸かしてしまった。
「すごい! すごいよ、おにいさん!」
「はい。すごいです」
おにいさんも、じっと沸き立つ湯気を見つめながら、深く、深く感動したように頷いていた。
おにいさんが厚い布で鍋の取っ手を持ち上げ、机の上に移動させる。
裏返して底を見ても、どこにも傷はない。割れていない。ちゃんと、綺麗な鍋のままだ。
「ねえ、おにいさん! これ、ものすごく便利だよ!」
わたしは興奮して、おにいさんの周りを跳ね回った。
もし、この割れないお鍋が、たくさんあったらどうなるだろう。わたしの小さな頭の中に、たくさんの温かい想像が広がっていった。
寒い日は、火を熾したあと、すぐにお湯が沸く。
麦もすぐにおかゆになって食べられる。
スープもいつでも飲めるに違いない。
「これ、いっぱい作ろう! いっぱい!」
わたしが目を輝かせて提案すると、おにいさんは少し困ったように、でも優しく笑った。
「はい。作ります」
「作ろうよ! 今日からすぐ作ろう!」
おにいさんは、わたしの勢いに押されながら、愛おしそうに土鍋の表面を指で撫でた。そして、少し遠い目をしながら、しばらく考えてから答えた。
「はい。またつくります」
「やったあ!」
わたしは家の中で嬉しくて飛び跳ねた。
毎日の様に作るなら、きらきらしたお鍋がたくさん増えるはずだ。
そうすれば、いつでも温かいスープが飲める。
そんな、少しだけ豊かで、温かい未来を想像して、わたしは一人でにやにやとした。
おにいさんは、そんなわたしの様子には気づかないまま、また杵と臼で石の粉を作って、水に入れていた。
この大変な作業はおにいさんにしかできないから、頑張って!
次回、レトルト
【作中技術解説】
嵌合調整:粘土を成形してそのまま本焼きすると、焼き締まりによる歪みで蓋と本体の間に隙間ができてしまいます。おにいさんは、一度比較的低い温度で「素焼き」を行うことで、チョークのように適度な硬さで削りやすくなった状態を作り出しました。この段階で精密な研磨や削り出しを行い、蓋と本体を完璧に密着(嵌合)させることで、内部の圧力を高めて熱効率を極限まで引き上げる構造を実現しています。
釉薬:ガラス質コーティング。植物の灰や長石石英粉末を水に溶かした「釉薬」を器の表面に塗って本焼きすることで、高温下で成分が融解し、表面に薄いガラスの層が形成されます。これにより、本来は多孔質で水が染み込みやすい土器の表面が完全にコーティングされ、防水性と耐久性が向上します。また、内部の熱や水分を逃がさないため、保温性と熱伝導の効率が格段に高まります。
シャモット:一度高温で焼き締めた陶器や耐火煉瓦の破片を細かく粉砕したものを「シャモット」と呼びます。これを生の粘土に混ぜ込むことで、乾燥時や焼成時の収縮率を抑え、変形やひび割れを防ぐことができます。さらに、器の中に熱膨張率の異なる粒子が分散するため、急激な加熱や冷却に対する耐性(耐熱衝撃性)が劇的に向上し、直火に耐える「土鍋」の製造が可能になります。




