焼き物チャンバー
視点:ベルタ
土器ではなく炻器・陶器を焼くための箱を用意しました。知っている焼き物とはまるで別物が生まれます。
おにいさんが、また四角い焼き物を積んでいた。
最近のおにいさんは、本当に四角い焼き物のことばかり考えている。
平らな石の上に泥をこねて、四角い型に押し込み、乾かしては焼く。そうして出来上がったものを、今度は杵と臼で叩いてわざと粉々にしてしまうのだ。
わたしには、おにいさんが何をしているのかさっぱり分からなかった。せっかく作ったものを壊して、何が楽しいのだろう。おにいさんは割れた破片をじっと見つめ、首を振っては、また新しい泥をこね始める。そうして奇跡的に割れなかった一握りの四角い焼き物だけを並べて、表面を平らな石でごりごりと削り、ようやく一列ずつ積み上げていく。
見ているだけのわたしですら、いい加減に飽きてしまうほどの繰り返しだった。
「ねえ、またそれなの?」
我慢できずに声をかけると、おにいさんは泥のついた手を止めずに、すぐ答えを返してきた。
「はい。またそれです」
少しも悪びれる様子がない。わたしは大きいため息をつき、炭の鏡で自分の顔を見た。
難しい顔をしていたのでとても笑えた。
よし、元通り。
お家には、村の他の家にはない変なかまどががある。
口から薪を入れると、炎が奥へ吸い込まれていき、長い煙突を通って部屋を暖めてくれる。おにいさんは難しい顔でなんとかかんとかと呼んでいるが、名前が長くて覚えにくいので、わたしはかまどと呼んでいた。
普通の家の炉は、火を点けると部屋の中が煙でいっぱいになって目が痛くなるし咳をしてしまう。けれど、おにいさんのかまどは煙がちっとも外に出ない。薪がごうごうと音を立てて激しく燃え、おにいさんが作った煙の通り道をじんわりと暖めてくれる。わたしは夏の今でもそのそばが大好きだった。
お湯が作れて、わらを乾かせて、薪も乾かせる。それで十分だとわたしはそう思う。
けれど、おにいさんは満足していなかったらしい。
おにいさんはすこし前から、かまどの真上の、一番熱くなる場所に奇妙な四角い箱を組み立て始めていた。あの、何度も焼いては割り、割らずに磨いた特別な四角い焼き物を使い、隙間を白い粘土で丁寧に埋めながら、小さな部屋のようなものを作っている。
「おにいさん、これ何?」
「焼き物を作る箱です」
「いつも煙道でつくってるよ?」
「そうです」
おにいさんは笑っただけで、珍しく詳しい説明をしてこなかった。いや、よくわからないから同じなんだけど煙道での焼き物と違うけど説明できないような顔をしていた。
積み上がっていく四角い焼き物の箱は、大人が入るには小さすぎるけれど、八歳のわたしなら丸まって入れそうな大きさだった。好奇心が湧いてきて、わたしは箱の隙間からのぞき込む。
「ねえ、中に入ってみてもいい?」
「駄目です」
「まだ火を点けてないから大丈夫だよ?」
「駄目です。ベルタが灰になります」
おにいさんの声が少し真面目になったので、わたしはぷくっと頬を膨らませて引き下がった。おにいさんはわたしの機嫌を気にする様子もなく、次の四角い焼き物を積んでいく。おにいさんが怒るときは、いつもわたしが危ないことをしようとしたときだけだ。
「じゃあ、そこに入って何をするの?」
「焼き物を作るんだ」
「焼き物なのはさっき聞いたよ」
わたしは首を傾げた。
村の皆もたまに焼くし、おにいさんだって最近は四角だったり三角だったりの道具を作るのに焼いていた。それと同じならあたらしい箱はいらないはずだ。
「焼き物なら、村のみんなも作ってるしおにいさんもいつも作ってるじゃない。何が違うの?」
「硬いです」
「焼き物は硬いよ?」
おにいさんはいつも、難しい仕組みを説明しようとしてくれるし、身振り手振りが異様に上手なので分かった風な気持ちになる。
しかし焼き物は硬いものだしすでに家にもたくさん置いてある。わたしはいちど焼いた焼き物の板を触りながら、おにいさんの手元をじっと見ていた。
焼いては割って砕いて、三角や四角の道具を作る時に削った粉まで集めて作り続けた四角い焼き物だ。それを集めて作ったこの新しい焼き物の箱が、とうとう形になるのだと思うと、どうしても目が離せなかった。
おにいさんのすることには、いつも驚かされる。きっと今回も、誰も見たことがないような何かが起きるに違いない。
お日様が少し傾きかけた頃、ようやく四角い箱が完成した。
正面には、これまた不思議な、厚い四角い焼き物を組み合わせた重い扉が取り付けられている。隙間なくぴったりと閉まるように、おにいさんが何度も石で削って微調整していた扉だ。
おにいさんは額の汗を手の甲でぬぐい、満足そうに一つ頷いた。
「はい。できました」
「終わった? やっと?」
「はい。焼いてみます」
おにいさんは、かまどに種火を戻して火をつけた。すこし待つと小さな炎が一気に大きくなり、かまどの奥へと吸い込まれていった。
ごうっ、と地響きのような音がして、かまどが激しく空気を吸い込み始める。
火が大きくなるにつれて、煙突の上の四角い焼き物の箱が温かくなってきた。こんなにかまどの近くにいるのにわたしはそこまで熱くない。思わず首を傾げたあとにおにいさんをみる。
「おにいさん、これ熱いけど熱くない」
「うまくできました」
おにいさんはそう言いながら、薪を足したりしている。どうやら箱の様子を観察しているようだった。
焼き物の箱は結局それ以上熱くならなかった。ちょっと触るくらいなら大丈夫そうだ、熱いから触る気はないけども。
「これでおしまい?」
「はい。焼けたら冷ますます」
わたしは目を丸くした。煙道で焼くのと何が違うのか?
「これうまくやけるのかな」
「たぶん」
「たぶんって言った!」
わたしはおにいさんが心配になって、おにいさんの服の裾をぎゅっと握りしめてゆさぶってみる。頑張っていたのにいつもと変わらないのはかわいそうだ。
そこからは、ただひたすらに待つ時間だった。
おにいさんはじっと箱の前に座り込み、時折、扉の小さな隙間から中をのぞいては、薪の量を細かく調節している。
いつものかまどに四角い焼き物の箱が付いたけど、それだけであまり変わらない。すぐに見ているのにも飽きたので、食事がおわったらもう寝ようと思う。
おにいさんはまだ薪をくべている。
「おにいさん、おやすみ」
「はい。おやすみ。ベルタ」
また目がトロンとしてきて、眠る。明日には何かができているだろうか。
目を覚ましたときには、あたりはまだ薄暗さに包まれていた。
「おにいさん、終わった?」
「はい。冷やしています」
どうやら夜のうちに火を止めて、冷めるのを待っているようだ。
わたしたちは朝の日課を済ませることにした。
太陽も高くなったくらいに家に戻ってきて、おにいさんは正面の重い扉をゆっくりと開けた。
開いた扉の奥からいくつかの小さな塊を取り出していく。
それらは、おにいさんがあらかじめ作って中に入れておいた、平らな板だった。
いくつか割れていたが大体はそのままの形で残っているようだ。
相変わらず板の表面に書いてある文字?を見ながらおにいさんは何か頷いている。
「何ができたの?」
すでに熱さは収まるっているので、わたしはつま先立ちでおにいさんの手元をのぞき込んだ。
おにいさんが地面に並べた器を見て、わたしは息を呑んだ。
「あれ……? なんか、これ、違う」
「はい。硬いです」
おにいさんが、嬉しそうに目を細める。
それは、わたしが知っている焼き物とは、全く違う姿をしていた。
村の焼き物は、爪で引っ掻くと簡単に削れてしまうし、落とせばすぐに粉々に割れてしまう。色も泥のような茶色だ。けれど、この箱から出てきた器は、全体が鈍い灰色や薄いクリーム色をしていて、まるで石をくり抜いて作ったかのように硬そうに見えた。
わたしは恐る恐る、冷めた板の表面を指先で触ってみる。ざらざらしているのに、爪が引っかからない。ぎゅっと中身が詰まっているような、不思議な手触りだった。
おにいさんが、割れた板同士を叩いた。
――カン、カン。
澄んだ、高い音が作業場に響いた。
普通の焼き物を叩いたときの、あのボソボソとした鈍い音じゃない。あまり聞いたことがない、気持ちのいい音だ。
「きれいな音だね」
「はい。きれいな音です」
わたしは板を持ち指ではじいてみた。これは焼き物というか石のような感じがする。ものすごく強いし硬い。板にするだけじゃなく絶対にいろんなことに使えるに決まっている。
「おにいさん、これでおしまい? この後は何をつくるの?」
「鍋をつくる。便利です」
おにいさんは身振り手振りで教えてくれる。
普通の壊れやすいお鍋じゃなくて、硬いお鍋ができるのか。ということはどういうことか?きっと割れないということだ!いや、さっき箱の中で板が割れていたな。
この板自体見たことがないものなので、見たことがないお鍋ができるに違いない。わたしはとても楽しみになってきた。
次回、土鍋
【作中技術解説】
耐火煉瓦:粘土の中から、熱に強い成分の多い泥を厳選し、さらに一度焼いた土器の破片を細かく砕いた粉:シャモットなどを混ぜて作った、特製の耐熱・断熱資材です。一度焼いた粉を混ぜることで、焼成時の急激な収縮やひび割れを防ぐことができます。おにいさんが「焼いては割り」と繰り返していたのは、千度を超える超高温に耐えうる、粘土の配合と乾燥度合いを厳選するためでした。
熱源:ロケットマスヒーター+炭化チャンバー還流ガス。薪を単に燃やすのではなく、おにいさんが構築した局所的な超火力システムです。ロケットマスヒーターの強力な吸気、ドラフト効果によって薪を完全燃焼させつつ、煙道に設置した炭化チャンバーから発生する乾留ガスを燃焼室へと還流、引き戻して再利用させています。これにより、ただの薪から極めて密度の高い炎を生み出し、超高温を維持できるようになりました。
焼き物チャンバー:耐火煉瓦と超高温熱源で隙間なく囲み、熱を極限まで濃縮した小さな燃焼室のことです。普通の野焼き(約700〜800℃)では、表面が脆くて水を吸ってしまう「土器」しか作れませんが、このチャンバーの内部は千度を遥かに超えるため、粘土の成分がドロリと溶けてガラスのように強く固まる「炻器」の焼き上げを可能にしました。ベルタが「火の勢いのわりに外側が熱くない」と気づいたのは、熱が外に逃げず、すべてチャンバーの内部に叩きつけられているという、断熱の成功を意味しています。




