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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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レトルト

視点:ベルタ

土鍋が完成した後、お兄さんがまた新しく奇妙な焼き物を作り煙を回収します。

最近はいつも焼き物をする箱で何かが焼かれている。部屋の中は煤けた匂いが立ち込めている。

すべては、あの頑丈な土鍋ができてからのことだった。

おにいさんは、ついにいい粘土と焼き加減を見つけられたと、毎日毎日、泥をこねては焼き物を作るようになった。

いや、振り返ってみると毎日毎日、こねていた。失敗しては砕いていたからものが残らなかっただ。

今では本当にびっくりするほど入れたものはきれいに焼けて出てくる。


最初は、スープを煮るための大きな鍋だった。

わたしはそれができたことが嬉しかったけど、思い返すと箱の隅には違うものも入っていた。

その次も、大きな鍋。そしてよくわからないものもやはり入っていた。

鍋がいいものだということはわたしにもよく分かった。暮らしが便利になる、ありがたい道具だ。

けれど、おにいさんの焼き物はそこで止まらなかった。


次に焼き上がってきたのは、中が空っぽの、ただの焼き物の管だった。

その次は、ぐにゃりと曲がった変な形の管。

さらにその次は、あちこちに突起のついた、もっと妙な形の管。

わたしは一つ目の管を見たあたりから、それが何のための道具なのかを考えるのをきっぱりとやめていた。

どうせ、おにいさんの頭の中にしかない、何かしらの役に立つ仕組みなのだ。いつものことである。

わたしは煙道でお湯のはった土鍋を用意して、さらに乾煎りできるように土鍋を用意した。

この鍋は本当に便利だ。今までお家にあった焼き物の鍋とは比べられない量のお湯を沸かして、乾煎りまでできるのだ。

わたしのおやつ箱につぎつぎと詰め込んでいく。

夏なのにこんなに食べ物があるなんてとても素敵な事だと思う。下処理ででた残りをにわとりの餌箱に入れるとものすごい勢いでついばんでいる。むふふ、三羽のにわとりがいるから毎日1個か2個卵を生んでくれる。


わたしが立派にお仕事をしている横で、おにいさんは煙道を外して炭の小部屋から焼き物の管をつないでいた。

薄い茶色をしたその管は、なぜかピタリピタリと隣の管にはまっている。もしかして太さが違っているのだろうか?

こそこそと触ってみるとちょっとひんやりして面白い。普通の焼き物はざらざらしてどちらかというとあったかいのだ。


「おにいさん、何これ?」


「煙をとる管です」


「まったくわかんない!」


わたしは両手を腰に当てて、少しだけ呆れた声を出す。

たぶんこれは答えなのだろう。問題は、その答えがまったく答えになっていない事なのだ。


おにいさんはふふっと笑うと、地面に絵をかいて説明してくれる。

今までわかっていなかったけど炭を焼く箱からは煙がでて実は煙道の中で燃えていたらしい。

煙が燃えるとはどういうことだろうか。目に染みるあれが燃えるのであればそもそも火をつけただけで全部燃えるのではないだろうか。


わたしは首を限界まで傾げた。


「煙が燃えるの?」


「はい。燃えます」


おにいさんは嘘をついているようには見えなかった。いつだってそうだ。おにいさんはいつも、誰も信じないような意味不明なことを言って、わたしを困らせる。そしてしばらくすると、本当にその通りのことが目の前で起こるのだ。

だからわたしは無理やり自分を納得させる方法を考える。おにいさんが作ったこのかまどなら咳がでて目に染みる煙も全部燃やすから家の外につないだ穴からは煙たくもなんともないぬるい空気がでてくるのだ。


おにいさんは、いつも拾いあつめている細い枝や、木の端切れを、その炭の箱の中へと隙間なくぎゅうぎゅうに詰め込んでいった。

箱が木でいっぱいになると、分厚い粘土の蓋を閉めて、湿らせた泥を指ですくい取り、蓋と箱の境目に丁寧に塗りつけていった。

これはいつもと同じやり方だ。いつもはここからかまどの方に管が伸びていたけど、今回は煙道をつたって伸びている。

これで、箱の中とお外が、長い陶器のくだで一本に繋がったことになる。


お外を見に行くと、これまた見たこともない奇妙な形をした大きな鍋のような何かがどっしりと据え付けられていた。

下半分はふっくらと丸いのに、真ん中は細い管が伸びていて、その上はなぜかおにいさんの特別な焼き物とどこにでもあるざらざらの焼き物が組み合わさっていた。

おにいさんが一生懸命作っていた土鍋じゃない何かはこれだとすぐにわかったけれど、何かはまったくわからない。


「おにいさん、これで煙を捕まえられるの?」


「はい。捕まえられます」


「ふーん」


おにいさんは一生懸命説明してくれる。中から管を通って丸いところに煙が入る。そして細い管から煙が出てきて下に置いた器にたまるらしい。

煙は上に上がるんだよと教えてあげたいが、こんなにも一生懸命説明されているのにそんなことを言うのはどうかと思ってわたしは黙ることにした。

一番上のふつうのざらざらした焼き物の部分に、おにいさんは水をかけていた。


「おにいさん、ふつうの焼き物のざらざらを濡らしただけだとすぐに乾いちゃうよ」


おにいさんは目を見開いてわたしを見て、頭をなでてほめてきた。


「はい。そうです。よく乾きます。ベルタはよくわかっています」


なぜほめられたかは全く分からなかったが、悪い気はしなかった。

おにいさんは家の中のかまどにに火をつけたのだろう。いつものぬるい空気がでてきた。

中に戻ってもいいのだけど、わたしは煙が器にたまるところを見たかったので座って眺めていた。


どのくらい時間が経っただろう。


――ぽた。


不意に、細い管からぽたりとしずくが垂れた。


「あ、おにいさん、なんか出てきた!」


細い管の先端から、濁った液体がゆっくりと滴り落ちていた。

それは透明なお水ではなかった。少し黄色くて、どこか油のようにドロリとした不思議な濁りがある。


ぽた。

ぽた。

ぽた。


一滴、また一滴と、それは規則正しいリズムで首長竜のような壺の底へと溜まっていく。

わたしは好奇心に勝てず、ふらふらと壺のすぐそばまで近付いた。そして、その液体の匂いを胸いっぱいに吸い込んでみた。


「うっわ!」


わたしは思わず両手で鼻を覆い、飛び退いた。とんでもなく変な顔になっていた自信がある。

すっぱい。ものすごくすっぱくて、ツンと鼻の奥を刺すような匂いだ。強烈な煙くさい匂いが混じっている。


「くさっ! おにいさん、これものすごくくさい!」


「はい。くさいです」


おにいさんは水を足しながら、声を立てて笑った。こうなることを最初から分かっていたのだ。


わたしは、すっぱい匂いを漂わせる壺の中を、鼻を別方向へ向けながら恐る恐る覗き込んだ。

おにいさんは煙が取れると言っていたから、このくさい汁は煙の塊なんだろうか。


「おにいさん、これが煙?」


「はい。そうです。煙です。」


ぽた、ぽた、と液体が落ちる音はしばらくの間、途切れることなく続いた。

おにいさんはその後も何度も、テラコッタの器に水をかけ続けた。水が乾いてはかけ、乾いてはかけ、そのたびに白い湯気のようなものがうっすらと立ち上る。


「これも煙なの?」


「いいえ。水です」


おにいさんは額の汗を拭いながら笑ったけど、わたしはまた首を傾げた。

煙に見えるけどこれは水であっちのくさい汁は水みたいに見えるけど煙。

考えている間に、管の出口からかすかに出ていた白い煙が、目に見えて薄くなっていった。

一滴ずつ落ちていた汁の勢いも弱まり、やがて完全に止まる。

そして器に蓋をしておしまいのようだ。


「ねえ、おにいさん。そのくさい汁は何に使うの? まさか飲むの?」


「いいえ。いろいろ使います」


おにいさんは指を一本ずつ折りながら、楽しそうに数え始めた。


「説明してよ!」


わたしが突っ込むと、おにいさんは声を上げて笑った。わたしもつられて笑ってしまった。

でも、おにいさんの顔はとても満足そうだった。

最近のわたしには、おにいさんの気持ちが少しだけ分かるようになってきた。おにいさんが本当に心から喜んでいるとき、その目はきらきらと輝いて、まるで村の小さな男の子が珍しい虫を見つけたときみたいな、子供っぽい顔になるのだ。


わたしはもう一度、蓋を開け器の中の茶色い液体を覗き込んだ。


煙だったもの。木の中に隠れていたもの。よく分からない、すっぱくてくさい汁。

けれど、おにいさんがわざわざ作ったものだ。このくさい汁も、きっといつか、わたしたちを助けてくれるすごい道具になるに違いない。


「ねえ、おにいさん」


「はい」


「次は何を作るの? もっとすごいの?わたしは食べられるやつがいい!」


「はい。次はなにか食べられるものがいいです」


「やった!」


わたしは、ワクワクとした期待で膨らんでいた。食べ物は降ってわいてこないけどきっとおにいさんは何かしらを食べられるようにしてくれるに違いない。

次回、解体


【作中技術解説】

レトルト:化学実験や工業において「物質を密閉して外部から加熱し、揮発する成分を蒸留・回収するための容器またはその仕組みを指す言葉です。現代ではパウチ食品のイメージが強いですが、もともとは首が長く下向きに曲がったガラスや陶器製の蒸留フラスコが語源となっています。


ランビキ:江戸時代の蒸留器・冷却受け器。アランビック。独特な形状をした焼き物製の蒸留装置です。内部で発生した熱い煙を冷却し、液体として滴下させて回収する役割を持ちます。本編では、長い陶管による自然冷却とランビキの構造を組み合わせることで、煙の中に含まれる水分や揮発成分を効率的に液体へと相変化させています。


テラコッタ冷却器:気化熱利用冷却システム。素焼きの土器(テラコッタ)が持つ「微細な多孔質構造」を利用した、鉄や氷を使わない冷却技術です。器の表面を水で湿らせると、水が周囲の空気へと蒸発する際に「蒸発熱」を周囲から奪い取ります。水冷と比べ内部の熱量を大量に奪うことが可能となり、熱い煙を効率よく木酢液へと凝縮させるための強力な冷却源として機能します。

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