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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱 灰


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ハイトゲージ

視点:ベルタ


おにいさんが今度は高さを測る道具を作っている。出来上がった道具の外に高さを変えるための板がたくさんあったので重ねてみた。

「おにいさん、それ、なににするの?」


日の出前からの日課の仕事がおわったので、一応わたしは声をかけた。

おにいさんは、またもや焼き物を持ったまま、振り返ってにこりと笑った。その顔には、いつものように説明する気はあるけどちゃんと伝わるかどうか考えているような表情が張り付いていた。


「高さ。測る」


平らな石の上で削り始めようとしていたのは、四角い焼き物に、横に突き出た妙な腕のようなものがついた、初めて見る形のものだった。


おにいさんの説明によると、その突き出た腕の先には、ちいさな尖った針を埋め込むのだという。


「今回もわかんない」


わたしはおにいさんにそういうと網と袋を持って外に行くことにした。


「じゃあ、わたし、お出かけしてくるね」


「はい。いってらっしゃい。気を付けて」


背中でおにいさんの優しい声を聞きながら、わたしは家を飛び出した。


村の生活は、いつだって同じことの繰り返しだ。朝起きて、動物の世話をして、畑の雑草を毟って、暗くなったら寝る。それだけの世界で、おにいさんだけがいつも違う時間を生きているように見えた。

いやわたしも同じかもしれない。おにいさんが現れてからは日の出前から起きて、羊と共に水桶と網を持って川に向かい、石と木と泥を拾って帰り、罠を確認して歩き回って、どんぐりを拾って、動物の世話をして畑の草の観察をして。

いつの間にか同じ事の繰り返しの内容がみんなと変わってきている気がする。

今日だって網を持ってバッタを捕まえに行く。近くに友達がいたら友達とも遊ぶし逆に友達が一緒にバッタを捕まえてくれることもある。おやつに持ってきた焼きバッタを食べる時も食べたがる子にはわたして食べたがらない子には無理しないでと伝えている。年上のヨセフがこれは食えるなと言ってパリパリと食べた後から、何やら女の子も食べるようになった。これは大事なことのような気がするからまたおにいさんにも教えてあげようと思う。


夕方になって、空が紫色から深い藍色へと染まり始める頃、わたしはようやく物置小屋へと戻ってきた。

家に入ると四角い板をいくつも並べて、何やら楽しそうに作業をしていた。


「おかえり。ベルタ。できました」


おにいさんはわたしが戻ってきたことに気づくと、嬉しそうに手招きをした。

できあがったのは、腕付きの四角い焼き物と、それから、細かく大きさが分けられ、真っ直ぐたいらに磨き上げられた、さまざまな厚みの焼き物の板だった。


おにいさんは、平らな石の上にその焼き物の板を一枚置いた。、上にに焼き物で作った腕付きの四角を置く。

腕の先には、おにいさんが言っていた通り、極限まで細く研ぎ澄まされた針が固定されていた。おにいさんがその積み木を押すと、平らな石の上を滑らかに移動した。


「足します」


おにいさんは、最初の板の上に、別の薄い板を重ねて置いた。カチリ、と、まるでお互いが吸い付くような、寸分の隙間もない音が響く。

その重ねられた板の上に、おにいさんは再び腕付きの焼き物の四角を置いた。ぴったりとその重ねた板の厚みの分だけ、上に持ち上がった。


おにいさんは、いくつかの焼き物の板を手渡してくれた。


「ベルタ。重ねます」


手渡された焼き物のブロックは、思っていたよりもずっとずっしりと重かった。けれど、その表面は信じられないほど滑らかで、手になじむ。

わたしはおにいさんに教えられた通り、まずは一番厚みのある石の板を台の上に置いた。その上に、今度は爪の先ほどの薄さしかない板を、慎重に重ねてみる。


カチリ。


指先を通じて、石と石が完璧に噛み合う感覚が伝わってきた。少しでも歪んでいたら、あるいは間に砂粒でも挟まっていたら、決してこんな音はしないだろう。おにいさんがどれほどの時間をかけて、この石の板の面を平らに磨き上げたのか、子供のわたしでも何となく想像がついて、少し緊張する。

緊張と今の気分は別物だ。わたしはいったい何枚重ねられるだろうか?おにいさんに渡されるたびにどんどん重ねていく。全く危なげなくものすごい高さになった。これが真っ直ぐな四角ということか。


次に、その積み重ねた板のタワーの上に、腕付きの焼き物の四角を置いてみた。

腕の先にある針が、最上面と、本当にぴったりと同じ高さのところでぴたりと止まる。


「うーん、重なるとそこそこ楽しいね」


おにいさんは、わたしが真剣な顔で石を重ねているのを、邪魔しないように静かに見守ってくれている。


「……ん」


わたしは小さく声を漏らしながら、もう一枚、別の薄い板をスタックに付け足してみた。またしても、カチリと心地よい音が響く。

この村の毎日は、いつも曖昧で、大雑把だ。畑の畝の長さも、スープに入れる塩の量も、みんな大体の感覚で決まっている。けれど、おにいさんがわたしの前に差し出したこの道具の世界だけは、絶対に誤魔化しのきかない、恐ろしいほどの正確さで満ちていた。


正確さだけだとおもしろくないけれど、おにいさんはものすごいたくさん板を作ってくれた。

何枚重なったか数えなかったが、まったく不安にならずにピタリとそびえたっていた。

それはただただ立っているだけに愉快な気持ちにさせてくれる。


「おにいさん、頑張ったね」


「はい。頑張りました」


おにいさんはニコニコしていて、わたしもニコニコできた。これでいいのだ。

次回、マスターバー


【作中技術解説】

ハイトゲージ:対象物の高さを正確に測定し、または基準となる高さを物理的に位置決めしてケガキ線(傷の線)を引くための測定工具。鉄が貴重すぎるので、強度の必要な土台とアームを一体成形し、摩耗の激しい先端のケガキ針を交換式にして、将来的に鉄を使用できるようにしている。


ゲージブロック:長さを測定する際の絶対的な基準となる、寸法が厳密に管理されたブロック。平面度を極限まで高めた端面同士を密着させると、大気圧と分子間力によってまるで吸い付くように結合する性質(リンギング)を持つ。本話では、精密に磨き上げられた石の板を複数枚積み重ねる(スタックする)ことで、任意の正確な高さを物理的に合成し、ハイトゲージの基準として使用している。


定盤(じょうばん):あらゆる精密測定やケガキ作業において、すべての「高さ」の起点となる極めて高い平面度を持った基礎台。この台自体が完全に平らでなければ、どれほど精密なゲージブロックやハイトゲージを使用しても測定値が歪んでしまう。おにいさんは、厳選した石の表面を互いに擦り合わせるなどの手法(三面擦り合わせの原理)を用いて、この時代には存在しないレベルの超平滑な定盤を木や石から作り出し、すべてのエンジニアリングの土台としている。

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