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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱灰


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B層

視点:ハンス


畑に穴を掘っては粘土を持ち帰るおにいさんを見かけて、何となく手伝う。

なんでわざわざ下の方から粘土をとるのか?まぁ、いつかはわかるだろう。

「……何をしているんだ、おにいさんは」


畑の隅になぜか穴を掘っている。ただ土を掘っているのではない。

円く正確に区画を切り出し、深く、深く掘り進めている。その掘り方は、まるで教会の床下の埋蔵物を探すような、執拗さと慎重さを兼ね備えていた。


周囲の農民たちは、皆、おにいさんの作業を「また何か始まった」という目で遠巻きに見ていた。だが、俺は違った。

やつは春に畑のぬかるみを消すのを手伝ってくれた。今、ベルタ管理の休耕地はなぜか驚くほど密に草が茂っていて、村中の家畜がそこで草を食んでいる。

やつがやることには、たとえ俺には理解できなくても、楽になり良くなる結果が与えられている。


俺は休むかどうか少しだけ考えたが、やつのもとへ歩み寄った。


「おにいさん、朝から何をしているんだ? その深さじゃ、ただの溜池にもならないぞ」


俺の声に、おにいさんは泥だらけの顔を上げて何とか説明しようとしてくれる。


「ハンス。穴を掘る。土をとる」


「土?」


俺は地面を見下ろした。そこにあるのは、どこにでもある粘土質の土だ。

このあたりの土地は、少し掘ればすぐに見つかる。雨が降ればぬかるみ、乾けばカチコチに固まる。誰もが避けたがるような、作物を育てるには厄介な土だ。

おにいさんは、黙々と穴掘り作業を続ける。


いつも通り淡々とだ。俺は手伝いを申し出る。


「ありがとう。ハンス。上の土。畑に戻す」


どうやらこの根っこも何もない粘土だけが欲しいらしい。掘り返してはおにいさんは持ち帰るために羊の荷物籠に載せていく。羊の背の両側にぶら下げるその籠は、おにいさんが編み上げたものだ。羊がのそのそのと物を運んでいくのはどう考えても便利だろう。


「おにいさん、その荷物籠、えらく便利だな。俺も今度、作り方を教えてくれよ。村のやつらも、これなら農作業が楽になるって欲しがるはずだ」


俺の言葉に、おにいさんは作業の手を止め、少しだけ不思議そうな顔をしてから、にっこりと笑った。


「はい。いいです。パニア作るます」


普通だ、やつはいつも普通に答えてくれる。何も言わずに道の掃除をしたりするのもこいつだけだ。嫌とか面倒だとか思わないのだろうか。


考えても仕方がない。いまやる作業は単調だ。水を入れ緩ませながら上手に穴を掘り、重い粘土をベルタの家に運んでいく。

普通なら、誰もやる気がでないつまらなく過酷な労働だ。だが、不思議と嫌な気はしなかった。


おにいさんは、なぜか楽しそうに働いているからだ。


その横顔を見ていると、俺もなんだか自分がすごい作業をしているような気分になってくるから不思議だ。


「なあ、おにいさん。そんなに苦労してまで、大穴掘って粘土を持って帰る意味はあるのか? 土壁作るくらいなら家の近くで土ごと使えばいいだろ」


俺は穴を掘り粘土を持ち上げながら聞いた。

やつは手を止めて、空を眺めた。その目は、俺たちが見ているのとは別の、もっと遠い未来を見ているようだった。


「ハンス。土を焼く。器つくるます」


「あぁ、なるほど。土器を作りたいのか」


俺は納得したつもりで独り言ちた。確かに村の焼き物はどれもこれも脆い。新しい器があれば、ベルタの機嫌も少しは良くなるかもしれないな。


だが、俺の安易な納得は、すぐさま覆されることになった。


おにいさんが羊の背から下ろした籠には、山のような粘土が詰まっている。さらに、先ほどから俺たちが掘り出した分も合わせれば、とんでもない量だ。


「まぁ、お前がやるなら、きっと凄いやつなんだろうな」


俺は道具を手に取り、やつと一緒に穴を深くしていく作業に加わった。

穴を掘るという行為は、ただの重労働だと思っていた。だが、おにいさんと一緒にやると、どこか意味のある作業に思えてくる。彼が指示する通りに、円く掘り、面を円く整える。ただの穴が、だんだんと整った形状に変わっていく。

それはまるで、地面に何か巨大な装置を埋め込もうとしているかのような、そんな雰囲気すら漂っていた。


時折、おにいさんが「水、入れます」と言う。

俺が桶から水を注ぐと、おにいさんはその粘土の塊を丁寧に、まるで切り分けるように削っていく。

驚いた。ただの泥が、水分を含んだだけで、まるで柔らかなパンの生地のように刃を受け入れている。

「ほう、なるほど。こうすれば、無理に力を入れなくても崩れるのか」

俺も真似して水を注ぐ。すると、確かに不思議と刃が土の中へと滑らかに入っていく。

これなら、確かに朝から晩まで掘っても、疲労の溜まり方が違うはずだ。


「おにいさん、これは凄いな。力任せに掘らなくていいのか」


「はい。楽です」


おにいさんの口からよく出る言葉だ。

この土地で生きていると、楽などという言葉は、ただの贅沢だと思っていた。日が昇れば働き、日が沈めば眠る。それが当たり前だ。

だが、おにいさんのやり方を見ていると、楽というものが、今日を少しでもましなものにするための手段なのだと気づかされる。


日が昇りきっても俺たちはずっと掘り続けていた。

おにいさんは、相変わらず黙々と、時に楽しそうに作業を続けている。

周囲の農民たちが、遠巻きに俺たちを見ているのがわかる。

「あいつら、何をやってるんだ?」

「また何か変わったことを始めたのか?」

そんな声が聞こえてくるようだ。だが、俺はそんなことなど気にならなかった。

今、この穴が完成すれば、何か新しい生活の扉が開くような、そんな予感がしていたからだ。


「なあ、おにいさん。穴の壁が、なんか綺麗になってきてないか?」


おにいさんが壁面を板で丁寧に押し固めている。

それは、まるで教会の壁を塗るかのように、真っ直ぐで滑らかだった。


日が沈みかけるまで、俺たちは黙々と土を掘り、穴を整えた。

どれだけの土を処理しただろうか。腕が重く、足腰が悲鳴を上げている。

だが、俺は満足していた。


おにいさんが満足げに微笑んだ。

その笑顔を見て、俺は思わず肩をすくめた。


「帰ろう、おにいさん。明日は、これを使って何を作るんだ?」


「明日。穴掘るます」


どうやらまだ穴を掘るらしい。もしかすると俺やおにいさんが穴に隠れられるくらい掘るつもりなのかもしれないな。

いや、それどころか、村中にこんな穴をいくつも掘るつもりなのではないか?


「まぁ、いいさ。手伝うよ」


俺たちは泥だらけの服で、夕焼けに染まる村へと戻った。

俺の足取りは、いつもの農作業の後よりもずっと軽かった。


明日にはまた、新しい穴を掘る。

それがどんなものになるのか、俺には想像もつかない。

だが、ひとつだけ確かなことがある。

やつが作るものは、必ず何か楽になるいいことがある。


夕闇が村を包み込む中、俺たちは歩いた。

背後で、俺たちが掘り上げた穴が、夜の闇に静かに口を開けている。

その穴の底に、明日の希望が沈んでいるような気がした。


「ハンス。さようなら」


おにいさんがそう言って、俺に向かって微笑んだ。

俺も釣られて、微笑みを返した。


明日は、どんな面白いことが待っているのだろうか。


明日の朝には、また彼と一緒に、穴を掘るのだ。

今度はどんな発見があるのか、期待に胸を躍らせながら。

そうして、俺の一日は終わった。

明日が来るのが、待ち遠しいと思いながら。

次回、落とし穴


【作中技術解説】

B層:土壌断面において、表土(A層)の下に位置する層。表土から雨水によって溶け出した粘土鉱物や鉄・アルミニウム酸化物が蓄積しやすい性質を持ちます。本物語においてはこの層を「良質な粘土鉱物が濃縮されている宝庫」として利用しています。

可塑性:粘土は乾燥すると極めて硬く、加工困難ですが、水分を含むことで粒子が潤滑し、成形可能な可塑性を持ちます。おにいさんは、水を注ぎながら掘ることで、物理的な摩擦力を最小化し、労働負荷を劇的に低減させています。


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