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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱灰


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焼け石に水

視点:ベルタ


拾い集めた花崗岩を粉々に砕きたいおにいさんは、焼け石を水にいれます。ベルタは熱いし音は大きいし湯気はすごいしで固まります。

おにいさんはときどき、誰もやらないようなことを始める。


今もそうだった。わたしが拾いあつめた、灰色と白の斑点がある硬い石の塊を、じっと見つめていた。その石は、おおきな石をぶつけたくらいではなかなか割れない、とても意孤地な石だった。

わたしははっとした、これはもしかするとほうせきを作ってくれるのかもしれない。

まえに、わたしが川原でこの石をたくさん拾ったとき、おにいさんにおねがいしたのだ、ぴかぴかに磨いてほうせきにしてほしいと。おにいさんも作ると言ってくれた。

だからわたしは、このまだらな石をいっしょうけんめい拾い集めたのだ。おおきな石をぶつけたくらいではなかなか割れない、とても意孤地な石だけど、きっとおにいさんなら、いつかきっときれいなほうせきに変えてくれるにちがいない。


「ベルタ。石。焼くます」


おにいさんがたくさんの薪を、おちそうなくらい腕に抱えながら、わたしを呼んだ。

その、木くずだらけのおにいさんの姿を見たとき、わたしのむねのワクワクは、しゅるしゅると小さくなってしまった。

石を磨くのなら、おにいさんはいつも、平らな石と砂をもってくるはずだ。だけど今のおにいさんは、これからおうちの床を焦がすんじゃないかというくらい、ごつごつした薪を抱えている。


あ、これは、ほうせきを磨くのとはぜんぜんちがう。おにいさんは、ほうせきを約束してくれたことを、わすれてしまったのかもしれない。


わたしは、ちいさなため息をひとつだけついた。それから、編みかけの柳紐をそっと床に置いて、おにいさんの後ろを追いかけた。がっかりしたけれど、おにいさんのやることは、いつも見たこともないことばかりだから、やっぱりちょっとだけ見てみたかったのだ。


向かったのは、おうちの中を温めるためのかまどだった。細い煙突みたいな焚き口に薪を突っ込むと、ゴォゴォとおそろしい音を立てて、吸い込まれるように火が燃え盛る。ふつうのかまどは家のまんなかで火を焚くものだ。こういったかまどは誰も持っていない、煙が部屋にでないで、煙の道を温めてくれる、とっても便利な道具だ。


おにいさんは、かまどから横に伸びる煙の道の始まりにある、粘土の蓋をパカッと外した。そこは火の粉と煙が勢いよく吹き出す、一番熱い通り道だ。おにいさんはそこに、あの硬い斑点の石をいくつも転がすように放り込んだ。


これだけでは終わらなかった。おにいさんはすぐ隣にある、炭を作るための頑丈な箱の蓋も一緒に開けたのだ。そして、さっき抱えてきた薪の中から、とびきり立派なものをその箱の中にぎゅうぎゅうに詰め込み、またぴったりと二つの蓋を閉めた。


おうちを温めるだけなら、かまどのまきを入れるところに一本ずつ足していけばいいはずだ。それなのに、おにいさんは、わざわざ炭の箱にも木をたくさんいれていた。そうすると、煙の道の中が、どうなるのだろうか?石を焼く時はこの方がいいことがあるのだろうか?


「おにいさん、それ、お料理じゃないよね? 石は食べられないよ」

「はい。ベルタ。石。焼くます。砂」


おにいさんは一生懸命説明してくれる。最近は説明もわかるようになってきた。どうやら石を焼いたら砂が出てくるらしい。説明はわかってもなぜそうなるのか何に使うのかまではまったくわからない。いつか使うときまで待つしかない。

かまどの中の火は、普通の焚き火とは比べものにならないくらいに激しく燃えていた。煙の道の中は、いつも炭を作る箱がしまってある場所だから、きっとびっくりするような熱さになっているにちがいない。ただ煙もでないし炎もほとんど見えないのでそう思うだけだ。実はなかでは全然燃えていないかもしれない。閉じられた蓋には隙間もないので中がどうなっているかはまったくわからない。


おにいさんは大きな木桶に水をなみなみと汲んできた。


「ベルタ。石。入れるます」


おにいさんは長くて頑丈な木の火ばさみをもつと、煙の道の蓋を再び開けた。

その瞬間、部屋の中の空気が一気にねじれるような、もの凄い熱風がわたしの顔を叩いた。


おにいさんは、真っ赤になった石を一つずつ、慎重に引っ張り出した。石を挟んだ木の先が、ジジュッ、ジジュッと音を立てて、白い煙を上げながらみるみる黒く焦げていく。おにいさんが使っているのは、あんなに硬くて重いしっかりした木の棒なのに、まるでお菓子みたいに簡単に炭に変わっていくのが、たまらなく怖かった。


引っ張り出された石は、もう灰色でも白でもなかった。まるで夕焼けの太陽をそのまま小さくちぎってきたみたいに、内側からどろりとした赤色に光っている。そこから立ち上る、じりじりと肌を焼くような熱気は、冬の寒さを一瞬でどこかへ追いやってしまうほどだった。


ぜったいに熱いに違いない。あんなのに触ったら、おててが消えてなくなってしまう。わたしは怖くなって、おうちの隅っこにあるベッドのところまで、ドタドタと後ろ足で下がった。それなのに、おにいさんは眉ひとつ動かさず、焦げていく火ばさみを器用に操って、次々と赤い石を並べていくのだ。


おにいさんはその真っ赤な石を、水が入った木桶の中に放り込んだ。


ボン!ボン!



おなかの底にまで響くようなものすごい音がして、木桶の中から、真っ白な煙のようなものが勢いよく噴き出した。水が泡立ってすごく弾ける音が、家の中にバチバチと鳴り響く。

おにいさんは石を落とした瞬間に、おうちの壁に背中をつけるくらい素早く下がっていたけれど、何も知らないわたしは、後ろの方で完全に固まってしまった。


木桶の上には、あっという間に大きな雲みたいな湯気ができあがり、おにいさんの姿も、かまども、なにもかも隠してしまった。上を見上げると、おうちの天井の丸太が、あたたかいお水の大雨を降らせたみたいにぐっしょりと濡れている。


すこし遅れて、おうちの中に、お湯を沸かしたときとはすこしちがう、焼けた石とお水が混ざったようなふしぎな匂いが満ちていった。


水の中では、まだゴボゴボと大きな泡が立ち上り、しばらくすると静かになった。


おにいさんに促されて、わたしは恐る恐る木桶の中を覗き込んだ。

さっきまであんなに硬かった石が、水の中で砕けて沈んでいた。それだけじゃない。おにいさんが木の棒でその石を突っつくと、あんなに頑固だった石が、まるで乾いた土みたいに、ボロボロと簡単に崩れて、粗い砂のようになってしまったのだ。


「すごくいっぱい、ひびだらけになってる……」


おにいさんは崩れた石の砂を手のひらにすくい上げて、嬉そうに目を細めて、わたしにくれた。


手の中で、砕けた石がキラキラと光っていた。


村の人たちは、おにいさんが何をしているのか知らない、わたしだって全然知らない。でも、おにいさんが何か新しい事をした後は、いつもわたしたちの暮らしが、ほんの少しだけ便利で、温かいものに変わるのだ。


わたしは、まだ湯気が上がっている木桶の水を触ってみた。おにいさんの言った通り、頑固な石は、すっかり大人しくなっていた。

次回、水簸


【作中技術解説】

急冷ヒートショックによる花崗岩の脆化と熱応力破砕

花崗岩は石英、長石、雲母といった異なる鉱物が複雑に噛み合っているため非常に硬いのですが、これらを高温で熱した後に冷水へ投入すると、各鉱物の「熱膨張率(温度変化によって伸び縮みする割合)」の破壊的な違いにより、内部に無数の微細な亀裂マイクロクラックが一瞬で発生します。


木材の低熱伝導性と炭化層による自己断熱効果:お兄さんが真っ赤に焼けた石(約800℃以上)を「木の火挟み」で掴めたのは、木材が持つ優れた低熱伝導性と、燃焼時に生じる炭化層の断熱効果によるものです。木材は内部に無数の微細な空気孔を含んでいるため熱を伝えにくく、さらに表面が激しい熱に晒されて「カーボン」に変わると、その炭化層がそれ以上の熱が奥へ伝わるのを防ぐ天然の断熱シェルターの役割を果たします。

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