花崗岩
視点:ベルタ
日課の石拾い、今日は花崗岩の中でも白いものを探したいようです。おにいさんには難しい事でしたが、ベルタにとっては何でもないことでどんどん集まります。
冷たい川の水が、革のバケツの中でちゃぷちゃぷと音を立てる。
おにいさんの後ろを歩いて河原へ行くのは、毎日のわたしの仕事だった。
おにいさんはいつも、水汲みをするたびに変なことをする。しゃがみ込んで、足元の石ころをじっと見つめたり、流木を拾い上げて匂いを嗅いだり、爪で引っ掻いたりしている。今日も、水汲みはそこそこに、地面の石をじっと選んでいるみたいだった。
「おにいさん、なにしてるの?」
「石。探すます。白。黒」
おにいさんが手のひらに載せて見せてくれたのは、わたしもよく知っている石だった。
この河原には色んな石がある。一番多いのは、触ると少しざらざらして、ぽろぽろ崩れる赤っぽい石。それから、灰色の石。
おにいさんに見せられたのは、そのどちらでもない。白くて、中に黒くて小さなつぶつぶがたくさん入っている、ずっしり重い石だった。
「これ、よく見るよ」
見たらわかる。
おにいさんは「見つけるのが難しい」という顔をしていたけれど、わたしの目には、他の赤や灰色の石とは全然違うものに見えていた。模様が浮き出て見えるみたいに、はっきりと分かる。
わたしはしゃがみ込むと、足元からひょい、ひょい、とそれと同じ石を拾い上げた。
ひとつ、ふたつ、みっつ。ちょっと歩けば、砂利の中にいくらでも混ざっている。
両手がいっぱいになったので、おにいさんの目の前に突き出してみた。
「これでしょう?」
おにいさんは、あっと息を呑んで、それから彫刻みたいに固まった。目をごしごしと擦って、わたしの手の中の石と、わたしの顔を何度も見比べている。とても驚いているみたいだった。
おにいさんは、わたしの手から小石を優しく受け取ると、それを地面に2つのグループに分けて並べ始めた。
ひとつは、黒いつぶつぶがたくさん入っていて、全体的に灰色っぽく見える石。
もうひとつは、黒いつぶつぶが少なくて、白っぽい石。
「ベルタ。いいです。白。石」
おにいさんはそう言って、白い方の石を指でツンツンと叩いた。どうやらおにいさんは、白い方が好きらしい。
「白くて、黒いのが少ないやつね。わかった」
わたしはまた歩き出した。
おにいさんはまだ、並べた石を前にして「ベルタ。すごいです」とブツブツ呟いている。
わたしは地面を見つめる。おにいさんに言われた通り、今度は「より白いやつ」を探す。
目の焦点を少し変えるだけで、砂利の山の中から、おにいさんの欲しがっている白い石だけが、まるで光っているみたいに目に飛び込んできた。
これ。それから、これ。こっちにもある。
「はい、おにいさん」
すぐにまた両手いっぱいに集めて、おにいさんの手のひらに流し込んだ。
おにいさんは、今度は声も出ないという顔をした。口を半開きにして、わたしの持ってきた石をひとつひとつ確認している。その石はどれも、おにいさんが言った通り、黒いつぶつぶがほとんどない、綺麗な白い石ばかりだった。
「ベルタ。とてもすごいです。白。石」
なぜおにいさんがそんなに驚いた顔をするのか、わたしにはよくわからない。だって、見たらすぐに形も色も違うってわかるのに。
でも、おにいさんはすごく嬉しそうな顔をして、わたしの頭を撫でてくれた。よくわからないけれど、喜んでくれたみたいなので、わたしはふふんと鼻を鳴らして、また次の白い石を探すために目を光らせた。
しゃがみ込んで地面に目を凝らすと、赤っぽいざらざらの砂岩や、灰色の石灰岩の群れの中に、おにいさんの大好きな「黒いツブツブが少ない白い石」が、まるで自分から光を放っているみたいに、くっきりと浮かび上がって見える。
模様が浮き出て見えるみたいに、はっきりと分かるのだ。
「あった!」
ひとつ、ひょいと拾い上げる。
そこから二歩歩けば、砂利の隙間にまた別の白い頭が見える。
「ここにもあった!」
ふたつめ。
面白いくらいに、わたしの目にはそれだけが飛び込んでくる。まるで河原の中に、白い小石の道が隠されているみたいだった。
わたしは夢中になってしゃがみ込み、ひょいひょいと手を動かした。右の手のひらが白くて硬い石で埋まり、左の手のひらもすぐにいっぱいになる。
おにいさんのところへタタタッと走っていって、ひざまずく。
「ねえ、おにいさん」
わたしは、おにいさんの手のひらに最後の一個をぽんと載せながら、そっと顔を覗き込んだ。
おにいさんはまだ、集まった白い石の山を愛おしそうに見つめている。
「これ、たくさん集めたら、削ってほうせきにしてくれる?」
おにいさんは一瞬、ぽかんとした顔をして、それから「宝石?」と小さくオウム返しにした。
「そう、きらきら光る、石をみがいたやつ」
実は、前にも同じようなことがあったのだ。
前におにいさんが、灰色くてツヤツヤした『ひうちいし』を集めていたとき、わたしは密かに期待していた。あんなにつやつやしてかっこいい石なんだから、おにいさんがぴかぴかに磨けば、きっとお話のお姫様が持っているような、素敵な飾りになるんだって。
だけど、おにいさんが作ったのは、同じ形をした四角だった。しかも全部木の道具にくっつけちゃった。
あれはあれでよかった。木に磨いた石がくっついたナイフがあんなにスパスパ切れるだなんておもっても見なかった。今わたしが持っているけど多分村のどのナイフよりもよく切れる。とっても便利でこれはこれで気に入っている。
あの時はちょっとがっかりしたけれど、よく考えたら、わたしがおにいさんに「作って」ってしっかりお願いしていなかったのが悪かったのだ。
だから今回は、最初にちゃんと言っておこうと思った。
「この白い石、きらきらしてるでしょう? これで、わたしにほうせきを作ってほしいな」
おにいさんは、わたしの言葉を聞いて、困ったように眉を下げて笑った。それから、手の中の白い石を太陽に透かすようにして掲げた。
「宝石。作るます。ベルタ」
「やった!約束だよ!」
わたしは嬉しくて、思わずその場でぴょんぴょんと跳ねてしまった。
おにいさんの顔を見ると、困ったように笑いながらも、手の中の白い石をとても愛おしそうに眺めている。
もちろん、すぐに作ってもらえるとは思っていない。
おにいさんはいつも、やることがたくさんあって大忙しだからだ。わたしにもできる仕事を受け取ってもまた新しい仕事を探してやっている。
だから、この白い石がぴかぴかの宝石になるまでには、きっとたくさんの時間がかかるだろう。
何日も、何週間も、もしかしたらもっと先になるかもしれない。
だけど、おにいさんは「作る」と言ってくれた。
あのひうちいしの時とは違う。今回はちゃんとおにいさんの口から約束をしてくれたのだ。
おにいさんがじょりじょりと石を擦るたびに、白い塊が、少しずつ形を変えていく。四角い破片になってしまったあの時とは違って、今度はどんなに素敵な形になるんだろう。お話に出てくるお姫様も持っていないような、世界で一番綺麗な、白いお星様みたいな飾りかもしれない。
待っている時間だって、ちっとも退屈じゃない。バケツの水を運ぶときも、スープをかき混ぜるときも、あの白い石がどんな風にぴかぴかになるかを考えるだけで、胸の奥がずっとぽかぽかと温かくなるからだ。
「ベルタ。帰るます」
歩き出すわたしの目は、無意識のうちに、また足元の地面へと向いていた。おにいさんが宝石を作るなら、もっともっとたくさんの白い石が必要になるはずだ。
(次はあっちの大きな木の根元のあたりを探してみよう)
とても楽しみな未来の約束を小さな胸にしっかりと抱きしめて、わたしは軽やかな足取りで、おにいさんの少し汚れた丸い背中を追いかけて歩き出した。
次回、焼け石に水
【作中技術解説】
ベルタの認知能力:おにいさんは「知識(花崗岩の特徴)」を頼りに探していますが、ベルタは純粋な「視覚のパターン認識」で探しています。現代人は文字や画面など、記号化・抽象化された視覚情報に最適化されているため、自然界の無秩序な風景から特定の鉱物を見分けるには脳のスイッチを切り替える必要があります。一方、大自然の中で生きる中世の子供は、風景を「塊」として捉え、そこから異質な要素を本能的に抽出する能力が発達しています。そのため、お兄さんには見分けにくい雲母の少ない白い石だけが、ベルタの目には文字通り「光って浮き出て」見えています。
花崗岩:花崗岩は非常に硬く、磨耗しにくい性質を持つため、鉄器が皆無に等しいフランク王国農村において「未来の精密部品」として極めて重要な価値を持ちます。お兄さんが雲母の少ない白い石(主に石英と長石の塊)にこだわったのは、雲母が層状に剥がれやすい性質(劈開性)を持つためです。精密加工する際、黒い粒(雲母)が多いと、擦り合わせている最中にそこからペリペリと剥がれて落ちてしまいます。
長石・石英:今回集められた花崗岩は、「塊としての利用」だけでなく、将来的に技術を飛躍させる「焼き物」のブレイクスルーの鍵でもあります。花崗岩を細かく粉砕して得られる「長石」と「石英」は、ボーンチャイナ(骨灰磁器)や耐火煉瓦、ガラスなどを製造する際の必須の副原料(フラックス/骨材)となります。特に長石は、高温の窯の中で他の粘土成分を溶かし、焼き物をガラス化させてカチカチに固める「融剤」として極めて重要な役割を果たします。




