ざいりょうをあつめる
視点:ベルタ
お腹にものをいれられたベルタ。おにいさんと共に、今度は「食べられないけれど大切なもの」を探しに川原へ向かいます。
おにいさんの「あつめる」は、昨日よりもっと細かくて、もっとしつこかった。
川の近くでぴたりと足が止まる。そこは村の人たちが泥沼と呼んで近づかない、ベタベタして重たい赤茶色の土がむき出しになっている場所だった。
おにいさんはその泥を長い指先でなぞり、こすっている。
「おにいさん」
「ベルタ」
自分を指さし、わたしを指さし、そう言った。
泥をひとさじ掬い上げると、わたしの目の前に差し出してくる。それから自分の耳を指さして、また泥を指さした。
「……?」
首をかしげると、おにいさんはしつこいくらいに泥を指さして、わたしの目を見つめてきた。
あ、これの名前を教えろってことだ。
「……つち」
わたしが小さく言うと、おにいさんは目を細めて、わたしの口元をじっと見た。
「……ツ、チ」
声は少し硬くて変な響きだったけれど、ちゃんと言えていた。「ツチ」と三回繰り返すと、満足そうにうなずいて、その泥を袋いっぱいに詰め込みはじめる。
「あつめる」は、それだけじゃ終わらなかった。
次に目をつけたのは河原に転がっている、白っぽくて硬い石だった。二つ手に取るとカチッ、カチッ、と打ち合わせる。高い、きれいな音が響いた。
その石をわたしに見せて、また耳を指さす。
「いし」
「……イ、シ」
「イシ。イシ。イシ」
音のいい石だけを選んでわたしのカゴに放り込んでいく。けれど、黒くてツルツルした石を見つけたときは、おにいさんの顔がもっと真剣になった。指で何度もなぞってから、またわたしを見る。
「それは……ひうちいし。お山にある、大事な石」
「……ヒ、ウ、チ、イ、シ」
わたしの言葉を吸い込むみたいに、おにいさんはじっと聞き入っている。
何かを拾うたびに、足が止まった。
木の枝を拾えば「えだ」。枯れ葉を拾えば「はっぱ」。大きなマツの木を指させば「き」。
わたしが言った言葉を、おにいさんは一文字ずつ確かめるように繰り返していく。
帰り道、おにいさんのカゴは昨日よりもずっと重たくなっていた。半分以上が、あのベタベタした赤茶色の「ツチ」だ。わたしのカゴも、選んでもらった「イシ」でずっしりとしている。
天秤棒を肩にのせて、ゆっくりと、でも確実な足取りで泥んこ道を歩いていく。
お家に戻ると、拾ってきたものをまた決まった場所に並べはじめた。でも、今日は並べるだけじゃなかった。
「イシ」をさらに大きな石の上に置いて、別の石でコンコンと叩きはじめる。鋭く砕けた石の破片を光にかざして、おにいさんはうれしそうに眺めている。
それから、あの赤茶色の「ツチ」に少しだけ川の水を混ぜて、手でこねはじめた。
その手は、まるで魔法使いの手だ。ただの泥が、こねられるたびに平らな板みたいな形になっていく。その泥の板を、炉のそばのあたたかい場所に並べた。
「……ツチ。イシ。キ」
部屋に並んだ材料を指さしながら、さっきおぼえた言葉をもう一度つぶやくおにいさん。この世界の名前をおぼえようとしているんだ。
その真っ黒な目の中に、わたしたちの村の言葉が少しずつ溜まっていく。
わたしは、こねられた泥の板を指先でちょっとだけ触ってみた。まだやわらかくて、ひんやりしている。
隣に座ると、おにいさんはわたしの手をそっと取って、泥の板を一緒に撫でてくれた。
「……ベルタ」
名前を呼ばれた。
昨日よりもずっときれいな響きで、その口からこぼれた。
おにいさんは、まだ何も食べようとはしなかった。
でも周りには、明日を作るための「ざいりょう」が、山のように積まれていた。
明日、その「ツチ」や「イシ」を使って何を作るのか。
考えながら、わたしはいつの間にか深い眠りに落ちていった。
次回、ロケットマスヒーター
【作中技術の補足】
単言語調査法:モノリンガル・アプローチ。 お兄さんは「実物」と「音」を直接結びつける言語学の正攻法で世界を再定義しています。
耐火粘土:赤茶色の泥。赤茶色の正体は鉄分を含んだ粘土。これを板状にして乾燥させ、耐火煉瓦や土器の材料にします。
燧石:フリント。火を熾すだけでなく、非常に硬く鋭いため、文明初期の切削工具として不可欠な「ざいりょう」です。




