たべものをあつめる
視点:ベルタ
凍てつく冬が終わり、春が訪れる。動かなくなった両親を残し、少女は「おにいさん」に連れられて外へ出ます。村の誰もが見向きもしない生き物が食べもにかわります。
お日さまの光が、少しだけあたたかくなった。
屋根からとけだした雪が、ひさしの先からポタポタと音を立てて落ちている。
地面はどこもかしこも、ぐちゃぐちゃの泥んこだ。歩くたびに、足が泥の中にズブズブと沈んで、靴が脱げそうになる。
でも、わたしはがんばって歩いた。おにいさんのうしろを、必死についていった。
おにいさんは、ときどき立ち止まって、泥の中に手を突っ込む。
「……」
おにいさんが何かをつかんで引き上げると、そこには、まだ眠そうに足を縮めたカエルや、とぐろを巻いたヘビがいた。
村の人たちは、こんな泥だらけの生き物なんて見向きもしない。食べるところなんてないし、何より気味が悪いからだ。
けれど、おにいさんは迷わなかった。腰につけた鋭い石のナイフで、まるで重たい布でも切るみたいに、するり、とはぎ取っていく。お肉と、小さな心臓。それからレバー。おにいさんは選んだものを自分たちの食べるカゴに入れると、残った皮もはらわたも、ぜんぶ別の袋に詰め込んだ。
いらないものは、一つもないみたいだった。
おにいさんは、泥の中に逃げようとするノネズミを追いかけたりはしなかった。
逃げ道の先にそっと手を置いて待っていると、ネズミのほうが自分からおにいさんの手の中に飛び込んできた。まるでお家へ帰るみたいに。
大きな野ウサギも同じだった。
泥んこに足を取られておたおたしているウサギの首の後ろを、おにいさんが優しく、でも力強く掴むと、それまで暴れていたのが嘘みたいに静かになった。
おにいさんは動物たちの「気持ち」や「体の仕組み」を、村の誰よりも知っているみたいだった。
森の中に入ると、おにいさんはもっと不思議なことをし始めた。まだ芽が出たばかりの野草や、木の枝の先についている小さな芽を、一つずつ丁寧に摘んでいく。
「これ、にがいよ?」
わたしが教えようとしても、おにいさんは言葉がわからないみたいで、ただ静かに微笑むだけだった。トゲのある木の枝も、皮が硬そうな根っこも、ぜんぶカゴに入れていく。それはまるで、お祭りの日に飾る、きれいな色を集めているみたいに見えた。
さらに奥へ進むと、おにいさんは大きなマツの木の前で足を止める。見上げるほど高くて、太い木。お父さんは昔、「これだけ大きな木はどうしようもない」と言っていた。村のなまくらな斧では、何日かかっても切り倒すことなんてできないし、倒せたとしても運ぶことすらできない。ただ見上げることしかできない、森の柱のような木。
けれど、おにいさんはナイフを取り出すと、その大きな幹をぐるりと一周するように、皮を細くはぎ取った。
「カンジョ……ハク……」
また、おにいさんがへんな言葉をつぶやいた。おにいさんの動きには迷いがなかった。切り倒そうとするわけでもなく、ただ静かに木に印をつけるみたいに皮をはいでいく。おにいさんははぎ取った皮を隙間がないようにカゴの底へ敷き詰めた。
森を抜けて川についた。雪がとけた水で川はいつもよりずっと白くて、ゴーゴーと音を立てて流れていた。
おにいさんは家の隅に転がっていたお父さんの古い木桶を二つ持ってきていた。太い丸太をくり抜いて作られたその桶は水が入っていなくても、わたしには持ち上げることさえできないほど重たいものだ。
おにいさんは桶の周りをきつく締めていたヤナギの輪が緩んでいるのを見ると、近くに落ちていた石でトントンと叩いて手際よく締め直した。
川の水をなみなみと汲むとその場に落ちていた太くてしなやかな枝を一本拾い上げた。そして、二つの桶の取っ手をその枝の両端に引っかけた。
おにいさんはその枝の真ん中をひょいと肩にのせた。
「……!」
あんなに重たいはずの桶がおにいさんの肩の上で、まるで秤みたいにゆらゆらと揺れながら持ち上がった。
おにいさんは片手でその棒を支えながら帰り道でも足を止め続けた。道に落ちている乾いた枝。形が良くて平らな石。水に洗われてきれいになった丸い小石。おにいさんはわたしたちが「ただのゴミ」だと思っているものを一つも見逃さない。
重たい水を二杯も担いでいるのにおにいさんは足元の石をひょいと拾い上げて、わたしの持っている小さなカゴに入れてくれた。
お家に戻るころにはお日さまはもう西の空へ沈みかけていた。
おにいさんの背負ったカゴからは木の枝や皮がはみ出している。お家に入るとおにいさんは真っ先に、部屋の隅に固まっていたニワトリたちのところへ歩いていった。お腹を空かせたニワトリたちが弱々しく羽をバタつかせる。
おにいさんは袋の中からカエルやヘビの皮、ネズミのはらわたを取り出すと、ナイフで細かく切り刻んでニワトリたちの前に広げた。
ニワトリたちはびっくりしたみたいに首をふったあと、猛烈な勢いでそれをつつきはじめた。いつもなら「もうあげるものがない」と泣きそうになっていたのにおにいさんが外から持ってきた「いらないもの」で、ニワトリたちの目に光が戻っていく。
おにいさんは次にヒツジのところへ行った。
ヒツジは力なく地面に伏せていたけれどおにいさんがカゴから取り出したものを見て、鼻をひくひくさせた。
おにいさんはマツの木からはぎ取ってきた白い内側の皮を細かく裂き、森で摘んだばかりの柔らかな木の芽と一緒にヒツジの口元へ差し出した。
ヒツジは、むしゃり、むしゃりと、それを夢中で食べ始めた。
お父さんは、冬の間はもう干し草がないから、この子ももうすぐ死んじゃうねって悲しそうに言っていたのに。
おにいさんが持ってきたものはぜんぶみんなを元気にする魔法の材料だった。
おにいさんはみんなが食べるのを見届けると、次に拾ってきた枝や石を決まった場所へと並べはじめた。カエルやウサギのお肉は冷たいところへ。木の皮は火のそばへ。石は窓からの光が当たるところへ。そして、たっぷりと汲んできた水。
お家の中は拾ってきたものでどんどん狭くなっていく。でも、お父さんとお母さんがいなくなってがらんとしていたお家が、おにいさんの持ってきた「材料」で埋まっていくのはなんだか嬉しい。
おにいさんはまだ何も食べようとはしなかった。
ただ、拾ってきた石を一つずつ手に取ってじっと見つめている。その目は夜の闇みたいに真っ黒で、何を見ているのかはわからない。
わたしはおにいさんの隣に座って一緒に石を見つめた。
泥を洗えばこの石もきっときれいになる。おにいさんが集めたものは、今はただの泥だらけの塊だけれど明日にはきっと私たちが生きていくための「何か」になる。
ぐう、とお腹が鳴ったけれどわたしは少しだけ我慢した。おにいさんがこれから何を始めるのかもっと見ていたかったからだ。
次回、ざいりょうをあつめる
【作中技術の補足】
松の形成層: 内側の白い皮はデンプンを含み、非常食や飼料になる。
不動化反応: ウサギの首の後ろを掴むと大人しくなる性質。
石の選別: 拾った石は将来の刃物や炉(粘土質)の材料。




