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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱灰


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三面摺り

視点:ベルタ


おにいさんが定盤を作るために日夜励んでいますが、ベルタには全く意味がわかりません。

おにいさんはときどきおかしな動きをする。


朝、鶏が鳴く前に起きて、それからすぐに、小屋の隅から平べったい石を三枚、大事そうに抱えて持ってくる。

川で水汲みをするときに見つけたものだ。いや、草の種を集めている時だっただろうか。それともおにいさんが賦役の帰りに拾ってきたものだったか。いつも歩く度に何かを拾うのでよく思い出せない。


おにいさんは、地面にむしろを敷いて座ると、二枚の石の間に砂と水を少しだけ垂らす。

そして、ゴリゴリ、ゴリゴリ、と音を立てて擦り合わせ始める。

本当に、ただそれだけをずっと続けている。


「それ、何になるの?」


わたしが起きて声をかけると、おはようと返事が来る。まだそれが何になるかを説明できないようだ。

一度手を止めて、水汲みと魚を取りに行く準備をする。

おにいさんは魚の焼干しを渡してくれる。そんなに美味しくないけどしょっぱいから好きで食べている。

水汲みと魚とりが日課なのはとても良いことだと思う。日が出る前に出かけて網を投げてお魚を取って帰る。日が出てきたら同じ様にこんどは水汲みをする。皆に見つからないようにしているみたいでドキドキする。

お魚を捕まえたあと、お水を汲んだあとにひつじに荷物を任せているのでわたしは木の枝や石ころや草をつんで籠に入れている。おにいさんは天秤棒に水を担いでいる。

おにいさんが水桶もたくさんつくってくれたので、いつも家には水があって嬉しい。からだを拭くにも手を洗うにも水があると何でもできる。

水汲みが終わったらお鍋のどんぐりのおかゆを食べる。これもいつも不思議だと思う。しぶいドングリと苦い灰でなぜ食べられるおかゆになるのだろうか。

おにいさんがいつも先に食べ終わっておかたつけをするとまた石をゴリゴリとすり合わせる。


「おにいさん、楽しい?」


「とても大事」


おしい、おにいさんに伝わっているようだけどちょっと言葉がちがうようだ。

それでも、とても楽しそうに石を摺っている。


石を摺る音を聞きながら、わたしはおかたつけをする。


おにいさんは、しばらく二枚の石を摺り合わせると、今度はそのうちの一枚を地面に置く。

そして、避けておいた三枚目の石を取り出して、またゴリゴリと始め。

しばらくすると、今度は二枚目と三枚目を摺り合わせる。

いつも決まった順番で、三枚の石を入れ替えながら摺っている。


おかたつけが終ると罠を見回って、どんぐりを探しに行って、小麦畑を見に行って、薪を拾って、いつものお仕事だ。


おうちにかえったらわたしはおひるねをする。その間もおにいさんは石を摺り続けている。


何日も、何日も、おにいさんは同じことを繰り返した。


最初のうちは、何ができるんだろうと、お粥の鍋をかき混ぜながら横目でずっと眺めていた。スープに入れるお肉の塊でも切り出しているなら嬉しかったけれど、石はいつまで経っても四角い石のままだ。でこぼこがすこし平らになって、粉っぽい泥水が足元に溜まっていくだけ。


そのうち、見ているのにも飽きてしまった。

おにいさんが朝起きて、あの灰色の石を三枚抱えてきても、「あ、また始めるんだな」と思うだけになった。


わたしがおともだちと森に行くときも、おにいさんはゴリゴリとやっている。

帰ってきて、拾ったどんぐりやきのみを水に漬けて渋を抜いているときも、やっぱりゴリゴリとやっている。


おにいさんのゴリゴリという音は、まるで風が木々を揺らす音や、裏の川が流れる音と同じになった。

聞こえていないと、なんだか落ち着かない。けれど、聞こえているときは、わざわざ気に留めることもない。そんな音。


村のほかのおじさんたちは、畑を耕したり、壊れた柵を直したり、目に見えて役に立つことをしている。おにいさんの石摺りは、お腹も膨らまないし、お家も暖かくならない。


何の意味があるのかは、やっぱり全然わからない。

だけど、おにいさんが毎日まいにち、飽きもせずに楽しそうにやっているから、まあいいか、と思うようになった。


ある日、おにいさんが嬉しそうにわたしの袖を引いた。

見ると、三枚の石がきれいに並べられている。

おにいさんは、そのうちの一枚を指さして、わたしに顔を近づけるように促した。


石の表面は、いつの間にか、川原にあったときのみすぼらしい姿ではなかった。

平らで、つるつるしていて、うっすらと光を跳ね返している。

おにいさんがその上に水を一滴垂らすと、水はどこにも流れることなく、丸い玉のまま真ん中にとどまった。


おにいさんは、別の石をその上に重ねてみせた。

すると、石と石が吸い付くようにぴったりと重なり、隙間がまったくなくなった。

おにいさんは、満足そうに何度も頷いている。


わたしは、おにいさんの顔と、三枚の石を交互に見た。


おにいさんは、まるで冬を越すための干し肉を天井いっぱいに吊るし終えたときのような、ものすごく満足そうな顔をして胸を張っている。


でも、わたしにとっては、ただの「ちょっときれいになった石」だ。

触るとひんやりして、ツルツルしていて気持ちいいけれど、やっぱりお粥の役には立たないし、これでお肉が切れるわけでもない。


おにいさんは何かとんでもなくすごいことをやり遂げたみたいだけど、やっぱりわたしには、何がどうすごいのかさっぱり分からなかった。


わたしが首を傾げていると、おにいさんはそんなわたしの反応すら予想通りだったみたいに、にこりと笑ってわたしの頭をぽんぽんと叩いた。

これが何になるのか、やっぱりわたしには分からない。

お粥の役にも立たないし、冬の寒さを防ぐ壁にもならない。


でも、おにいさんがあんなに一生懸命、何日もゴリゴリやっていたのだ。もしかしたら、わたしが気づいていないだけで、ものすごく便利な使い道があるのかもしれない。


わたしはしゃがみ込んで、目の前の石をじっと見つめた。


(……これで、固いどんぐりの実を叩き割ったら、いつもよりきれいに割れるかな?)

いつもは木の臼で叩くから、どんぐりが粉々になる。この平らな石なら、きれいににペシャンと潰せるかもしれない。いや、粉々になったほうが灰で煮やすいし食べやすそうだ。


(これをお腹の上に乗せて寝たら、ひんやりして夏の寝苦しい夜に気持ちいいかも。かまどのそばで温めてから、わらにに包んで足元に置けば温かいかもしれない)


そう思ってわたしが期待を込めた目で石とおにいさんを見上げると、おにいさんはわたしの視線に気づいて、慌てたように石を両手で隠してしまった。まるで、大事な食べものを泥棒猫から守るみたいに。


やっぱり、どんぐりを叩いたり、火に放り込んだりしちゃダメな、おにいさんだけの特別な石らしい。


でも、おにいさんが作ったその平らな面は、この世界のどこにあるものよりも、まっすぐできれいに見えた。

おにいさんはその石を、宝物のように小屋の奥へと仕舞い込んだ。


藁の奥深くに隠される石を見送りながら、わたしはもうひとつ、とんでもない可能性を思いついていた。


(もしかして……あれは、神様へのお供えものなのかな?)


村の大人たちが、たまに教会へ行って、神父様に大事な麦や卵を捧げているのを思い出す。おにいさんはまだ言葉が喋れないから、神様に「早くおしゃべりができるようになりますように」って、あのピカピカでまっすぐな石をお祈り代わりに作ったのかもしれない。神様だって、そこらへんの泥がついた石より、おにいさんが毎日ゴリゴリしてきれいにした石の方が絶対に喜ぶはずだ。


そう思ったら、なんだか急におにいさんが健気に思えてきて、胸がツンとした。


「おにいさん、神様、きっと見ててくれたよ」


おにいさんが大切に隠したあの石はこんなにも平らできれいに磨かれているのだ、きっと神様もよろこんでくれる。。

次回、完全平面研磨炭鏡


【作中技術解説】

三面摺り(さんめんずり):人工的に完全な「平面」を作り出すための基礎的な技術です。2枚の板を擦り合わせるだけでは、どうしても一方が凸、もう一方が凹の形になってしまいます。しかし、3枚の板(A、B、C)を用意し、「AとB」「BとC」「CとA」という順序で交互に擦り合わせることで、互いの凸凹が相殺され、最終的に3枚すべてが極めて高い精度の平面へと仕上がります。


定盤じょうばん:ものづくりにおいて、すべての測定や加工の「基準」となる精密な平面を持つ台のことです。これがないと、直角や直線の正確な測定ができず、高精度な部品を作ることができません。作中でお兄さんが石を摺っていたのは、今後の機械工作や工具作りの基盤となる石製定盤を自作するためです。


研磨材としての砂:石と石をそのまま擦り合わせても効率よく削れないため、間に硬い砂(石英などを含む砂)と水を挟むことで、砂の粒が微細な刃物の役割を果たし、表面を均一に削り進めることができます。近代的な砥石やサンドペーパーがない時代における、もっとも確実な精密加工の手法です。

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