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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱灰


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小魚とえびと貝

視点:ベルタ


投網で魚を捉えることに成功したベルタと木の棒で二枚貝をつかまえるおにいさん。さらに川魚の匂い対策を考えます。

まだ夜が明けきらないうちに、わたしは目を覚ました。


まぶたを閉じても、おにいさんが指を動かして編み上げた、あの白い網の感触が残っている。柳の紐を一本ずつ組み合わせてつくったすかすかな袋。


「罠」


おにいさんが言った言葉を思い出すと、胸の奥がトクトクと速く鳴った。罠ということは罠ということだ。野ネズミや野ウサギがつかまるということはそれだけわたしは美味しいものが食べられるということだ。


いや、くくり輪でも野うさぎがつかまるということはこれだけ大きな袋だともっと大きなものがつかまるということではないだろうか。


アナグマ?きつね?もしかすると鹿だってつかまるかもしれない。鹿なんて食べたことが無いから想像はふくらむばかりだ。


藁の布団から跳ね起きると、まだひんやりとした空気が肌をなでた。窓の外は、薄い藍色と灰色が混ざったような不思議な光に包まれている。


村のみんなが起きるよりもすこし早いだろうか?みんな働き者だからあまりぼやぼやしているとわたしの素敵な罠が見つかってしまうかもしれない。おにいさんはひつじに籠を付けて出かける準備を済ませていた。籠には罠がついていてわたしは思わず頷いてしまう。しかし水桶も籠についていたのでわたしは首を傾げる。いったいどこに行くのだろうか。


「ベルタ。川。水」


村の人たちに見つからないように、こっそりと川へ水汲みに出かけるのだろうか。いや、水汲みは隠す必要なんかない。ふつうに行けばいいのだ。こんなに朝早くなくても困らない。

羊の籠には水桶が二つ。おにいさんは肩に天秤棒を担いで、そこにも二つの空の桶をぶら下げている。

これは完全に水汲みの準備だ。わたしの両手につかまれていた野うさぎと鹿はどこかへ消えてしまい、がっかりした。そんなものははじめからなかったのだ。


どのみち水汲みはする仕事なのでおにいさんとひつじと一緒に川に向かう。こんなにも暗い朝に出歩くことは今までなかったのでそれはそれで楽しい。

日が出る前の鈍いかえるがいたのでわたしはひつじの籠にのせていた長い木の棒でぺちんと地面に押し付けた。ぐぇ、という音がおもしろい。


「ベルタ。いい」


わたしの捕まえたかえるの頭をつぶしながら褒めてくれる。上手になって誇らしい。おおきくなったら狩人にもなれるかもしれない。

川に着くと、水桶に水を汲む。汲むだけならわたしもできるのだ帰りはひつじの籠に載せていく。

水も汲んだので帰ると思ったらおにいさんが持ってきた柳の紐を編んだやつを取り出した。

まさかここでつかうの?わたしは周りを見渡して罠を置く場所を探す。鳥がつかまれば鳥が食べられる。鳥はおいしいのだ。

どこに罠を置くのかな、と思っていると、おにいさんの体がしなやかに回転した。


――バサッ!


えっ?

おにいさんが投げた網は、空中で丸い花が咲くみたいにパッと大きく広がって、そのまま静かに川の面を叩いた。これ罠じゃなくて網だ。整い過ぎてきて今の今まで気づかなかった。網はもっとこう雑なんだよ。

すぐに紐をたぐり寄せ、重たそうに網を引き上げた。


「網だったんだね」


「アミ」


おにいさんが水桶の上で網を振ると、ピチピチと跳ねる銀色の影が落ちた。

わたしの手のひらくらいあるお魚だ! それに小さなえびまで。


「魚とえびだね!」


「サカナ。エビ」


おにいさんは無表情なまま、また網を投げた。またお魚が入る。なんということだろう、おにいさんは魚の狩人だったのか。


「ベルタ。紐。輪っか」


おにいさんがわたしに網を渡しながら紐と輪っかと言う。雨の日にあんなに練習した「輪っか」の投げ方。それを思い出しながら、思い切り網を投げてみる。

……あ! ちゃんと開いた!

網は綺麗な円を描いて水に落ちた。ドキドキしながら紐を引っ張ると、網の底で何かが重たく暴れているのが伝わってくる。


「お魚! わたしも捕まえられたよ!」

「ベルタ。サカナ。いい」


わたしが魚の狩人になっている間、おにいさんは木の棒で川の底をつっついては貝を引き上げていた。何それ?なんで木の棒に貝が引っ付いているの?

不思議に思ったがそれは後回しだ。また魚がつかまった。まだ夜も明けていないのにドキドキしすぎて今夜は眠れないかもしれない。

日が昇りきる前に、おにいさんとわたしは、ずっしりと重くなった水桶を抱えて、誰にも見つからないように、何事もなかったような顔でお家に戻った。


腕にかかる桶の重みは、さっきまでの「すごすぎる出来事」の証拠だ。わたしが網をひらりと投げた瞬間、水面で花の様に白い輪が広がって、引き上げた網の中には見たこともないくらいたくさんの魚が跳ねていた。


(これ、本当にわたしたちがつかまえたんだよね)


おにいさんは何も言わずに、前を歩いている。いつも通りの、落ち着いた背中。でも、天秤を持つおにいさんの指が少しだけ力んでいるのを見て、わたしは口元が緩むのを必死に堪えた。おにいさんだって、きっと心の中では「やったぞ!」って叫んでいるに違いない。


村の道はまだ静かで、鶏と牛の鳴き声が遠くで聞こえるだけ。

もし今、隣の家のおばさんに見つかって桶の中を覗かれたら、きっと腰を抜かして驚くはずだ。そう思うと、なんだか自分だけが村で一番の宝物を隠し持っているような、くすぐったい気分になる。


おにいさんと目を合わせると、おにいさんは人差し指を口に当てて、小さく「しーっ」と動かした。わたしは何度も力強く頷く。


そう、これはまだ秘密。

この魚をどうやってみんなを驚かせないように料理するのか、それともおにいさんがまた新しいやりかたを教えてくれるのか。


家まであと少し。


重たい桶はひつじが運んでくれいている。ひつじのひづめが地面を叩く規則正しい音を聞きながら、わたしはおにいさんが指さす葉っぱを摘み取り、抱えたカゴに入れていった。


おにいさんはときどき立ち止まって、草むらの中に隠れた緑の葉をそっと指さす。それは、わたしもよく知っている「スイバ」の葉っぱだった。


「これ、すっぱいんだよね」


わたしは一際みずみずしい、小さな若芽を一つ選んで、指先でぷちんと摘み取った。汚れを軽く払ってから、前歯で小さく齧ってみる。


口の中に、しゅわっとした刺激と、目が覚めるような酸っぱさが広がった。


「……んんーっ、すっぱい!」


思わず肩をすくめて顔をしかめると、隣を歩くおにいさんが、少しだけ口角を上げて笑ったような気がした。


「スッパイ」


「そうだよ。すっぱい」


口の中をすっぱくしながらが、地面を蹴る足取りが勝手に跳ねてしまうのを、一生懸命に抑えながら歩いた。


今日からわたしはお魚も食べられるんだ。


わたしの「あそび」は、いつの間にか、おなかをいっぱいにする最高のご褒美に変わっていたんだ。

次回、幼穂形成期


【作中技術解説】

投網とあみ:円錐形の網の裾に重りをつけ、水面に広がるように投げ入れて魚を捕まえる漁具。8世紀当時の農村では、川にやなを仕掛けたり、手づかみで獲るのが一般的でしたが、投網は移動しながら短時間で効率的に魚を獲ることができます。

二枚貝の反射:淡水に生息する二枚貝イシガイやカラスガイなどは、異物が殻の間に触れると防御反応で強く殻を閉じます。この閉殻筋の力を利用し、細い棒を「噛ませる」ことで、手を濡らさず、また砂を掘り起こす重労働なしに効率よく採集する技術です。

ゲオスミン対策:川魚や淡水貝には、特有の泥臭さ(ゲオスミン)が含まれます。スイバに含まれるシュウ酸やリンゴ酸といった有機酸は、加熱の過程でゲオスミンと反応し、その構造を変化させて無臭化させる働きがあります。

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