縄ない
視点:ベルタ
おにいさんが新しい道具を作るための「縄」を綯う様子を見つめます。
おにいさんは、ときどき不思議な動きをする。
今はわたしの目の前で、何もない空間をじっと見つめて、真剣な顔で両手を動かしていた。
「……おにいさん、なにしてるの?」
わたしが声をかけると、おにいさんは「待ってました」という顔をして、大げさに身を乗り出した。
おにいさんは、まず空中に大きな輪を描いた。何度も、何度も。
それから自分の足を指差して、困ったように首を振る。
「……まるいもの?あ、車輪。お父さんの車が壊れたの?」
わたしが言うと、おにいさんは「惜しい!」という顔をして、今度は自分の手のひらを膝の上に乗せた。
おにいさんは右手を左手に重ねて、ゆっくりと、けれど力強くこすり合わせる。
シュッ。シュッ。
そこには何もないはずなのに、おにいさんの手首の筋肉が、まるで重いものを動かしているみたいにピクピクと跳ねた。
「縄ない……?」
その言葉を口にした瞬間、おにいさんの動きが激しくなった。
おにいさんの指先が、見えない何かを細かくより合わせる。
右手を引いて、左手を押し出す。その指の隙間から、まるで編まれたばかりの「わら」がするすると伸びていくのが見えた。
おにいさんの手の動きに合わせて、わたしの耳には「ザリッ、ザリッ」という乾いたわらの擦れる音まで聞こえてくる。
そこには黄金色のわらが一本、確かに空中に浮かんでいて、おにいさんが手を動かすたびに、それが太く、逞しい縄に変わっていくのだ。
わたしは思わず目をこすった。
そんなはずはない。おにいさんの手には、柳の皮どころか、枯れ草一本握られていないのだから。
「ナワナイ」
おにいさんは、満足げに笑ってそう言った。
わたしたちの言葉を一生懸命に真似して、わたしの顔を覗き込む。
「そう、縄ないだ!おにいさん、縄をなうんだね!」
わたしが飛び跳ねて喜ぶと、おにいさんは「大正解」とばかりに指をパチンと鳴らした。
念のためわたしが手をこすっておにいさんに確認するとどうやら本当に縄をなうらしい。
これはお父さんもやっていたので少し懐かしく思う。
昨日の夕暮れどきにおにいさんは川へ行って、まだ青い柳の枝をたくさん拾ってきた。おにいさんはそれを器用に剥いで、白い筋のような皮だけにすると、一晩じゅう水を入れた桶に浸しておいた。水を含んでぬらぬらと光る皮は、昨日の乾いた様子からは想像できないくらい、お餅みたいに柔らかくなっている。
しかしおにいさんは土鍋にお湯を沸かし始めて、真っ白な灰をお湯に溶かした。これは前にどんぐりを食べられるようにしたときとおなじだ。
透き通っていたお湯が、少しだけぬるりとした不思議な水に変わる。そこへ、水に浸しておいた柳の皮を放り込んだ。
ぐつぐつと煮える鍋のなかで、茶色かった柳の皮が、だんだんと色を変えていく。
しばらくして、おにいさんは熱い鍋から柳を引き揚げて、水で丁寧に洗い流した。
思わず声を上げてしまう。
「きれいだね!」
さっきまでの、ただの「木の皮」じゃない。
おにいさんの手の中で洗われているのは、まるでお月さまの光を紡いだみたいに白くて、しなやかな繊維の束だった。指で触れてみると、滑らかで、それでいてピンと張った強さがある。
「わあ……」
わたしは、その乳白色の輝きをじっと見つめた。お月さまの光が糸になって垂れてきたみたいだ。もしかしたらそうなのかもしれない。
この細い紐をたくさん、たくさん束ねて、雲の上まで届くような長い梯子を作ったらどうなるだろう。
おにいさんなら、きっとその梯子で夜空に登って、本当に月を捕まえてきてしまうかもしれない。
それとも、この光る糸を村中に張り巡らせて、悪い魔女や恐ろしい狼を全部絡めとってしまう「光の罠」を作るつもりなのかな。
絡めとるのなら野ウサギがいいな、おいしいお肉がこの光の糸にぶら下がっているなんてとても素敵なことだ。
そうだ、この糸でお城をぐるぐる巻きにして、お姫様のドレスを全部これに替えてしまうんだ。
お姫様のドレスなんて想像できないけどこの光の糸ならきれいに決まっている。
おにいさんは、わたしの頭の中がそんな大変なことになっているなんてちっとも知らないみたいに、その白くなった柳の繊維を数本手に取ると、また膝の上で転がし始めた。
おにいさんは、その白くなった柳の繊維を数本手に取ると、また膝の上で転がし始めた。
シュッ、シュッ。
掌をこすり合わせる規則正しい音。おにいさんが手を動かすたびに、ただの平べったい皮だった柳が、生き物みたいにねじれて、一本の「縄」になっていく。
おにいさんは、二つの束を別々にねじりながら、それをさらに反対の向きにねじり合わせていた。そうすると、縄はお互いに締め付け合って、一生解けなくなるんだって。それはとても細くて、そして信じられないくらい強かった。
「わたしもやる!」
おにいさんの膝の上で踊る白い糸があまりに綺麗で、わたしは思わず手を伸ばした。おにいさんは少しだけ驚いた顔をしたけれど、すぐに「いいよ」と頷いて、洗い立ての白い繊維をわたしの小さな手のひらに乗せてくれた。
「シュッ、シュッ、だよね?」
おにいさんの真似をして、膝の上で手のひらを転がしてみる。でも、わたしの手はおにいさんの手みたいに魔法は使えなかった。
柳の皮はバラバラに逃げていって、ちっとも縄になってくれない。無理に力を入れると、せっかくの白い束がぐちゃぐちゃに絡まって、ただのゴミみたいになってしまう。
「あ……」
悲しくなっておにいさんを見上げると、おにいさんは後ろからわたしの手をそっと包み込んだ。おにいさんの手は大きくて、温かくて、少しだけ灰の匂いがした。
おにいさんは、わたしの指を一本ずつ動かして、まずは二つの束をそれぞれ「右」にねじらせる。それから、その二つを合わせて、今度は「左」にぐるんと回した。
その瞬間だった。
バラバラだった柳の繊維が、まるでお互いに抱き合うみたいに、ぴたっと重なった。
おにいさんが手を離しても、それはもう解けたりしない。わたしの指の下に、一粒の麦みたいな小さな、けれど確かな「縄の目」が生まれていた。
「……できた!」
ひとつ目ができれば、あとはおにいさんのリズムに合わせて手を動かすだけだ。
右にねじって、左に合わせる。
右にねじって、左に合わせる。
わたしの拙い手の動きに合わせて、乳白色の縄が少しずつ、少しずつ伸びていく。おにいさんが作ったものみたいに細くはないし、ところどころ膨らんでいるけれど、それは間違いなく、わたしがこの世に生み出した「強いもの」だった。
おにいさんは、わたしの頭を優しく撫でてくれた。
言葉は分からなくても、おにいさんの目が「よくできたね」と言っているのが分かった。
わたしは、自分の手の中に残る、しなやかな縄の手応えを噛みしめた。
次回、羊にパニア
【作中技術解説】
柳の皮の繊維利用:高価な麻や希少な羊毛の代わりに、身近な柳の樹皮は重要な繊維資源でした。水に浸して外皮を除去し、内皮(靭皮繊維)を取り出すことで、柔軟性と強靭さを兼ね備えた紐や籠の材料になります。
「右綯え」と「左綯え」の構造:縄は、個々の繊維をねじる方向(撚り)と、それらを束ねて合わせる方向を逆にすることで、構造的に固定されます。おにいさんが行っているのは「逆撚り」の原理で、片方のねじれが戻ろうとする力がもう一方を締め付けるため、接着剤がなくても強固な一本の線となります。
摩擦による繊維の収束:道具を使わず掌で綯う手法は、最も原始的かつ効率的な加工法です。手のひらの適度な湿り気と摩擦を利用して、バラバラの繊維を一方向へ整列させながら、均一な太さの縄に仕上げていきます。




