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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱灰


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賦役の残滓と収集

視点:ハンス


賦役の帰り道、疲れ果てた男たちの中で、一人だけ熱心に「ゴミ」を拾い集めるおにいさんの姿。ハンスにはお兄さんが拾う緑の石も中空の枝も理解不能なガラクタに見えるが、お兄さんの持つ奇妙な説得力と、幼いベルタが幸せそうであるという事実が、ハンスにそれを受け入れさせてしまう。

「……おい、おにいさん。さっさと帰らねえと日が暮れるぞ」

呆れた俺は声をかけたが、おにいさんはぬかるんだ道端にしゃがみ込み、何かを熱心に拾い上げていた。


それは、ただの石ころだった。

だが、おにいさんはそれを手のひらで転がし、指先で表面の粗さをなぞるように確かめると、満足そうに懐に放り込んだ。俺にはただの礫にしか見えなかったが、おにいさんの目には何かが違って見えているらしい。


「そんなただの石を拾ってどうするんだ」


おにいさんが差し出してきたのは、緑がかってどこかヌラリとした光沢のある、ずっしりとした塊だった。大きさは、ちょうど片手で握り込めるくらいか。


奴は嬉しそうな顔をするが、俺からすれば、そんなもんを拾い集める暇があったら寝ていたい。

さらにあいつは、土を少し掘り返し始めた。


今度見せたのは、小指の先ほどの小さな黒いかけら。燧石ひうちいしだ。

火を熾すのに使う石だってことくらいは俺にもわかるが、そいつはあまりに小さすぎて、打ち合わせることもできやしない。火種を作るには力不足の、ただのゴミだ。


「そんな小さなカケラじゃ、火なんて出ねえぞ」


わけがわからん。

おにいさんはそのまま、真っ白で脆そうな小石や、粒々の模様が入った平べったいカケラまで、まるで宝物を吟味するみたいに次々と拾い上げていく。

白い石なんて、ちょっと踏んづければ粉々になるし、粒々の模様の小石なんてそこら中に転がっている。


おにいさんは、その一つ一つを愛おしそうに眺めている。


奴の背負い袋は、石の重みでどんどん膨らんでいく。

俺たち村の男にとっては、石は歩く邪魔になるか、賦役で運ばされる苦しみの種でしかない。なのに、おにいさんが拾い上げると、そのただの石ころに、何か特別な役割が与えられたような気がしてくるから不思議だ。


石を拾い終えたおにいさんは、今度は道に張り出した低木の枝をいくつか折り取り始めた。


「枝なんてそこら中に落ちてるだろ。なんでわざわざ生えてるやつを折るんだよ」


白っぽい樹皮の枝——ニワトコの枝を、目の高さに掲げていた。

親指ほどの太さがあるその枝をポキリと折ると、断面をじっと覗き込む。


俺から見れば、ニワトコの枝なんて中身がスカスカで、火を焚くにもすぐに燃え尽きちまう安っぽい薪でしかない。それを大真面目な顔で眺めている。


別の茂みに分け入り、ひときわ硬そうな細い枝を見つけ出した。コーネルピンだ。

あいつはその枝をグイと力任せに曲げて、その「しなり」を確かめている。


おにいさんは、その枝を愛おしそうに撫でてから背負い袋に差し込んだ。

スカスカな枝と、石みたいに硬い枝。

あいつの手の中にあると、ただの枝が、まるで材料に格上げされたみたいに見えてくる。


夕焼けに照らされながら本気で感動しているようだった。石とか草の感じは確かに村の中とは違うかもしれないな。

賦役で体力を使い果たし、一刻も早く家に帰って泥のように眠りたい俺とはずいぶん違う。



おにいさんは、道端の湿った茂みに手を突っ込み、ひときわ青々と茂った草の山を指差した。


俺には、どこにでも生えているただの野草にしか見えない。ピンク色の小さな花が可愛らしいとは思うが、それだけだ。泥だらけの根っこを力任せに引き抜き、革袋に放り込んだ。


さらにあいつは、日当たりのいい斜面で足を止めた。そこには、一面に黄色い花が咲き乱れている。


「ああアブラナだな」


「アブラナ」


アブラナは俺だって知っている。家畜の餌にするか、腹が減りすぎて死にそうな時に無理やり食うようなもんだ。だが、おにいさんはその青いサヤを愛おしそうに撫でている。


あいつが指差した先には、触ればかぶれる忌々しいイラクサの群生があった。俺たち農民は、こいつを見つけたら家畜が近づかないように鎌で叩き切る。だが、奴はまた材料を見つけたような顔をしている。


「……おい、イラクサなんて触ったら痛いだけだぞ。そんなもんまで拾うのか?」


俺の言葉に、おにいさんは立ち止まり、ボロ布を巻いた手でその刺のある茎をしっかりと掴んだまま、短く答えた。


「はい」


迷いのない返事だった。

いや、まぁ、俺たちだって知らねえわけじゃねえ。麻が足りねえ時や、どうしても紐が必要な時は、この忌々しい草を叩いて皮を剥ぎ、繊維を取り出して使うことだってある。だが、それはあくまで「他にどうしようもない時」の代用だ。


触れば火がつくような痛みが走るし、処理は面倒だし、何より出来上がった布はゴワゴワして肌触りも最悪だ。そんなもんを、賦役でクタクタになった帰り道に、わざわざ進んで抱え込む奴があるか。


だが、おにいさんはまるで極上の織物の原料でも見つけたような顔で、イラクサの群生を丁寧に、かつ迅速に刈り取っていく。


イラクサを束ねて、既に石やら枝やらでパンパンになった背負い袋の脇にねじ込んだ。


あいつの目は、俺が見ている「刺だらけの雑草」を見ていない。たぶん、その中にある「白くて強い糸」を、もう引き出して編み上げているんだろう。


俺が教えた「サボりの極意」で浮かせた体力を、こいつは一滴も残さず、この「痛み」の収集に注ぎ込んでいる。


「……物好きにも程があるぜ」


俺は首を振って歩き出したが、あいつの言う通り、ここのイラクサは確かに日当たりが良くて茎が太い。もしかするといいやり方があってイラクサも何かになるのかもしれない。


そう思うと、俺も少しだけ、その「ただの雑草」が違ったものに見えてくるから不思議なもんだ。


「……お前、そんなもん集めてどうするんだ。家がゴミ屋敷になっちまうぞ」


俺が鼻で笑うと、おにいさんはふっと、先ほどの懸命に怠けた時と同じ、少しだけ柔らかい表情で振り返った。


おにいさんが拾うものは、全部「明日」を繋ぐための欠片なんだ。

石は道具になり、枝は火を操る手になり、種は来年の緑になる。


おにいさんの背負い袋は、帰る頃にはずっしりと重くなっていた。

体力を温存する怠ける技で浮かせた体力を、すべてこの素材収集という仕事に全振りしていたのだ。


「ありがとう、ハンス。さようなら」


家の前で、おにいさんは丁寧に頭を下げた。

俺たちとは違う黒と黄の色彩を纏ったその姿は、夕闇の中で誰よりも力強くそして異質に輝いていた。


家の扉が開くとベルタが笑っておにいさんを出迎えていた。間違いねえ。こいつはベルタに「吉」をもたらしている。

あの子を飢えさせず、凍えさせず、何よりその笑顔を守り抜くために、こいつはこの地のあらゆるガラクタを宝物に変えようとしているんだ。


そんな狂気なら、あってもいい。

俺にはあいつの頭の中はこれっぽっちも理解できねえし、あいつが拾った草の種がどうやって油になるのかも分からねえ。だが、あのベルタの笑い声を聞けば、それで十分だ。


「……ま、せいぜい頑張れよ。おにいさん」


俺は小さく独りごちて、自分の家へと歩き出した。

背後で扉が閉まる音がした。暗くなっていく村の道。俺の背中には、賦役の疲れが重くのしかかっていたが、不思議と足取りはさっきより軽くなっていた。

次回、縄ない


【作中技術解説】

スカベンジング:道のごみ拾い、ごみの中から使えるものを探す行為。

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