おにいさんの長い一日
視点:ベルタ
ベルタにとっては、おにいさんの行動はどれも不思議で、まるでおまじないのように見えています。しかし、その一つひとつは、限られた資源である「木・石・水」を極限まで使い倒す、生存戦略に基づいた技術の集積です。
お日様が顔を出すずっと前から、おにいさんの朝は始まっている。
隣で寝ているおにいさんの体が離れていく気配で、私は目を覚ます。まだお家の中は真っ暗なのに、おにいさんは迷うことなく動く。
おにいさんはまず川へ行く。大きな桶を二つ、木の棒で担いでお水を汲んでくる。
川に着くと桶を置いて水面をじっと見る。
お水を汲む前に、おにいさんは川岸を歩き回って何かを探し始める。
「ベルタ」
おにいさんが拾い上げたのは、手のひらに乗るくらいの、角が取れて丸くなった綺麗な石だった。おにいさんの言葉はまだ全部はわからないけれど、その目が「大事なものだよ」と言っているのはわかる。
私は頷いて、その石を両手でしっかりと抱える。
おにいさんは次々に、変な形の流木や、キラキラ光る石、それから真っ直ぐな枝を見つけては、私の腕の中に重ねていく。
おにいさんは私に頷いて、それから桶にお水をいっぱいにする。
帰り道、おにいさんは重たいお水を担いで、私はおにいさんに託されたなにかを腕いっぱいに抱えて歩く。
流木はごつごつしていて、石は冷たくて重たいけれど、おにいさんが大切そうに渡してくれたものだから、絶対に落としたくない。
お家に戻ると、私が運んだ石や木を、おにいさんは分けて片付ける。きっと使い道が違うのだろう。その時がくれば答えがわかるに違いない。
川で石を拾ったあと、私たちは村の端っこ、森の入り口にある「わな」を見に行く。
おにいさんは茂みの影に、細い紐や木の枝で作った不思議な仕掛けをいくつも置いている。
おにいさんは仕掛けに近づくとき、いつもより少しだけ足音を静かにする。
ある場所で、茂みがガサガサと揺れていた。
そこには、茶色の毛をした小さなうさぎさんが、おにいさんの仕掛けた紐に足を捕らえられて震えていた。
私が息を呑むと、おにいさんは私の肩を優しく叩いて、それからうさぎさんの前に膝をついた。
おにいさんの大きな手が、うさぎさんの目をそっと覆う。
その直後、おにいさんの手が小さく動くと、さっきまで暴れていたうさぎさんは、ふっと力を抜いて動かなくなった。
おにいさんは腰からナイフを取り出して血抜きを始めた。
怖くて目を背けそうになるけれど、おにいさんの手つきがあまりに丁寧で、まるで大事なものをお掃除しているみたいに見えて、私はじっと見つめてしまう。
お家に戻ると、兎はお肉と毛皮を分けたあと、おにいさんは残った内臓や小さな骨を、持ってきたバケツにまとめた。おにいさんはそのバケツを持って鶏の囲いへ行く。
中身を細かく刻んであげると、鶏たちは大喜びで突き始める。
それから、羊さんたちの囲いのお掃除が始まる。
おにいさんは汚れをとても嫌う。羊たちの足元が汚れていると、おにいさんはすぐに藁を替えてピカピカにする。お掃除が終わると、羊たちを村の皆で使う草地へ連れていく。
お昼の間、おにいさんはずっと動いている。
小麦の畑に立って、じっと地面や葉っぱを見ている。
道を歩くときも、ただ歩くことはない。服に種がついていたら、それを丁寧に取って袋に入れる。
「これは油が取れる」「これは薬になる」
おにいさんはそう言って、道端の草まで大切にする。
おにいさんの手は、いつも何かを持っている。
落ちている枝、変な形の石、それから家畜の落とし物まで。
おにいさんは笑って言うけれど、私にはただのゴミに見える。でも、おにいさんがそれを灰と一緒に混ぜたり、乾かしたりすると、いつの間にか畑を元気にする魔法の粉に変わってしまう。
お家の中では、おにいさんはかまどの掃除をする。
煙が通る道のススを綺麗に取って、灰を大事に分けておく。
その灰を使って、森で拾ったどんぐりの苦い味を抜く。おにいさんのどんぐりは、他のみんなが食べるのよりもずっと甘くて美味しい。
夜になると、おにいさんは火を使ってお仕事をする。
木の棒を火に近づけて、焦がしながら形を整える。そうすると、木が石みたいに硬くなるんだって。
おにいさんの作る道具は、村の誰のよりも使いやすくて、ピカピカしている。
平らな石をゴリゴリすり合わせている。これはいったい何になるのだろうか?同じようなものが3枚もある。
寝る前、おにいさんは私を綺麗な布で拭いてくれる。
お外で汚れた体をそのままにすると、悪い「むし」がつくからって。
使った布を洗って干して、カマドの火が消えないように灰を被せて。
寝る時におにいさんが私の言葉を繰り返す。言葉を覚えているみたいだ。いつかおしゃべりできるようになるだろう。
次回、賦役とサボりのアルゴリズム




