【9話】 「放課後、二人だけの練習」
チャイムが鳴って、今日の授業が終わった。
帰ろうとしたところで、後ろから軽く肩を叩かれる。
「ひかり、ちょっと来い」
振り返ると湊。片手でカバンを持ちながら、目だけで「ついてこい」と合図してくる。
「なに?」
「練習。例の」
「……魔法?」
「そう」
「ここで言わないで!」
慌てて周囲を見渡すが、教室にはもう誰もいない。
ほっと胸をなでおろした瞬間、湊がニヤリと笑った。
「じゃ、屋上行くぞ」
「え、鍵開いてるの?」
「生徒会の知り合いに借りた」
「そういうのは風紀委員に怒られるやつじゃ……」
「じゃあ黙ってろ」
……そういう強引なところ、昔から変わらない。
⸻
屋上に出ると、風が気持ちよかった。
夕方の空はオレンジから紫に変わりかけていて、遠くのグラウンドでは部活の声が響いている。
「で、どうやってやる?」
「普通にパチンってやればいいんじゃない?」
「いや、条件を探るんだろ」
「条件?」
「感情とか、力加減とか、タイミングとか」
湊は、持ってきたノートを広げてペンを構える。
「なにその本格的なメモ体勢」
「こういうのは記録が大事なんだよ。じゃ、まずは普通にやってみろ」
私は深呼吸して、指を構えた。
——パチン。
風がふわっと吹き、湊の髪をかすめた。
「お、今の軽いな」
「うん、自分でもわかる」
「じゃあ次は……俺のこと考えながらやってみろ」
「はあ!? なんで!」
「感情の変化を見るんだろ」
「……あんたのそういうとこ、ほんと嫌い」
文句を言いながらも、なぜか顔が熱くなる。
——パチン!
今度は、足元の落ち葉がくるくる舞い上がった。
「ほら、強くなった」
「……気のせいでしょ」
「いや、絶対関係ある」
湊は嬉しそうにノートに書き込んでいる。なんか悔しい。
⸻
その後も、「楽しいことを考える」「嫌なことを考える」「走った直後」など条件を変えて何度も試した。
結果、感情が大きく動くほど魔法の出力が上がることがわかってきた。
「つまり、お前は感情に正直なんだな」
「どういう意味よ」
「いい意味だよ」
不意にそんなことを言うから、また指先が熱くなる。
——パチン。
今度は私の足元から紙飛行機がふわっと飛び出し、ゆっくり空中を漂った。
「これ……作ってきたの?」
「試したかったんだよ、こういうの」
湊は笑いながら紙飛行機をキャッチした。
その笑顔が、夕焼けに溶けてやけにきれいに見えた。
⸻
練習を終えて屋上を出る前、湊がふと真顔になった。
「ひかり、この力……悪いことに使われたら危ない」
「……うん、わかってる」
「だから、俺も一緒に覚えていく。お前が困らないように」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
昔から湊は、こうやって自然に守るようなことを言う。
でも今日は、その言葉がいつもより重く響いた。
「……ありがと」
「おう。じゃ、今日はこれで解散な」
屋上の扉が閉まり、日常の音が戻ってくる。
でも、胸の鼓動だけはしばらく収まらなかった。




