【7話】 「体育祭と勝利のスナップ」
九月の空は、思った以上に高くて青い。
雲ひとつない晴天——体育祭日和ってやつだ。
私はクラスTシャツにハーフパンツ、そして背中には「2-B 桐生」のゼッケン。
日焼け止めをこれでもかと塗りたくって、午前の競技を終えたところだった。
「ひかり、午後はリレーだろ? バトン落とすなよ」
「落とす前提やめてくれない?」
「だってお前、去年のドッジボールでボール持ったまま転んだじゃん」
「あれは事故!」
湊は笑いながら水筒を差し出す。
「ほら、水分補給しとけ。走る前に脱水とかやめろよな」
「ありがと……」
何気ないやりとりなのに、こうやって世話を焼かれると少しだけ心が温かくなる。
けど、それを顔に出したら負けな気がして、私は水を飲み干して無理やり話題を切った。
⸻
午後のリレーが近づくと、クラスの空気が引き締まってきた。
私はアンカー。湊は第一走者。
運動神経が特別いいわけでもないのに、このポジションになった理由は「雰囲気が速そう」——ほんと、人を見る目ないよね、このクラス。
「アンカーってさ、めっちゃ目立つじゃん」
「うん、だから絶対転ぶなよ」
「縁起でもない!」
「大丈夫。俺が一位で渡すから、お前はそのままゴールまで逃げ切れ」
「……それ、フラグじゃないよね?」
スタート地点に並んだ湊の背中が、妙に大きく見えた。
ピストルが鳴る——パンッ!
⸻
第一走者の湊が走り出す。
地面を蹴る音、観客席からの声援、風を切る音。
湊はカーブを鋭く抜け、トップでバトンをつないだ。
第二走者、第三走者と、クラスメイトたちも必死に走る。
そして、バトンは私の手に。
「ひかり!」
湊の声と同時にバトンを受け取った瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
——パチン。
足元の靴紐がギュッと締まる感覚。
背中を押すような追い風が吹く。
思わず体が前に飛び出していた。
(速い……!)
足が驚くほど軽い。地面を蹴るたびに、体が浮くような感覚。
コーナーを抜け、一直線のゴールが見えたとき——
「いけーーーっ!」
クラスの歓声が耳を打つ。最後の一歩を踏み込み、ゴールテープを切った。
⸻
「やったな!」
息を切らせながら振り返ると、湊が笑ってハイタッチしてきた。
「……うん、たぶん」
「たぶんって何だよ」
「いや……なんか風がすごかった気がして」
「そりゃ走ってたら風くらい吹くだろ」
そう言われても、あの追い風は普通じゃなかった。
でも、ここで“魔法かも”なんて言ったら大騒ぎになる。だから黙っておいた。
⸻
結果発表。
2-Bは総合3位だったけど、リレーは見事1位。
クラス中が盛り上がる中、かえでがスマホを片手に駆け寄ってきた。
「ひかり! これ見て!」
画面には、ゴール直前の私の写真。髪が大きくなびき、背中のあたりから白い砂埃のようなものが舞っている。
「なにこれ……」
「奇跡の瞬間! まるで風が押してるみたいでしょ? これSNSにあげよ!」
「やめて! お願いだから!」
「もう遅い。#2Bの追い風ってタグつけたから」
「かえでぇぇぇぇ!」
その日から、私の知らないところで“奇跡のアンカー”なんて呼ばれるようになった。
嬉しいような、困るような——そんな体育祭だった




