【6話】 「小テストと小暴走」
その日の1時間目は、私の苦手科目・数学の小テストだった。
朝から教科書を開いてはみたけれど、頭にはほとんど入ってこない。机に突っ伏していた私に、かえでが呆れ顔で話しかける。
「ひかり、大丈夫? 顔が“もう終わった”って言ってるよ」
「……始まる前から終わってる気がする」
「ほら、せめて気合い入れなって。パチンで脳を目覚めさせるとか」
「やめて、試験中に暴発したらどうするの」
そんな冗談を交わしながらも、私は内心ビクビクしていた。
——もし本当に試験中に魔法が出たら、言い訳なんてできない。
⸻
チャイムが鳴り、テストが始まる。
カリカリという鉛筆の音と、ページをめくる音だけが教室に響く。
私は集中しようと深呼吸し、ペンを握り直した。
一問目、なんとか解けた。
二問目、……怪しいけど埋めた。
三問目に差しかかったとき、問題文がまるで暗号のように見えてきた。頭が真っ白になり、焦りが一気に押し寄せる。
(やばい、何も出てこない……)
その瞬間、右手の指が勝手に動いた。
——パチン。
やば、と頭が理解したのと同時に、机の上の消しゴムがふわっと浮き上がった。
重力なんて存在しないみたいにゆっくりと上昇し、くるくる回転しながら後方へ——。
コトンッ
床に落ちる音が教室に響いた。全員の視線が一瞬だけ動く。
すぐに戻ったけど、その一瞬が恐ろしく長く感じた。
「……桐生」
低く冷たい声。顔を上げると、監督役の風紀委員長・蓮がこちらを見ていた。
「ち、違います! 私じゃ——」
必死に否定したけど、こんなの信じてもらえるはずもない。
そこで、隣の席からすっと椅子を引く音。
「すみません、俺が落としました」
湊だった。
彼は立ち上がって後方に歩き、消しゴムを拾い上げて私の机に置いた。
その動作があまりに自然で、蓮も「気をつけろよ」とだけ言って監督席に戻っていった。
⸻
テストは続行されたけど、もう問題文なんて目に入らない。
ただ、湊の背中を斜め前から見つめながら、心の中で何度も「ありがとう」と呟いていた。
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放課後。昇降口で靴を履き替えていると、湊が隣に立った。
「お前、試験中にやらかすとか、本当に危なすぎ」
「……無意識だったんだよ」
「だからこそ、ちゃんと練習してコントロールしろって言ってんの」
「わかってる……けど」
視線を落とした私の前に、湊の手がすっと差し出された。
そこには、例の消しゴムが乗っている。
「これ、お前のだろ。次は自分で守れよ」
「……うん」
小さく返事をして受け取った消しゴムは、ほんのりと湊の手の温もりが残っていた。
それがなぜか、胸の奥までじんわり広がっていく。
⸻
帰り道。空は少しずつ茜色に染まり、雲の切れ間から夕日が差し込んでいた。
ふと、その光に照らされた湊の横顔がやけに頼もしく見えた。
同時に、自分があまりに頼りすぎていることにも気づく。
(……次は、私が自分で止める)
小さく心の中で誓う。
きっとそれが、湊に恩返しする最初の一歩になる——そんな気がしていた。




