【17話】「真壁の忠告」
昨夜はほとんど眠れなかった。
机の上には単語帳が開きっぱなしで、ページをめくっても頭には何も入ってこない。
(……私、このままでいいのかな)
頼りたい。でも、それじゃ湊に甘えてばかり。
一人で頑張りたい。でも、そうすると心細くて、結局また彼を求めてしまう。
ぐるぐる同じことを考えてはベッドに潜り、また飛び起きるのを繰り返した。
朝を迎えても頭はぼんやりしていた。授業中もノートを取っているふりをしながら、視線は窓の外をさまよっていた。
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放課後。
みんなが帰り支度をする教室で、私は一人机に突っ伏していた。
そこに、冷たい声が落ちてきた。
「桐生」
びくりと顔を上げると、入り口に真壁蓮が立っていた。
背筋を伸ばし、腕には風紀委員の腕章。教室のざわめきが一瞬で静まり返る。
「……な、なに?」
「少し時間あるか」
断れる雰囲気じゃなかった。私は鞄を持って立ち上がり、彼の後について教室を出た。
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人影のない渡り廊下。
窓の外には夕日が差し込み、オレンジ色が蓮の横顔を照らしている。
彼は立ち止まり、真剣な眼差しを向けてきた。
「文化祭のときのこと、覚えているか」
「……っ」
「小道具が勝手に浮いた。背景が倒れかけた。お前の周りで、普通ではあり得ないことが何度も起きている」
心臓が跳ねる。
彼の声は低く、冷たく響いた。だけどその奥には、かすかな揺らぎが混じっている気がした。
「……偶然なんかじゃないな」
言い訳が喉まで出かかったが、飲み込むしかなかった。
蓮の目は鋭く、曖昧な嘘では通じないと分かるから。
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「桐生」
蓮が名前を呼ぶ。
その声色には威圧感だけじゃなく、かすかな焦りのようなものが混じっていた。
「お前が何を抱えているかは知らない。だが、このままでは危ない。いずれ周りを巻き込む」
突き放すような言葉なのに、胸に刺さる。
私は唇をかみしめ、勇気を振り絞って尋ねた。
「……じゃあ、私はどうすればいいの?」
沈黙が落ちる。
蓮は窓の外を一瞥し、夕陽を映した瞳で私を見据えた。
「自分で考えろ。誰かに頼るのではなく、自分の意思で」
厳しい響き。でも、ただ冷たいわけじゃない。
“自分で考えろ”という言葉の裏には、私に「立ってほしい」という願いが込められているように思えた。
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足音を響かせ、蓮は踵を返す。
渡り廊下を歩き去る背中はまっすぐで揺るぎない。
私はしばらくその背中を目で追っていた。
怖い人だと思っていた。
でも、今は違う。あれは本気で心配してくれている人の背中だ。
「……自分で、考える」
口の中で繰り返したその言葉は苦くて、でも少しだけ力強い響きがあった。
湊に支えられる安心感と、蓮の冷たい忠告。その両方が私の胸の中でせめぎ合う。
オレンジ色の光の中で、私はひとり、立ち尽くした。




