【16話】「すれ違う気持ち」
期末試験まで、あと一週間。
私は教室で英単語帳を眺めながら、深いため息をついていた。
「……全然覚えられない」
隣でかえでが覗き込む。
「ひかり、大丈夫? また湊と勉強会したら?」
「う……」
図星すぎて言葉が詰まる。
確かに湊と一緒なら集中できる。いや、正確には――彼が隣にいるとドキドキして集中できない。でも、不思議と記憶には残るのだ。
「でもさぁ、頼りすぎるのもよくないかなって」
「なにそれ。ひかりが真面目に考えてるとこ、ちょっと新鮮」
「ひどっ!」
かえでは笑って去っていったが、心の中にはもやもやが残った。
⸻
放課後。今日も図書室で湊と勉強する約束をしていた。
机に教科書を広げると、彼が当然のように隣に腰を下ろす。
「じゃあ、昨日の復習な。これ読んでみろ」
「えっ、いきなり音読?」
「声に出した方が覚える」
「うぅ……」
私はしぶしぶ英文を読み上げた。途中でつっかえると、湊がすかさず指で教科書の行をなぞり、ゆっくり教えてくれる。
その仕草が自然すぎて、心臓がまた早くなる。
(……ダメだ。これじゃ余計頼りきりじゃん)
「ひかり」
「えっ!?」
「びっくりすんなよ。……さっきからぼーっとしてる」
「あ、うん……ごめん」
気づけば指先に力が入っていた。
——パチン。
音は小さかったけど、机の上のシャープペンが勝手に転がって、床に落ちた。
「っ!」
私は慌てて拾おうと身を乗り出すが、湊の手が先に伸びる。
二人の指が、ほんの一瞬触れた。
「……また無意識に出たな」
「ご、ごめん」
「だから言っただろ。練習すればコントロールできる」
「でも……!」
思わず声が大きくなった。
「でも、私、湊に頼ってばっかりで……! 自分で何もできなくて、迷惑ばっかかけて……」
机の上に置いた手が震えていた。
湊は一瞬黙って、それから小さく息を吐いた。
「……迷惑だなんて思ったこと、一度もねえよ」
「……でも」
「お前がどうしても一人でやりたいって言うなら、止めない。けどな……俺は、お前を支えたいんだ」
その言葉に胸が熱くなる。けど、同時に怖かった。
——このまま甘えてばかりでいいの?
——私がちゃんと強くならなきゃ、湊にばかり負担をかけるんじゃ……?
「……ごめん。今日は帰る」
私は教科書をまとめ、逃げるように図書室を出た。
背中に、湊の視線が突き刺さる。追いかけてきてほしい気持ちと、この場から逃げたい気持ちが入り混じって、涙がにじんだ。
⸻
夜。机の上で英単語帳をめくる。
ページの文字は頭に入ってこない。
代わりに浮かぶのは、湊の声と、優しい笑顔。
(……本当は、隣にいてほしいのに)
小さく指を合わせる。
——パチン。
今夜は何も起きなかった。
胸の奥がひどく空っぽに感じた。




