【15話】「勉強会とすれ違う気持ち」
文化祭が終わってから数日後。
廊下の掲示板に「期末試験範囲表」が貼られた。私はそれを見た瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。
「英語、長文ばっかりじゃん……」
「ひかり、顔がもう諦めてる」
隣で湊が呆れたように笑う。
「大丈夫だ。勉強会やるから」
「えっ、また?」
「また、じゃねえよ。前回のおかげで赤点回避できただろ」
「うっ……」
反論できない。確かに湊のおかげで小テストはどうにか乗り切れた。
でも「二人きりの勉強会」となると……心臓が騒がしくて集中できないのが問題なのだ。
⸻
放課後。図書室の一角。
私と湊は向かい合って机に座り、教科書とノートを広げていた。
「ほら、この単語。三回書いて覚えろ」
「えぇ……」
「口でも唱えろ」
「apple、apple、apple……」
「そこまで真剣に言わなくていい」
湊が笑う。
私は頬をふくらませながらノートに書き込むけど、視線が何度も彼の横顔に吸い寄せられる。
真剣な表情で教科書を指さす指。眉間に寄った皺。
……近い。なんでこんなに近いの。
「ひかり、聞いてる?」
「えっ、あ、あの、もちろん!」
「じゃあ今の文法ルール、説明してみろ」
「……ごめんなさい」
しゅんと肩を落とす私に、湊はため息をつき、それから苦笑した。
「お前さ……勉強より俺の顔見てる時間の方が長いだろ」
「なっ……! そ、そんなことない!」
「耳、真っ赤」
「~~~っ!」
恥ずかしさで机に突っ伏す。こんなの勉強にならない。
⸻
しばらくして、休憩を取ることにした。
机の上に置いたペットボトルの水を開けようとして、指先がすべってしまう。
「わっ」
とっさにパチン。
水のペットボトルがふわっと浮き上がり、宙で静止した。
「……ひかり」
「ご、ごめん!」
「いや……すげぇな」
湊は驚き半分、感心半分といった顔でペットボトルを受け取った。
その目は、怖がるどころかまっすぐで。
「やっぱり、コントロールできるようにならないとダメだな」
「……でも、失敗ばっかりで……」
「大丈夫。俺が隣にいるから」
その一言に、胸がまた強く鳴った。
⸻
勉強会の帰り道。
夕暮れの校門を出ると、冷たい風が吹いて制服の裾が揺れた。
私は小さく呟いた。
「……湊って、なんでそんなに私のこと気にかけるの?」
「幼なじみだから、ってのもある」
「……それだけ?」
一瞬の沈黙。
湊は前を向いたまま、少しだけ口元をほころばせた。
「……それだけじゃ、ダメか?」
返事ができなかった。
胸の奥が熱くて、言葉にしたら全部溢れてしまいそうで。
代わりに、私は指先をそっと構えた。
——パチン。
小さな光粒が、ふわりと夜空に舞い上がる。
湊はその光を見上げて、穏やかに笑った。
「やっぱり綺麗だな」
「……ありがとう」
隣を歩く歩幅が、さっきより少しだけ近づいていた。




