番外編1
翌々日の月曜日、案の定、美久達からデート内容を勢い良く聞かれたが、本庄らしいエスコート振りを聞かせると、最初ははしゃいで居たのが予定通り、トーンダウンして来た。内心でやった!とせりかは思うが顔には出さずにきっちりと恋人自慢をすると、美久が「私も彼氏欲しくなっちゃった。せりかが羨ましい!」と言い出した。
「でも彼氏って無理矢理作るものじゃないんじゃない?」
弘美が至極真当な事を言うと、「それは分かってるけど、でもクリスマスイブだって明日なのよ」と返して来た。
「美久は、私やせりかとクリスマスを過ごす事が不満なのね?」
「違うけど~、やっぱり近くにカッコいい人達が多過ぎの今の状況じゃ、高望みになっちゃいそうで、ずっとこのまま高校生活彼氏出来ないのかなって思うと寂しくならない?」
「でも、もうすぐ三年生だもの。私は同じ道を目指してる人と、出来れば付き合いたいから、恋愛は大学に行ってからがいいわ。今も美久みたいには寂しく無いけど…」
完全にせりかに対する冷かしモードが去ってくれたので、ホッとする。持つべきものは優しくて賢い彼氏だ、等と心の中までお花畑の様な状態のせりかだったが、先日真宏に言われた事で、友人への恋愛の相談に乗るのは注意が要ると分かったので、思った事を言うかどうか迷ったが、このままでは遠慮と気遣いがごちゃまぜになりそうなので、やっぱりせりかは美久には、はっきりと言う事にした。
「まずは、好きな人が出来てからじゃ無いの?気に成る様な人が居るのなら、相談も乗るし協力もするけど、寂しいからって理由じゃ付き合う相手に悪いじゃない」
美久は源氏物語で六条の御息所に選ばれる位には知的な美人だ。美久がその気になれば釣れる男の子は居ると思うが、軽い気持ちでは相手を傷付けかねない。
「まあ、そうかもね。私には弘美もせりかも居るんだし、焦る必要無いわね。でもせりかがうまく行って良かったわ。せりかって高坂君や橘君には言いたい事バシバシ言えるのに、本庄君にとなると途端に借りて来た猫みたいになっちゃうでしょう?」
「借りて来た猫は言い過ぎだけど、そうなのよね~。自分でも、二人きりで会うのが心配で、真綾さん達が付いて来てくれないかしらって思っちゃったくらいなのよ」
「段々慣れるんじゃないの?経験無いから分からないけど、友人関係だってせりかと中学時代にこんなに仲が良かった訳じゃ無いじゃない?」
確かに他校に行った由実達と比べれば、中学時代には、まあまあ親しかった位だったのを思えば、高校に入ってから弘美も交えて美久とはかなり親しくなったとせりかも思う。
「そうだよね。段々とだよね。美久にも、美久に合う人が早く現れるといいのにね。その時は本庄君を参謀にして、全力で落としにかかるからね!」
「有難う。すごく心強いけど、なんだか好きな人が出来る前から、その人の事が気の毒になって来てしまうから気持ちだけでいいわ…」
ちょっと残念な子を見るような目を向けてくる美久に、せりかは言い過ぎたかとちょっと反省してしまう。それでもせりかが羨ましいと言っている美久に、もしも好きな人が出来たら、やっぱり全力で力に成ってしまうのが目に見えた。
「それにしても本庄君って大人っぽいんじゃなくて本当に大人なのね。デートが高校生の域じゃないよね」
美久がそういうと弘美も深く頷いた。それはせりかも思っていた。
「社会人の彼氏が出来たと考えれば、実際は同じ年だし、相手の仕事とか状況とかまで思い遣らななくても良いんだから、楽なものじゃないかしら?」
「うわ!せりか前向きだね~。長年の想いが叶うと性格まで変わるのね」
「玲人見習うと、即ポジティブに成れるって、最近分かったのよね。もう少し早く気が付きたかったけどね。近過ぎると粗の方がどうしても見えやすくて、良い部分を見習う発想までには今迄成らなかったのよ」
「高坂君って確かに何でも楽しそうだよね」
ふんわりと弘美が言うと、美久は「若干能天気な気もしないでも無いけど…」とかなり正直で失礼な感想を言ったのでせりかは笑ってしまった。
「ふふっ。紙一重で私もずっと美久寄りに思って来たんだけど、玲人も少しは変わったから、ただ能天気って訳でも最近は無いのよね。手本にするかは別だけど、弘美の言う通りいつも楽しそうじゃ無い?そういうのって一緒に居て楽しい気分になるものなのよね」
「そう言われれば、羨ましいって思いながらも、せりかが明るいから、私も気分が上昇して来てるかもしれない」
なんだか美久にそう言われると、せりかも嬉しさ倍増である。
恋は無理矢理するものでは無いが、美久にも弘美にも、今しか出来ない様な、そんな恋をして欲しいと友達としてせりかは思うが、流石にいくら何でも年寄りくさいし、聞き様によってはめちゃめちゃ上から目線に取られかねないので口には出来なかった。
だいぶ早く来て、誰も居ないところで話していたのだが、少しクラスメイトが登校し始めて来ていた。予鈴まで時間はたっぷり有るので、どこか場所を変えようかと話していると橘と本庄が仲良く入って来たのが見えた。
橘が本庄を置いて、三人の方に寄って来て爽やかな好青年スマイルを見せると美久と本庄が苦笑しながら目線を交わした。
「森崎さん、どうしたの?何か有った?」
怪訝な様子で美久に橘が問いかけるが、美久も橘に対して、貴方の笑顔が綺麗過ぎて胡散臭かったとは、とても白状出来ない。
美久が答えあぐねているので、せりかが助け舟を出す事にした。
「橘君が、こんなに寒いのに相変わらず爽やかなんで、すごいなあって思ったのよね」
実際、橘はこの真冬に春の日差しの如く眩く微笑むのだから、言っている事は間違っていない。
「うん。毎朝ながら、橘君が来るだけで、教室の空気が変わるよね」
これは美久も実際にそう思っているのですらすらとせりかの助けに乗れた。まあ、そう思ってるクラスメイトは美久以外にも多いと思う。
「ありがとう。そんな事、言われた事が今迄無かったからすっごく嬉しい!森崎さんは、そんな風に思っていてくれたんだ?!」
橘が駄目押しでにっこりと艶やかに微笑むと、本庄が彼の肩を押して、無言で彼の席の方に無理矢理連れて行ってくれた。
「お前、最近性格が黒いのに輪が掛かってる。俺をからかう為に周りまで巻き込んだら、流石に駄目だろう?!大体、橘の本性なんて、もう二年近く傍に居る森崎さん達が判らない訳も無いんだから、朝から胡散臭い笑顔見せられたら、苦笑のひとつもしたく成るの判ってるんだろう?お嬢に要らないフォローさせるなよ」
「時計新しくしたんだね…」
本庄が言った事はまるっとスル―で痛い所を突いて来た。今日は朝から、『激ブラック橘』降臨だなと本庄も警戒レベルを引き上げた。
「クリスマス前後は、他人の持ち物が新しくなった事に敏感だから、せめて年明けてからにしたら?」
本庄は無言で時計を外して鞄に仕舞った。橘のいう事は分かっては居たのだが、浮き立つ気持ちの方が強く、デザイン的にシンプルなので大丈夫だろうと楽観視してしまった。それに特に後ろ暗いところも無いので、絶対に秘密にしなくても良いんじゃないだろうかという気持ちもほんの少し存在していた。
「解ってると思うけど、俺は学校で椎名さんと距離を取るつもりないから。生徒会とかクラス委員とか、玲人との関係とか、元々の友人関係とか、それを考えたって、どうしたってべったりになるんだから、彼女の事を考えたら知られない方が絶対に良いと思う」
「時計のお揃いは諦めろって事か?」
「俺、そろそろ時計買い替えようかと思ってたんだよね~。お年玉も貰える時期だし、玲人も誘おうかな~」
「おいおい、ちょっと待て!この年で男同士のお揃いって痛すぎだろう!考え直せよ!」
「確かにちょっと痛いよね~…。うーん…。更科さんも誘って、後は森崎さんと斎賀さんと石原さんにも声掛けようかな?」
「それは、流石にそんなに安いものじゃ無いし、迷惑だと思う。要は俺が諦めれば良いんだろう?椎名さんの提案だから本当は諦めたくないけど、学校では違うものに着け変えるから、周りを巻き込むのは止めてくれ」
「……そうだね。それが良いと思うよ。みんなでお揃いも新鮮かなぁって思わなくもないけど、気を付けるに越した事はないからね。俺の所為で彼女に迷惑が掛かるのって本当に避けたいんだよね」
流石、橘は自分の影響力を判っていると唸らざるえない。しかし本当は本庄も考え無しにした訳では無く、多少はもしかして付き合っているのでは、と周りに匂わせて牽制するつもりで居たのだ。せりかと橘が別れて、橘の方には超有名人の元生徒会長の彼女が出来た事は、相手の方が宣伝して歩いている事も有って、とても有名だ。そうなるとせりかに気が有ると思われる男子生徒が、せりかがフリーならばと頑張って来ないとも限らない。別れた彼氏である橘が隣に居る為なかなか寄って来れない側面も有るが、絶対にいつも一緒な訳ではないのだから、多少の牽制は必要だろうと思ったのだ。
「お嬢さんに群がる虫は、どう退治しようかな…。あまり過激な、相手にダメージがありすぎる手は使いたく無いんだよね…」
「怖ろしい事を言い出すなって!椎名さんだって自分で対処出来るよ。俺も玲人もいるから、本庄はあまり気を揉まなくても多分、大丈夫だよ。それにもっと強力に森崎さんや斎賀さん達が近寄らせないんじゃ無いの?気持ちは分かるけど、あまり過保護にすると、それ以前に彼女に嫌がられちゃうよ」
「駄目だ…。俺、自分で思ってたより嫉妬深い性格みたいだ。彼女が相手にしないって判ってても、邪まな目で見られると思うだけで我慢出来無いかもしれない」
「ふーん。それは、良い事を聞いた♪これから楽しい事が増えそうだな」
橘はそう言って嬉しそうに極上の笑みを浮かべた。途端にクラスに居る者の視線を瞬時に集める事になったので、せりかの話は強制的に終了となった。
「なあ、冬休みって、暇?」
「彼女は受験生だし、少なくとも本庄よりは暇だと思うよ」
「また、集まって騒いだり、初詣に行ったりしないか?」
「良いけど、…宮野とかも声かける?女性陣も喜ぶんじゃないの?」
真宏は、仕事柄、女の子受けしやすい話題や話し運びも上手く、今は仲間内では結構な存在感が有った。クラスが違うのも感じさせない位、最近では橘達と馴染んで来ていた。
「手のケガも随分良いみたいだから、荷物とか手伝えば何とかなるかな。また、うちに集まって年越しとかでも良いしな」
「まあ、みんなの都合も有るから、相談してみようよ。本庄とかは、ハワイとかにでも行くのかと思った」
「いや、親はオーストラリアに行くって言ってたけど、俺は流石に家族旅行はキツイからパスした。クリスマスの企業パーティの出席で何とか勘弁してもらった」
「じゃあ、適当に声掛けようか?この前、石原さんが駄目だったから、今回は何処かに行くにしろ、彼女の予定に出来たら合わせた方が良いと思うな」
「そうだな。じゃあ、一番先に予定を聞いて、そこから考えようか?」
そうして二人して沙耶の所に行ったら、沙耶に激しく驚かれてしまった。
「気持ちは嬉しいんだけど、二人で来られるとすごく目立つのよね。せりかちゃんとか、玲人君に頼んでくれれば良いのに!」
「俺達は駄目で、高坂は良いの?何で?」
「だって、本庄君とか橘君ってせりかちゃん以外の女子と少し距離があるじゃ無い?玲人君は、割とみんなに声掛けるから、こんなに注目浴びないのよね」
「森崎さんや斎賀さんとも結構話してると思うけど。勿論石原さんとは、生徒会も一緒だし、距離があるとかは、無いんじゃないの?」
「本庄君は、そう言うけど、みんなせりかちゃんの関係者じゃないの!」
「ヤバイ。橘が言ってくれないから、全然気が付かなかった。今から気を付けても遅いかな?!」
「お前、俺のせいにするとかって有り得ない…」
「ちょっと!唯でさえ目立ってるのに喧嘩なんてしないでよ。うちのクラスの良心とも言われる委員長と、落ち着いてて大人って言われてる本庄君の口げんかなんて、本当にシャレに成らないからね?」
橘がクラスの良心とか、見た目に騙されているが、意外にクラス委員の仕事には真面目なので、そう思われたのだろうと本庄も納得して、沙耶に悪いので「後で、真綾でも寄越すから」と取り敢えず素早く沙耶から離れた。
「俺等って、今迄、結構椎名さんに迷惑掛けてたんだな」
「本庄が気が付いて無いなんて思わなかった!超ビックリ!!」
「橘は解ってて迷惑掛けて来たって事か?!・・・だから、あんなに献身的な付き合い方をしてたのか……」
「まあね。友情もあるけど、俺がどうにも成らない時期を乗り越えられたのは、椎名さんの優しさと配慮のお蔭だからね。前のクラスの時は女子をうまく纏めてくれたし、二年になってからは付き合ってくれて随分俺は助かった。だから、これ以上彼女に迷惑掛ける様な事をしたくないんだ。今迄はあまりにも俺に余裕がなくて彼女の好意に甘えてしまったけど、これからは俺の方が彼女を護って行くつもりだから、本庄も出来れば了解しておいて欲しいんだ。勿論駄目って言われても改める気は無いから、これはお願いじゃ無くて宣言だけどね」
恋人を他の男(しかも元彼)に護る宣言をされて許容出来るかと言えば、普通に考えたら出来ない。本庄も出来ればしたくない。しかし、橘は本庄の許可など求めていない。橘はかなり本気でせりかを色々なものから護るつもりなのが解る。まずは好奇の目に晒されないように、本庄に時計を外させた。それから沙耶の事を気遣うのもせりかを想っての事だろう。何か有った時に親身になってくれる友人は多い程良いのは真綾の事件からもわかりきっている。
橘の彼女である春奈は、橘のせりかへの恩返しと友情という名の献身に何も感じないのだろうか?春奈は確かに普通の女性とは格が違うと本庄も思うが、そこまで身内でも無い女の子を大事に思う事を受け入れられるのかが心配になった。
「お前、会長はそれで納得出来ると思うのか?」
「例え理解を得られなくても変わらないけど、春奈さんとは有る意味『せりかちゃんを守る会』においては意見が一致してるから、奇跡的だけど納得される自信が有るんだよね。すごく有り難い事にね」
「そういえば、会長は見た目あんな美人でも、中身はオヤジだったよな…」
「そんな遠い目をしないでよ。俺はギャップが有って、結構好きなんだけどな~」
惚気か?!という言葉は呑みこんで、本庄は「好きにすれば?」と素っ気なく言うと、本庄の了承を得たのを理解して、橘は「流石、せんせい話が早い!」と茶化した。
本当の気持ちを言えば、橘がせりかに恋愛感情抜きだとしても、其処まで気持ちを傾ける事は面白くは無い。それに自分だけでせりかを護れる自信が無い訳じゃ無い。しかし、橘忍は稀に見る極上の駒だ。その駒自らクイーンを護るナイトの一人に名乗りを挙げてくれているのだから、断る必要は全く無い。本庄の苦労がかなり軽減して、せりかの精神的な部分も出来る限りフォローしてくれる気ごごろの知れた友人の申し出にケチを付けるなんて愚かな事だと思う。
本庄は以前なら此処迄、過保護にすれば、彼女の為にならないと考えただろう。しかし今は自分が居る。どんな事をしても護り切る覚悟と資格さえ得られれば、せりかがどれだけ無防備でも如何にか出来ない事は無い。しかも橘というとんでもなく心強い味方が居て、真綾や友人達も居る。それに真綾の恋人である玲人も、本庄の基盤の上では大事な姫のナイトだ。正に死角無しの布陣である。しいて言えば、せりか本人が一番難敵かもしれない。なんと言っても予想外な事を仕出かすし、その上、正義感は強く親切も過ぎる。橘があれだけ彼女に感謝している分、彼女にはそれなりに負担があった筈なのに、それを受け入れてしまう彼女の懐こそが一番の弱味になりそうだと思った。