6. 憤怒
男子たちは、これまで無反応だったガラヌスが突然現れ、そのまま堂々と二人の間へ入ってきたことに、少し面を食らったようだった。
「手を離せって」
「な、なんだよ急に」
ガラヌスは少女の手首を掴んでいる男の手に自分の手を掛け、引き離そうとした。
すると男は、かえって離すまいと指に力を込めた。
「うっ、痛いって」
少女の声が漏れる。
「離せって言ってんだろ!」
ガラヌスは男の手首を掴み、そのまま渾身の力で握り込んだ。
「ぐっ……!クソが!」
男の顔が歪み、少女の手首を掴んでいた指が緩む。
その隙に少女が腕を引いた。
直後、横にいた仲間の一人がガラヌスの身体を強く突き飛ばすと、ガラヌスの身体が後ろへ弾かれ、背中から壁へぶつかった。
鈍い衝撃が背中に走るとともに、その瞬間、先ほどまで押し殺していた怒りが一気に脳天へと噴き届く感覚を覚えた。
頭の中が熱くなり、これまで自分が受けてきた嫌がらせも、目の前で少女の手首を掴んでいた光景も、まとめて一つの怒りとなって体を突き動かした。
「あ"あ"ぁぁっ!」
ガラヌスはすぐに身体を起こすと、そのまま自分を突き飛ばした男へ飛びかかるように距離を詰め、右拳を振り上げた。
男もそれを見て迎え撃つように拳を突き出した。
だが、ガラヌスは殴りかかると見せかけて身体をわずかに沈めた。
ガラヌスはその拳をかわすと、右脚を大きく振って相手の脚を横から薙ぎ払い、同時にその勢いのまま相手の首を掴んで後方へ押し込んだ。
男の足が床から離れ、身体が大きく後ろへ傾くと、そのまま後頭部から床へ倒れ込んだ。
「がっ......!」
「やめて!」
少女の叫び声が聞こえたが、その声はひどく遠くから響いてくるように感じられた。
「や、やりやがったな!」
今度は別の男が後ろから前蹴りを放ってきたが、ガラヌスは左手でその脚を横へ払った。そのまますぐに間合いを詰める勢いで、右手を男の顔へ当てて上体を押し込みながら、同時に脚を刈った。
男の身体が後ろへ崩れ、そのまま床へ倒れ込んだ、その時だった。
「本性表しやがったな!」
背後から突然、腰へ両腕を回され、身体が浮き上がったかと思うと、そのまま後方へ投げられた。
ガラヌスは咄嗟に身体を捻って肩から床へ落ち、なんとか受け身を取ったが、それでも肩に受けた衝撃は背骨を伝い、頭蓋の奥まで鋭い痛みとなって走った。
そのまま男が上へ乗りかかってきたため、ガラヌスは床へ手をつきながら身体を捻り、前へ流れた相手の重心を利用して身体を入れ替えると、逆に男を下へ敷いた。
「ま、待て!」
すぐに相手の腕を掴み、そのまま力任せに捻り上げた。
ぎしり、と骨がしなるような音が耳の奥に響いた。
「あ"っ......ぐああっ!」
男の叫び声が響き、その音を聞いた瞬間、ふと、ガラヌスの手からわずかに力が抜けた。
――だがその直後、頭へ強い衝撃を受け、視界が大きく揺れた。
同時に全身から一気に力が抜け、押さえ込んでいた男の腕も離れ、そのままガラヌスの身体は顔面から床へ崩れ落ちた。
残っていた一人の蹴りだったのだろう。
「よくも!よくもやりやがったな!」
立っていた男はそのまま怒りに任せてガラヌスの脇腹を蹴り、続けて腹へも蹴りを入れた。
先ほど組み伏せられていた男も起き上がると、そのまま二人がかりでガラヌスを蹴り始めた。
ガラヌスは両腕で頭を庇ったものの、その上からも背中や肩、脇腹、腹へと次々に衝撃が加わり、そのたびに身体が床の上で揺さぶられた。
口の中いっぱいに、血の味が広がっていくのを感じた。
「やめて!もうやめてって!」
少女の静止する声が聞こえ、その声に重なるように周囲からもいくつもの声や足音が聞こえ始めた。
いつの間にか騒ぎを聞きつけた学生たちが廊下に集まり、人だかりができているのが、霞む視界の中で見えた。
その時だった。
「おめえら何やってんだ!やめろ!」
廊下の奥から怒鳴り声が響き、教官らが人垣を押し分けながら駆け込んできた。
それでも二人はすぐには蹴るのをやめなかったため、教官は一人の腕を掴んで強引に後ろへ捻り、そのまま床へ押さえつけた。
もう一人も引き離され、抵抗する身体をねじ伏せられた。
「お前ら全員動くな!」
やがて二人の手首へ手錠が掛けられた。
ガラヌスは床に倒れたまま、ぼやける視界でその様子を見ていたが、ほどなくして自分の身体も起こされ、腕を後ろへ回されると、手首に硬いものが触れ、かちり、と音がした。
自分の両手にも手錠が掛けられたのだろう。
「こいつが!ガラヌスが先にやったんだ!いきなりこいつが殴ってきたんだぞ!」
男の一人が声を上げると、少女もすぐにそれを打ち消すように叫んだ。
「違う!彼は私を助けただけ!先にあなた達が私に絡んできたんじゃない!」
「ふざけんじゃねえ!クソアマが!」
すると、少女はそのまま教官の方へ向き直り、さらに声を張り上げた。
「せ、先生たちも、こんなことしてないで、早くこの人たちを治療してあげてください!彼らは怪我人ですよ!」
「黙れ!いいから全員黙ってろ!」
教官の怒鳴り声が廊下に響いたところへ、さらに複数の足音が近づいてきた。
別の軍事学部の教官たちが人垣を押し分けながら入ってくると、周囲に集まっていた学生たちへ向かって、
「散れ!見世物じゃない!全員ここから離れろ!」
と怒鳴り、廊下に溜まっていた野次馬を追い払った。
少女の声、男たちの叫び声、教官たちの怒鳴り声、周囲の学生たちのざわめきが幾重にも重なり合い、それらが次第に遠ざかっていく中で、ガラヌスの視界もゆっくりと暗くなっていった。
最後には誰が何を言っているのかも分からなくなり、そこでガラヌスの意識は途切れた。




