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1. 少年ガラヌス

 遥か太古、神々と人とが共に生きたと伝えられる地――ヤルアラム。

 されど、神々の時代は永くは続かなかった。

 幾千年前、『原初の神槍(グウェル)』は砕け、そこより溢れし神殺しの呪毒(マナ)によって、多くの神々は力を失い、世界から姿を消した。


 ――しかし、長い時は流れ、今から二千年前。

 神の生まれし大地ヤルアラムにおいて、人々はついに、古き神をこの世へ呼び戻す術を見いだした。


 『再臨の儀(アドウェントゥス)』


 長き眠りにあった神々は次々と目覚め、さらには新たなる神々までもが生み出された。


 これにより、神話《ミトゥス》はもはや寓話《ファブラ》ではなくなった。

 人々が祈りのうちにのみ知っていた神々は、再び姿を得て、言葉を発し、軍勢を率い、土地と民をその手に治め始めたのである。


 こうして始まった、神々の再臨時代《レナスキエンティア》。

 やがてヤルアラムの広大な地には、至高の始祖神レウカリアの名を戴く神国、神威大天国《ウーラノ・クラティア》が築かれた。

 その版図は大陸のおよそ半ばに及ぶ。


 されど、その外には、炎と闇に連なる無数のハングニスの神々が各地に地獄国を築き、今なお互いに争いながら、大天国の地を脅かしている。

 とりわけ南方には、醜辱を齎す大邪神イブリースが治める大地《ジャハンナム・》獄国(アル=クブラー)がそびえ、大天国に並ぶ大勢力として君臨している。


 ゆえに大天国の地上領域は、外敵と相対する辺境《エスカティア》、兵と物資を支える中部地帯《メソコーラ》、そして戦火より遠き平安地《エイレーノコーラ》へと分かたれている。

 天空にはグウェル神族が創りし島々が浮かび、地下には強大なる神々が混沌と座し、地上では大小無数の神々が、それぞれの土地と民を治める。


 ――神々は、もはや遠き寓話《ファブラ》の中にはいない。

 これは、人々が神々をこの世へ呼び戻し、やがてその神々に再び世界を委ねることとなった時代の物語である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 東部辺境――契約の大神ミトラスの神盾大管区《アイギドゥミネスウァ》。


 大天国の東方辺境に置かれたこの大管区には、東方からの侵入に備える城塞と軍営がいくつも築かれていた。その周囲には軍馬の牧草地や飼育場が広がり、街道では兵士や荷車の往来が絶えることがない。


 ガラヌス・ワリニウス・ピウスは、そこで育った。


 信仰は忠誠の大神チュール。ワリニウス・ピウス家の子供たちに神々の信仰が割り当てられた際、ガラヌスには養父と同じ信仰が与えられていた。


 もっとも、ガラヌスはこの土地で生まれたわけではなかった。


 出生記録によれば、彼の母親はさらに東方の邪神国《レグヌム・ハングニス》との国境地帯に暮らしていた非国民《インファミス》だった。父親についての記録はなく、母自身もその身元を明らかにできなかった。望んで身籠った子供ではなかったらしい。


 妊娠とその事情が行政に把握されると、生まれたガラヌスは間もなく母親のもとから引き離された。養育を行政の管理下に置かれ、そのままミトラスの神盾大管区《アイギドゥミネスウァ》へ送られた。


 以後、実の母親と自由に会うことは許されなかった。


 もっとも、ガラヌス自身には、母親と別れた記憶すらなかった。顔も知らなければ、声を聞いた記憶もない。父親に至っては名前さえ分からない。


 彼にとっての育ての両親は、物心ついた時からワリニウス・ピウス夫妻だった。


 養父マルティヌスは、忠誠の大神チュールに仕える一族の臣民で、軍馬の調教師をしていた。彼は大管区軍の厩舎に勤めており、仕事は騎兵や騎士に与える馬を馴らし、騎乗訓練にも立ち会うことであった。


 養母アウダは、饗宴と歓待を司る女神コンヴィヴィアを信仰する一族の出身だった。市内の公営食堂に勤め、兵士や職工、学生たちに出される食事の調理をしていた。


 ワリニウス・ピウス家には、ガラヌスのほかに五人の子供がいた。


 長男グンドゥルフスは父の仕事を継ぐため、軍馬の調教の見習いをしていた。次男ベルタリクは農業科で畑を耕し、長女マルキアは軍事学部で医療を学んでいた。次女ゲノウィアは工業科で裁縫を学び、三女ベルティルディスは軍事学部の看護科へ進んだ。


 ――大天国臣民(プレブス)の朝は早い。

 まだ外が薄暗いうちから父母と一緒に起き、子供たちはそれぞれ家の仕事を始めた。水を汲み、寝具を畳み、食器を並べる。冬には薪を運び、夏には共同水槽で水瓶を満たした。


 朝食を終えると、父は厩舎へ、母は食堂へ向かった。


 二人を送り出した後も、子供たちの仕事は残っている。年下の者は兄や姉の指示を受け、床を掃き、食器を片付け、洗濯物を運んだ。一通り済ませてから、それぞれ保育院や学校へ向かった。


 この大管区では、それが特別な生活というわけではなかった。


 幼児は日中は保育院に預けられ、学齢に達すれば初等学校へ通う。そして十歳になると、その先の中等教育学校が決められ、さらに十三歳になると、高等教育へ進むのだ。


 本人と親が希望を提出し、学校側もそれまでの成績や適性、生活態度などを行政へ送る。そして、足切りのための簡単な入学試験を行うと、それらの情報は、約八百年前の神使族、ハイ・エルフの学者アルセリオンが考案した配分法《アルゴリズム》によって処理され、児童はそれぞれの中等・高等学校へ割り振られた。


 特に高等教育には、大きく分ければ、工業、農業、人文などを学ぶ総合学部と、戦争に必要な技術を扱う軍事学部の二つがある。軍事学部には騎士や歩兵の教育だけでなく、医療、看護、兵站、工兵なども含まれていた。


 辺境の神盾大管区《アイギドゥミネスウァ》という土地柄もあり、軍事学部を割り当てられる子供は多かった。


 ガラヌスは幼い頃から、そちらへ進むことを期待されていた。


 何より養父がそれを望んでいた。

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