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14. 普段の彼女

 その淡い金髪の耳長人《エルフ》の女学生は、他の学生たちとともにディアボロスの玉座の前に跪いた。

 そして、獄炎神《ディアボロス》によって彼女の頭上に魔剣《レヴァーテイン》を差し出されると、傍らに控えていた魔族《ダエモン》役の学生が、赤い外套《マント》を彼女の肩へ掛けた。


 「先代の闇炎の神帝《バシレウス》が己が力を一身に蓄えしに対し、ディアボロスは、これを配下の者たちに分かち与え、彼らを神々の列へと加えた。かくして古のハングニス神族は生まれ、闇の神国にも、数多の神々が立ち並ぶに至る」


 神位を授かった学生たちは、舞台に運び込まれた小さな玉座へそれぞれ腰を下ろし、その前には彼らに仕える魔族たちが跪いた。


 ガラヌスは、その間もエイリシアと思われる女学生の姿を目で追っていた。


 あの夜から半年以上も経っていたが、その背格好も、細長い耳の間から肩へ垂れた淡い金髪も、記憶にある少女とほとんど変わっていないように見えた。

 仮面のために顔は確かめられないものの、ガラヌスはすでに、彼女がエイリシアであるとほとんど確信していた。


 「かくして、闇炎の神帝《バシレウス》の御座の下に、数多の神々が居並び、闇の神国は再びその威勢を取り戻した。されど、神位《ハングニス》を得し者たちの胸には、やがて新たなる野心が芽生え始めたり」


 ――それまで玉座に腰掛けていた神々が、互いに顔を寄せ合って何事かを話し始める。


 中にはディアボロスを指差しながら耳打ちする者もおり、やがて一柱が立ち上がると、他の神々も次々に席を離れ、舞台の端へと集まっていった。


 先ほどの女学生もその一団に加わり、他の神々(ハングニス)とともに武器を手に取る。


 「――嗚呼、盛者必衰の理なり。神々の世においても、その定めを免れること能わず。かつて力をもって万物を従えし者も、やがて新たなる力を得し者によって、その玉座を奪われるものなり」


 語り手の声に合わせ、それまでディアボロスに仕えていた魔族たちは各々の神の背後へと移り、やがて神々が一斉に中央の玉座へ武器を向けると、そのまま主君《ディアボロス》へ襲いかかった。


「おのれ......恩を忘れし不忠者どもめ!この我が汝らに神位《ハングニス》を授けしことを忘れたかぁ!」


 ディアボロスはそう怒鳴ると、魔剣《レヴァーテイン》を抜いて応戦したが、四方から押し寄せる臣下たちに取り囲まれ、最後には背中へ剣を振り下ろされて、玉座の前へ倒れ込んだ。


 「かくして、主を殺して王となりしディアボロスもまた、己が臣下に背かれ、その命を刈り取られた」


 太鼓が三度、低く打ち鳴らされる。


 すると、エイリシアと思しき女学生が倒れたディアボロスに歩み寄り、その胸元に掛けられていた闇炎を模した赤黒い布――『原初の闇炎(ハングニス)』を掴み取ろうとする。


 しかし、彼女がそれを引き剥がすよりも早く、別の神も反対側から布を掴み、さらに三柱の神々も加わって、互いに身体を押し合いながら奪い合い始めた。


 「されど、獄炎神《ディアボロス》の滅亡をもって争いの終わることなし」


 やがて、五方から強く引かれた布が五つに裂ける。


「五柱の邪神は原初の闇炎(ハングニス)を分かち持ち、各々が新たなる神帝《バシレウス》たらんとして、その覇を争うに至る」


 舞台ではディアボロスの玉座を囲んでいた椅子がそれぞれ離れた場所へ運ばれ、その周囲に異なる色の闇炎の旗が立てられていった。

 五柱の神々は各々の玉座へ戻ると、配下の魔族たちを従えて、互いに背を向けた。


 「嗚呼、無常なり。万物を従えんとした闇の神々も、ついには互いを従えること能わず。ただ原初の闇炎(ハングニス)のみ、幾つに分かたれようとも、神々の興亡を越えて絶えることなく燃え続けたり!」


 語り手が両腕を広げると、舞台の両脇から笛と竪琴《キタラ》の演奏が始まり、五柱の神々は赤黒い布を頭上へ掲げた。


 そして演奏が静まると、語り手は続いて、五柱の邪神がそれぞれ領分を定め、周辺の大天国を侵略していった様子を語り始めた。


 「飢餓と疫病の邪神ゴルタハは諸国に飢饉《ファーメス》と病《ペスティス》をもたらし、支配の邪神マシャエルは数多の人民《ポプルス》と魔族《ダエモン》を服従させ、冥土の邪神ヘルヴァルドは死者《ネクロス》の軍勢を率いて生者の国々へ攻め入った。また、醜辱を齎す邪神イブリースは、征服せし神々と民を辱め、その威光を地に貶めたり!」


 舞台では邪神たちが各々の眷属に囲まれ、その悪業が語られるたびに、配下の者たちが武器を掲げたり、捕らえられた者が玉座の前へ引き出されたりしていた。


 「そして、死と戦争を司りし女邪神モリガン。かの邪神は数多の魔軍を率いてヤルアラムの東へと進み、ついにはかの地、リメシア以東の大天国を征服する」


 その言葉に合わせて立ち上がったのは、ガラヌスが目で追っていた女学生《エイリシア》だった。

 彼女が魔剣《エンシス》を高く掲げると、背後に控えていた魔族たちも一斉に武器を持ち上げ、舞台の反対側に並ぶ神々へと進み始める。


 ――ガラヌスも、大天国史の授業でその邪神、モリガンについて習った覚えがあった。


 モリガンは、ヤルアラム東部の大天国を征服した後、数多くの子神や不死族《ネクロス》、魔族《ダエモン》を生み出したと伝えられる、ハングニス神族の中でも悪名高い邪神だった。

 その後も周辺の神々との戦争を繰り返していたが、最後にはグウェル神族による神殺しの呪毒(マナ)を受け、今なお長い眠りについていると伝えられている。


 そのような邪神をエイリシアが演じていることは、ガラヌスにとって少し意外だった。


 あの夜、懲罰房へ現れて菓子や果実酒《シセラ》を差し入れてくれた少女と、死と戦争を司る邪神という役柄は、どうにも結びつかなかったからだ。


 しかし、舞台の上の彼女は、剣を掲げて魔族たちを従える姿も、倒れた敵へ近づいていく動作も随分と自然に演じており、ガラヌスはいつの間にか、そのような役柄を演じる彼女に違和感を覚えなくなっていた。

 これまで知らなかった彼女の一面を見ているような、少し不思議な気分だった。


 もっとも、モリガンがこの演目の中心というわけではない。

 やがて彼女の征服と、その後の神々との戦いが演じ終えられると、モリガン役の女学生は他の神々とともに舞台の奥へと退き、代わって別の神々の物語が始まった。


 それからも時折、舞台の端に立つ彼女の横顔が見えたり、衣装の裾を持ち上げながら場所を移る姿が見えたりしたが、残念なことに、彼女はこちらに気づく様子もなく、他の学生たちと一緒に演技を続けていた。


 ――しかし、それでもガラヌスは何となく満足していた。


 あの夜、突然懲罰房へ現れ、菓子や果実酒《シセラ》を差し入れてくれた不思議な少女が、今はこうして他の学生たちと同じ舞台に立ち、仮面を被って演技をしている。

 その姿を見ていると、彼女も自分の知らない場所で授業を受け、友人たちと過ごし、こうした発表のために練習を重ねているのだろうということが、何となく実感できた。


 これまでは、あの夜のわずかな記憶を頼りに彼女の姿を探し続けていたが、実際には、エイリシアにも彼女自身の生活があり、自分の知らない場所で日々を過ごしているのだろう。


 そう思うと、彼女のことを探し続けていた気持ちも少しずつ落ち着き、こうして元気に過ごしている姿を見られただけでも、ここまで来た意味はあったように思えた。


     *


 やがて演目『闇炎神《ヴァルダロス》の死』が終わると、女学生は他の学生たちと一緒に仮面を外して頭を下げた。

 その時、ガラヌスは初めて彼女の顔をはっきりと確かめることができた。


 仮面の下から現れたのは、あの夜に見たものと変わらない、淡い金髪と黒い瞳を持つエイリシアの顔だった。


 広場には拍手が起こり、ガラヌスも他の観客たちと一緒に自然と手を叩いた。


 そして、エイリシアが他の学生たちとともに舞台の脇へ退場していくのを見届けると、次の演目が始まるまで、そのまま席に座って待つことにした。


 ――その後も演劇は続いた。


 次の演目『神使族の堕落《コルプティオ》』では、光の主神《レウカリア》に背いた神使族《アンゲルス》たちが闇炎《ハングニス》の洗礼を受け、邪神へと変わっていく様子が描かれた。


 その途中で再びエイリシアが舞台へ現れたが、今度は黒と赤の衣装に大きな黒い翼を模した飾りを背負い、手には長い大鎌を持っていた。


 どうやら、かつてレウコス神族に仕えたハイエルフでありながら、神々を裏切った堕天使《ルキフェル》の役を演じるようだった。


 舞台では戦乱から逃げ惑う人々を演じる学生たちが走り回っていたが、エイリシアが姿を現すと、それまで鳴り響いていた太鼓が止み、代わって竪琴《キタラ》の演奏が始まった。


 そして、彼女は片手を人々へ差し伸べながら、演奏に合わせて歌い始めた。


 来よ、来よ、さまよう者よ。戦に疲れ、安らぎを求める者よ。

 かつて汝らを守りし我が手は、今もなおここにあり。

 恐れることなく、我が翼の下へと来たれ。

 明日の苦しみも、昨日の嘆きも、行く末たる死への恐怖も、我が闇のうちに、すべて忘れ、我に赦されよ。


 ガラヌスは、彼女が独唱まで任されていることに少し驚いた。


 それに、普通の演劇ならば神々や神使たちへ捧げられる歌唱を、邪神の役が歌うというのも珍しかった。

 今回の演劇は、終末戦争《ラグナロク》を題材にしているとはいえ、邪神や魔族たちの悪業を随分と詳しく描いているように思えた。


 その間にも、エイリシアの歌声に合わせ、逃げ惑っていた学生たちは一人ずつ動きを止め、次第に彼女の周囲へと集まっていった。

 そして、全員が舞台の中央へ集まると、エイリシアは歌いながら大鎌を頭上へ掲げ、その刃に沿って取り付けられた細い布に、舞台脇の学生が火をつけた。

 彼女が最後の一節を歌い上げ、炎のついた大鎌を大きく振り下ろすと、周囲の人々は一斉に身体を反らして倒れ込んだ。


 「嗚呼、かつて神々に仕え、人々を守りし神使族《アンゲルス》もまた、闇炎《ハングニス》の洗礼を受ければ、その身も心も変わり果てたり。彼らはかつて庇護せし民を贄とし、その命を奪いて神威を蓄え、ついには闇の神々の列へと加わるに至った!」


 語り手の言葉に合わせ、エイリシアは黒い外套を纏った神々の一団へと加わり、倒れていた学生たちも黒い布を頭から被ると、不死族《ネクロス》として彼女の後ろへ従っていった。


 ――その後もエイリシアは神々の戦争に加わる場面に何度か登場したが、いずれも物語の中心となる役というわけではなかった。


 それでもガラヌスは、彼女が現れるたびにそちらへ目を向け、その姿が見えなくなると、また舞台全体を眺めることを繰り返していた。


 やがて太陽も頂点を過ぎ、神殿の石柱が広場へ落とす影が少しずつ長くなっていった。


 午前中には白く照らされていた舞台の布幕も、いつの間にか少し橙色を帯びるようになり、午後も三時に近づこうとしていた。


 演劇はまだ続いていたが、ガラヌスはそろそろ軍学校へ戻ることを考え始めていた。


 ここから軍学校までは随分と距離があり、乗合馬車の停留所まで歩いた後、定期馬車を乗り継いで長い街道を戻らなければならなかった。


 それに、半年以上も探し続けていたエイリシアを、ようやく自分の目で確かめることができたのだから、今日の目的はすでに果たしたと言ってもよかった。


 もちろん、できることなら直接話してみたかった。

 せっかくここまで来たのだから、一言くらい声をかけてもよいのではないかとも考えたが、彼女は今も演劇に参加している最中であり、いつ終わるのかも分からなかった。


 それに、仮に演劇が終わったとしても、他の学生や教官たちと一緒に行動する彼女へ、どうやって、何と言って話しかけるべきかと、ガラヌスは急に不安を感じはじめたからだ。


 そう考えると、今日のところは彼女の姿を見られただけでも十分なように思えた。

 これまであれほど熱心に探し続けていたことを考えれば、少し不思議なことだった。


 ――そして、ちょうど一つの演目が終わり、再び舞台の幕が閉じられたところで、ガラヌスはようやく立ち上がった。


 周囲では、何人かの観客が席を立って歩き回っており、舞台の前には、次の演目を待ちながら話をしている人々の姿もあった。

 少なくとも、彼女がこんなふうに学生生活を送っていることは分かったのだから、また別の機会に会うこともできるだろう。


 そう思って、ガラヌスはそのまま長椅子の間を抜け、広場の出口へ向かって歩き始めた、その時だった。


 『なんであなたがここにいるの?』


 突然、すぐ耳元で、聞き覚えのあるエイリシアの声がした。


 ガラヌスは思わず足を止め、反射的に振り返った。


 しかし、すぐ後ろには誰もいない。確かに誰かがすぐ傍で話しかけてきたように聞こえたのだが、周囲を見回しても、こちらを見ている者は一人もいなかった。


 ガラヌスがもう一度、舞台の方へ顔を向けた時、ふと、舞台の脇に吊るされた布幕の向こうから、一人の少女が顔を覗かせているのが見えた。


 淡い金髪に、長く尖った耳、そして黒い瞳を持つ耳長人《エルフ》の少女――エイリシアだ。


 彼女は他の学生たちが次の演目の準備をしている中で、舞台の端から少しだけ顔を出し、こちらを見ながら小さく手を振っていた。


 ガラヌスは驚いて目を見開いた。

 まさか向こうから自分に気づき、それも、こんなふうに手を振ってくれるとは思ってもいなかった。


 一瞬、どう反応すればよいのか分からず、その場に立ち尽くしてしまったが、やがて彼女がこちらへ手を振り続けていることに気づくと、慌てて片手を上げて振り返した。


 エイリシアはそれを見ると、少し微笑んだ。


 『ちょっと今は忙しいから、これが終わるまで待ってて』


 その時、再び先ほどと同じ声が耳元で聞こえた。


 しかし、今度もエイリシアとの間には随分と距離があり、彼女が口を動かしている様子もない。


 ガラヌスが戸惑いながら彼女を見つめていると、エイリシアはもう一度小さく手を振り、そしてこちらの反応を確かめるように首を傾げた。

 ガラヌスが応じて頷くと、彼女もそれに応じるように頷き返し、再び布幕の向こうへと戻っていった。


 ガラヌスはしばらく、その場に立ったまま舞台の方を見つめていた。


 あまりに突然のことで驚いていたが、今の不可思議な現象については、全く心当たりがないわけでもなかった。


 ――軍学校で、上官たちが何度か使っていた術、"魔法《マギア》"。

 魔法《マギア》とは、空間内に存在する神殺しの呪毒(マナ)、あるいは一般に魔素《マナ》と呼ばれるものを利用し、通常では起こり得ない現象を引き起こす技術である。


 もっとも、その使用には厳しい審査や認可が必要とされており、軍の上官や神殿に仕える高位の者たちなど、実際に魔法《マギア》を扱える者は限られているはずだった。

 そのため、エイリシアの声が魔法《マギア》によるものだとしても、彼女がこのような場所で、それも自分に話しかけるためだけに魔法《マギア》を使ったというのは、ガラヌスには少し信じ難いことだった。


 しかし、それを不可解に思う一方で、ガラヌスはすでに、彼女の方から声をかけてくれたことを嬉しく感じていた。


 あの夜から半年以上も会っていなかったにもかかわらず、エイリシアは自分のことを覚えていてくれたのだ。

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