10.5 終末戦争記①
……されど、かの闇炎神、ただ一つ配下に固く禁じたることありけり。
それすなはち、大いなる徒党を結びて、多くの者の一つの主のもとに集ふことなり。
闇炎神は、強き者らが群れ合ひて大いなる勢ひとなり、つひには己に背くを忌みたればなり。
されば魔族は王を戴かず、一国をなすことなく、山野、深き森、荒野の各所へ散り、各々己が力のみを頼みて生きけり。
かく世を送るほどに、弱きは斃れ、強きは残り、その血は子へ孫へと伝はりて、代を重ぬるほどにその身も知恵もいよいよ強くなりゆきけり。
つひには、昔より人を脅かしたる巨獣をも物の数ともせぬ者さえ現れけり。
さるほどに、東なるレウコスの神国もまた、いよいよ広まりゆきけり。
邑は増し、道は延び、人の住まひは西へ南へと及びて、つひには南方に散り住める魔族の地と相接するに至りけり。
――初めのほどは、その争ひ、いと小さきものなりき。
人の知らずして魔族の狩場に入りき。かつ魔族の人里を犯して人を害することあれば、神々や神使これを討つ。
かかること折々ありけれど、いまだ神々が相争ふ大戦に及ぶことはなかりけり。
それ、魔族に殺されたる人も、その魂の失せざるかぎり神々がその肉を癒し、魂を呼び返して、ふたたび生者となさしめければなり。
されば人の死も、いまだ永き別れとはならざりけり。
また、闇炎神も、わづかなる魔族の討たるるを大事とはせざりき。
魔族は、まことの神の民にはあらず、各々己が力にて生くる者なれば、斃るるもまたその者の定めなりと思ひけるなり。
――されども、魔族の力は代を重ぬるごとになほ増しゆき。
して、つひに一人の魔族、一柱のレウコス神を討ち取りけり。
斃れたる神の骸は、直ちに諸神のもとへ運ばれたり。
神々は、つねに人を甦へらせたる法のごとく、その肉を癒し、光を注ぎ、去りたる魂を呼び返さんとしき。
されど、その神は甦へらざりけり。
いかに光を注げども、その目は開かず、いかに名を呼べども、その魂はつひに応へざりけり。
ここに至りて、神々は初めて一つの理を知りぬ。
『神々の死、覆すことあたはざるなり』
嗚呼、それまで死は、人と獣と魔族との上にのみ臨むものなりけり。
神々はかつて、その理の外に立てるがごとくありき。されども、この日、死は初めて神々の座にまで及びぬ。
一柱の神の永久に失はれたりと知るや、諸神はその仇を討たんと南へ下り、魔族の住まふ地を攻め始めけり。
魔族もまた、おのおのが神使と人とを襲ひ、村と森との境に起こりし争ひは、たちまち広き境の地を覆ふ戦となりぬ。
しかるに戦のさなか、同胞を失ひたる憤りに堪へず、幾ばくかの神々、諸神に告ぐることもなく、南へ馳せ下り、闇炎の始祖神を討たんとしけり。
――されど、その企て成らず、かの神々は闇炎神の手に斃れぬ。
ここに至りて、二神族の間に残れる和もつひに尽きぬ。
至高の始祖神、同胞の死を黙して捨て置くことあたはず。
闇炎の始祖神、己を討たんと来たるレウコスの神々を、もはや遠き地の神国として捨て置かざりけり。
この日より、二つの神国の間に残れる隔ても失せ、神と神との大戦始まりぬ。
かくて後の世に、あまたの神と魔とが斃れ、国々焼け、山崩れ、川の流れさへ変はりたりと伝はるる大戦――終末戦争、ここに始まりけり。




