9. エイリシアを探して
それからさらに月日が流れ、エイリシアと初めて会った夜から、すでに半年以上が過ぎていた。
ガラヌスはその間に第二級へ上がり、今期の期末成績次第では第一級にも手が届くところまで来ていた。
そして、第二級になったことで以前より外出できる範囲と回数が増えてからというもの、休日になるたびにスカリウム市へ出ては、エイリシアについて何か分からないかと探し続けていた。
――最初のうちは、ラギナリア・ベルガルダという名門家の養女なのだから、少し聞けば案外すぐに分かるのではないかと思っていた。
だが、実際にはそう簡単にはいかなかった。
軍学校では総合学部生の話自体がほとんど入ってこないのだが、総合学部も総合学部で、男女によって校舎どころか生活圏までかなり厳格に分けられているようだった。
比較的自由だといわれる総合学部でさえ、学校の風紀が乱れることを嫌って学校内部のことを外へ漏らさない傾向が強いようで、まして人文科の女学校となれば、誰がどの目に所属しているだとか、どの授業を受けているだとかいう話は、同じ学校の学生でもなければほとんど知りようがないようだった。
これにはガラヌスは落胆した。
しかし同時に、それまで厳しい統制は軍人を育てる軍学校だけのものだと漠然と思っていたのだが、どうやら総合学部なら何でも自由というわけでもないらしいことを知った。
形こそ違っていても、それぞれの学校にはそれぞれの規律があるのだと、ガラヌスは少し意外に思った。
ガラヌスは、街へよく出ている上級生や遊び人連中、それとは反対に、市内の神殿や学院に知り合いの多い優等生にも話を聞いた。
――このころには、そうした連中とも単に顔を知っているだけではなく、廊下で会えば向こうから声をかけられ、食事の席が近ければそのまま話すくらいの関係にはなっていた。
ここ数か月、ガラヌスは実技の定期試験や演習では続けて最上位の成績を取り、座学でも上位一割に入っていたため、以前より学生たちから一目置かれるようになっていたことも大きかったのだろう。
「そんなに街へ行きたいなら、今度俺たちと一緒に来りゃいいだろ」
遊び慣れた上級生から何度かそう誘われたこともあったが、ガラヌスはそのたびに、適当な理由をつけてやんわりと断った。
すると彼らも、何度目かには事情を勝手に察したらしい。
「なんだよ、お前そんなに本気で女探してるのか」
「そりゃ俺たちとは来られねえわなぁ」
そう言って面白そうに笑われたものの、そこに嫌味や悪意があるわけではなく、単に変わったことをしている後輩を茶化しているだけだった。
ガラヌスとしても、そう思われているうちは誘いを断っても角が立たないので、あえて強く否定することもしなかった。
だが、何人かに聞いているうちに、彼らの話も案外当てにならないことにも気付いた。
女学校について妙に詳しそうな顔をする者ほど、実際には誰かから聞いた噂を繰り返しているだけだったり、数年前に卒業した学生の話を現在のことのように語っていたりして、詳しく尋ねると途端に曖昧な返事が返ってきた。
――やっぱり、自分で行って調べた方が早いな。
そう考えて、ガラヌスはスカリウムへ頻繁に出るようになった。
しかし、初めて外出した日は、人波にのまれるだけでほとんど終わってしまった。
軍学校の周囲とは比べものにならないほど道幅の広い大通り。そこでは荷車や乗合馬車がひっきりなしに行き交い、その両脇には石造りや煉瓦造りの建物が隙間なく並んでいた。
通りや路地を一本曲がれば、軒先まで商品を並べた商店や屋台が続いていた。
布や果物、香辛料、焼いた肉の匂いが混じる一方で、さらに奥へ入れば工房から槌の音や鋸の音が絶えず響いた。
神殿の塔や学院の大きな屋根は遠くからでも見えたが、それを目印に歩いたところで、途中には何本もの道が枝分かれしていて、意図せず遠回りをしてしまう。
軍学校とその周辺しか知らなかった彼にとって、人口三十万を抱え、さらにリメシア地方最大の中核都市でもある『スカリウム市』は、あまりにも広かったのだ。
城壁内だけでも、市場、神殿街、職人街、官庁街、学院の集まる地区、古い住宅街などが幾重にも分かれ、その外にも街道沿いに新しい市街が伸びていた。
道を間違え、乗合馬車の行き先を勘違いし、ようやく学生が多いという地区へ着いたころには、すでに帰校時刻を考えなければならなくなっていた。
何度もそれを経験してからは少しやり方を変え、学院の学生が集まりそうな広場や安い食堂、市場の屋台などを中心に回るようにした。
昼時の広場には、制服の上着を脱いで石段に座り、木枠でできた蝋書板を膝へ置いたままパンをかじっている学生もいれば、数人で屋台の前に集まり、授業内容や人間関係について話している者もいた。
安い食堂へ入れば、机の端には麻紙の書物や羽ペンが積まれ、食事をしながら何かを書き写している者も珍しくなかった。
ガラヌスはそうした場所を回りながら、制服や書板を持った彼らにそれとなく話をしてみた。
「すみません、高等教育の学生ですよね? ちょっと聞きたいことがあるんですが......」
最初から女学生について聞けば怪しまれることくらいは想像がついたので、どこの学校が何をやっているのか、市内では学生がどんな奉仕をするのかといった話から始め、その流れの中で人文科について尋ねるようにした。
そして、何度かそうしたことを繰り返した末に、人文科の演劇目には市中で公開演劇を行う慣習があることを知ることができた。
もともと、神盾大管区に置かれた学校は、そもそも大天国と人界社会へ奉仕する者を育てるために存在するという理念がある。そして、その学生には、学んだものを学校の中だけに留めず、市民へ何らかの形で還元することが求められているのだ。
例えば軍学校なら、大天国道路の補修や資材運搬、災害後の撤去作業、神殿や公共施設の建設補助など、人数と体力を使う奉仕が多かった。
そして演劇目では、神話や聖譚を題材とした劇を市中で上演することが、その役割の一つになっているようだった。
それも裕福な市民から入場料を取る興行ではなく、基本的には誰でも無料で見ることのできる公開演劇であるようだ。
とりわけ、娯楽に金を使う余裕のない地区を巡回することが多いらしい。
「なるほど。助かりました」
ガラヌスがそう言って、話を聞かせてくれた学生の分に屋台の焼き菓子を一つやると、相手も機嫌よくそれを受け取った。
「まぁ、俺も人文科の連中から聞いただけだけどな。行くなら神殿の掲示を見た方が早いぞ」
そう言って手を振る学生と別れると、ガラヌスは次の外出から、今度は実際に演劇が行われる場所を調べ始めた。




