LOG.6|言ってよ…|Sea
港を出て、
2人きりで夕方の海へ向かう。
ハンドルを切るたび、
ミカは少しずつ静かになっていった。
でも、助手席の
“足のパタパタ”だけは速くなる。
ミカの足は、感情を隠せない。
楽しいとき、
嬉しいとき、
期待しているとき。
ふいにパタパタ動く。
その無邪気さが、
どうしようもなく愛おしかった。
ーーー
海に着いた瞬間、
ミカは小さく背伸びして、
深く息を吸った。
ミカ
「…海の匂いってさ。」
「落ち着くよね。」
いつもの強気な声じゃない。
どこか、
ふわりと力が抜けた声だった。
ためらいもなく、
ハイヒールを脱ぎ捨てるミカ。
ミカ
「…よ~い」
「どんっ」
そのままミカは、
裸足のまんまで、
ふっと砂浜に駆けていった。
両手を広げ、少女のように走った。
ミカ
「海だぁ~!」
シン
「おいおい、はや」
波打ち際へ、
突っ込んでくミカ。
あっという間に
数メートル先まで離れた。
ミカ
「つめたっ!」
波が寄せるたびに
裾をつまんで逃げる。
光に揺れる、ミカ。
美脚がちらつく。
…楽しそうだな。
しばらくしてミカは
笑顔で俺に振り返った。
夕日を背にしたその姿は、
魔性の女じゃなくて、
ただの美しい少女だった。
ミカ
「ねぇ、シンー!」
俺の方へ、
てててっと駆け寄ってきて、
袖を引いた。
ミカ
「あっち、歩こ!」
軽いのに、胸に響く。
人気のない端のほうへ歩くと、
海の音だけが響いた。
ザザーン……
ザザーン……
ミカ
「今日ね~」
「ずっと楽しみにしてたんだ〜」
ザザーン……
…俺もだよ。
ザザーン……
ミカ
「美味しい牡蠣も食べれたし、」
「海も来れたし、」
「何も考えないで済んだ…」
「ホントに楽しかった。」
「ありがと。」
ザザーン……
こちらこそ。
ありがとう。
ザザーン……
ミカ
「アタシ、あんまり無いからさ。」
ザザーン……
ミカ
「こういう、時間。」
淡々と喋るミカ。
その横顔は、
不自然なほど静かだった。
ミカ自身が
自分の言葉の重さに、
全く気づいていなかった。
ふいに、
ミカが俺の手を取った。
ためらいのない指。
絡んだ瞬間、
体温がふわっと混ざった。
ミカ
「…あったかい。」
「ねぇ、このまま歩いて?」
指を絡ませ、
恋人つなぎになる。
ミカ
「ほら…。」
「アタシをエスコートしなさいよ。」
ザザーン……
シン
「わん……」
仰せのままに、エスコートした。
すると少し歩いたところで、
ミカは急に立ち止まり、
俺の胸にガバッと顔を埋めた。
嬉しくて、心臓が跳ねる。
ザザーン……
ザザーン……
ミカ
「今日、たのしいね。」
その声は笑っているのに、
どこか、哀しかった。
少女みたいな無邪気さと、
壊れかけた大人の不安が、
ぐちゃぐちゃに混ざっている。
そして、
やけに響く、波の音。
ザザーン……
ミカ
「ねぇシン…」
「アタシのこと好き?」
波の音の隙間に落ちた、
かすかな声。
返事を待たずに、
強く俺の胸を掴む。
ミカ
「どれくらい好き?」
「愛おしい?」
「離したくない?」
「今、幸せ?」
「一生忘れない?」
甘えでも誘惑でもない。
支配でもない。
美しくて、痛くて、脆い声。
ミカ
「ねぇシン……言ってよ。」
正直…言いたくなかった。
何故なら、
ミカは俺の事が好きじゃない。
…そう、俺は分かってたからだ。
ミカは、
確かめたいだけなんだ。
不安を、解消したい。
誰かに、愛されたい。
たった、それだけなんだ。
だから、言いたくない。
けど…
ミカ様のお望みなら、
仰せの、ままに。
シン
「……好き、だよ。」
俺は、心からの言葉。
その瞬間、
ミカはふっと息を吐いた。
短く、安心したように。
ミカ
「……うん。」
胸から離れて、
海風で揺れる髪を、
耳にかけながら振り返る。
さっきまでの弱いミカじゃない。
“魔性のミカ”の目に戻っていた。
ミカ
「ふふ……」
「わんちゃん、可愛いね。」
「ありがと、言ってくれて。」
夕日が沈む海を背に、
ミカは歩き出す。
その横顔は、
ほんの少しだけ笑っていて、
ほんの少しだけ寂しそうだった。
ミカ
「よし。」
「帰ろっか。」
壊れそうなくらい繊細で、
触れたら崩れそうなのに、
世界で一番強いような顔をしている。
どこまでも、美しく、気高いミカだった。




