LOG.5|美人に生まれた|Oyster
港に着いた瞬間、
潮の匂いと、
魚の焼ける香りが混ざった、
独特の海の空気が広がっていた。
車から降りて、
海風を浴びた瞬間、
ミカの髪がひと筋だけ光って揺れた。
初めての場所なのに、
風景のほうが、
ミカに合わせて後ろへ下がっていく。
ミカは
まるでこの港の
主役みたいにそこに馴染んだ。
ミカが来てから、
港の稼働が、
一気に止まった感覚があった。
最初の牡蠣の屋台で、
屋台のおっちゃん
「お嬢ちゃん、美人だなぁ!」
「今1番 いい牡蠣サービスだ!」
ミカ
「え〜!ありがと〜♡」
「よかった〜!美人に生まれて♡」
隣の店でも、
魚屋のおっちゃん
「可愛いねぇ!ほれ!サービス!」
ミカ
「わ〜い♡そうなんです~!」
「アタシ可愛いんです〜!」
おっちゃん達、鼻の下デロデロ。
ミカは歩くだけで、
物価を下げる女だった。
でも…そんなミカ様も、
牡蠣を食った瞬間だけ、
子供みたいに無邪気になった。
ミカ
「やば……うまっ……!」
目がキラキラだ。
それにしても…
この、
ミカって名前の生き物は…
何故こんなに、
愛おしく作られたのか…。
ミカ、
永遠に俺ん家で、
牡蠣食ってていいよ。
俺が働くから…!
なんて思っていると…
ミカ
「ん!」
1匹くれるミカ。
シン
「いらん、凄くキモイ」
「俺、牡蠣食えない」
ミカ
「ん~!?」
牡蠣を口に入れたまま、
驚いたリアクションするミカ。
ごくん
ミカ
「ぷは!美味しい~!」
「こんなに美味しいのに~!?」
「もったいなぁ~い!」
「じゃ全部食べちゃおーっと!」
「ふーんだ!」
…いちいち可愛いな。
なんだか、
とっても楽しそうなミカ様。
楽しそうなミカを見るのが、嬉しい。
ミカ
「よし、次はあっち!」
ミカは俺の袖を
ちょこんと掴みつつ歩く。
港のざわざわが次々と、
ミカの背景になっていった。
ーーー
牡蠣も食べ終わって、
屋台をいくつか回り、
俺たちは車に戻ろうと歩き出した。
シン
「よし、ぼちぼち帰るかぁ~」
その時だった。
ミカ
「……やだ。」
シン
「え?」
ミカ
「帰りたくない…」
「シン、海行きたい。」
「海が見たい。」
「今日、まだ終わりたくない。」
港の、
ざわざわした空気の中で、
まっすぐ、届く、響く、声だった。
ささやくような、
小さい声のはずなのに、
港の音が遠くなった気がした。
子供がデパートで、
親の袖を掴むみたいに、
小さく俺の腕を引く。
ミカ
「ねぇ、海行こ?」
下を向いて、
口を尖らせるミカ。
ミカ
「近くで波の音聞きたい。」
「……お願い。」
その言い方があまりに自然で、
わがままというより、
本音が溢れた瞬間、に聞こえた。
シン
「……分かったよ。行こう。」
ミカ
「やった…!」
「海だ、海だ!」
ミカは
子供みたいに小さく跳ねた。
……ったく。
調子いいヤツだ。
そうして俺たちは、
港から少し離れた海へ向かった。
そして俺は海で、
ミカの本心と向き合うことになる。
この日の海は、
ただの青じゃなかった。




