08
「お腹が痛くなってしまってね……」
「あ、そうだったの、私はてっきり……」
言いづらいが……言わないと進まなさそうだし……。
「え、なに……?」
「りよとかみこの体を見て反応してしまったのかと思ったわ」
「ああ、可愛くてよく似合っている水着だったよね」
ああ、うん、彼はこういう人だ。
まあ、彼の選択は正しかったのかもしれない。
「ゆまさんの――」
「とりあえず、みこを家まで運びましょ」
いまこちらが運んでいる状態だからもう少しぐらい速度を高めてくれないと困る。
で、当たり前と言わんばかりにハイテンションだったもこは彼が運んでいた。
りよはプール施設内にいた友達と別行動中だからここにはいない。
「着いたわよみこ」
「……ありがとうございます」
「うん、また時間があったら私の家に来て」
「はい。隈部先輩もありがとうございました」
「うん、また遊ぼう」
もこには依然として「隈部さん」のままだからやはりそこは変えてもらいたいところだ。
「りと、もこは任せて」
寝たフリ……ではないよなあ。
運ぶ存在が私に変わっても器用にくっついてきて面白かった。
「もうこのまま家に連れ込んでしまおうかしら」
「いいと思うよ」
「あんたは?」
「僕はゆまさんのおかげでご飯を作れるようになったからご飯作りかな」
まだ十六時過ぎぐらいではあるものの、それも早めにやっておけば後が楽か。
りよも母もいないからこちらも――待てよ?
「それならこっちで作ってよ、それでみんなで食べましょ?」
「お父さんの分をちゃんと確保しておけば大丈夫か。正直、ありがたいよ、いま一人になったらお昼とかとの差で寂しくなってしまうからね」
それにはどうだかと言いたいところだが、作ってもらう側としていちいち言うことはしない。
気分がいい状態でいてもらいたい、また、そうなるようにこちらも動くべきだろう。
「着いたわよー」
「……気が付いたらゆまに代わってたた」
「はは、あんたどれだけ眠たかったのよ」
「でも、丁度いい、このままくっついておく」
「はいはい」
気にしてしまいそうだからそれでも先にどれを使っていいのかをりとに説明、終わったらソファでもこの頭をよしよしと撫で始める。
すやすやしていたくせにここでもこくりこくりだ、これは私の頭撫で行為に効果があるわけではない。
食べることに負けないぐらい寝ることが好きな子だから気にしなくていいか、時間が経過すれば夜になってもちゃんと寝られる。
「転校する前はそんな感じではなかったんだよ、怖がりなところがあったからね」
「新しい場所で成長できたなんてすごいことじゃない」
「ゆまさんがいたからだよ」
ないない、それはない。
ビクビクしていても周りがなにかしてくれることはほとんどないから変わらなければいけないと考えを改めたのだろう。
私に同じことができるかどうか……。
なにをどうしたって元には戻らないのにいつまでも引きずって周りに悪影響を与えていそうだ。
「あんたの存在がでかいのよ」
「実際、もこは『お兄ちゃんが同じ学校にいてくれるからありがたい』と言ってくれたけど、学年も違うし、もこを優先できていたわけではないから喜びきれなかったよ」
他人は褒めるくせに自分への褒め言葉は勝手に弾くように設計されているのだろうか。
「すごい」とか言われても「いや、僕は凄くないよ」とすぐに否定する。
そこは気に入らない。
「負の感情」
「……前もこんなことがあったわよね」
この距離で目と目が合うと一瞬、固まってしまう。
魔眼かなにかだろうか? 黒い瞳だから逆に飲み込まれそうになるのだろうか。
「ゆま、お兄ちゃんにそういうことを期待するのは間違い」
「はは、あんた分かっていないでしょ」
「褒め言葉をちゃんと受け取ってほしいと考えてる、でも、いまも言ったようにお兄ちゃんは素直に受け入れないから無駄」
簡単に当てられてしまうのは表情に出やすいからなのか、それとも、もこがすごいのか。
「みんなそんなものじゃない? もこやゆまさんだって『いや』と受け入れようとしないときがあるでしょ?」
「斜に構えているわけじゃないから素直に受け取る」
「私もそうね、少なくともりとよりは受け取っているわ」
「はは、厳しいね」
それより、じっと見られているのが……。
手を止めたら負けて自宅なのに飛び出すことになるから頑張っていた。
「ゆまはみこが好き?」
「そうねえ」
私としてはやはり物足りなさがあるが。
無理やり抑え込んで後輩らしく存在してくれているということでもすぐにやめてもらいたいところだ。
「僕は?」
「あんたも――って、なにこの私だけが恥ずかしいところを出していかないといけない時間は。あんたはどうなのよ?」
「僕はお兄ちゃんも好き、りよも好き、みこも好き、ゆまは――」
「待った待った、そこは抵抗しなさいよ」
なんか怖い、聞きたくない。
抑え込んでほしくない、遠慮してほしくないと考えているくせにここだけは矛盾してしまっている。
手を出しづらい深いところにある感情は知らないまま、このまま仲良くしていければいいではないかと……。
「ゆまはたまに難しいことを言う」
「完璧人間じゃないからね」
機械のようになににも乱されずにいられるわけではないのだ。
なので、プラスでもマイナスでもそれだけは出さないでほしかった。
「雨か」
「そう」
もこの部屋が正面にある側面の窓を開けて呟いていたわけではないのに反応されてしまって困った。
諦めて移動すると「そっちにいく」と雨でもお構いなしのもこ、危ないから変に抵抗したりはせずに窓を開ける。
「雨でも少しぐらいは開けておけるからこそ起きたこと」
「でも、よく聞こえたわね」
「窓前に座っていたから」
体重を預けていた身としては強くも言えずに敗北した。
「あんた課題やってんの?」
「もう終わった」
「はは、偉いじゃない」
私の方ももうすぐ終わる、まだ一ヵ月近くあるからゆっくり休める。
最近はこうして二人だけで過ごす時間も減っていたからこういうことが多くなればいいかもしれない。
もっとも、りよやみこといたいなら止めないが。
「もっと褒めて、撫でて」
「あんた猫にでもなってしまったの?」
「猫か、それならこうしてくっつくのも自然」
体温が高いこの子がくっついてきていても夏なのに落ち着くだけだった。
止めない的なことを考えておきながらいってほしくない、甘えてほしいと考えてしまうのは……いいのかどうか。
「お菓子食べたいでしょ? 持ってくるから一旦離れて」
「そういうのはいい、せっかく二人きりでいられているから少しも無駄にしたくない」
「はは、すぐじゃない。ほら、ね?」
「嫌だ」
なにを気にして意地を張っているのか。
どうせ今日はほとんどここで過ごすのに。
「僕はゆまが好き」
「それは嬉しいわね」
「ゆまも僕が好き」
「それはそうだけど、自分で言うのはすごいわね」
「こういうときはみこ並みに素直ではないから」
いや、そういうことだって言ってきたと思う――とまで考えたときに「きゅー」という小さくて可愛い音が鳴った。
「朝からずっと空を見て過ごしていたからお腹空いた」
「はは、下にいきましょ」
「いく」
はぁ……友達としてでも好きとか簡単に言わないでほしいところだ。
慌てたりしなくてよかった――あ、心臓は慌てているが。
自分が相手にどれぐらいの影響を与えるかをしっかり把握してほしい。
「これとこれ、どっちがいい?」
「それなら左のやつ」
「はい、飲み物もあるからね」
こちらは食べたばかりなのでソファに座って天井でも見ていることにした。
慌てていた心臓も落ち着いて、いつも通りの私に戻れた。
もこが食べ終えたら、
「ん」
いや、足に座られてもどうすればいいのか。
右手にはコップ、左手にはパンを持ちながら変なことをしている。
「ちょ、こぼれるこぼれる」
「食欲とゆま欲を満たすにはこれが一番」
「りとにだってこんなことはしないでしょ」
「しない」
あーもう、私がギュッと抱きしめたらどうするのか。
困るのは自分なのにこれだ、いまだけを考えて行動するのは危険だ。
そんなモンスターを目の前にしているのに彼女ときたらいつも通りに無表情でむしゃむしゃしているだけ、自由か! とツッコミたい。
「あー! なにをしていたんですか!」
「食事」
「なんでゆまさんの足の上でする必要があるんですか!」
これこれ、みこに求めるのはこの感情的になってしまうところだ。
とはいえ、これはりよで、このままにしておくとまたあのプルプルと震えてしまいそうになるぐらいの怖い顔をされてしまうかもしれないからちゃんと動かないと。
「ゆまさんっ、もこさんにだけ許可しませんよね!?」
「えっ、あんたが真似したらまず――窮屈だろうからやめた方がいいわよ」
「いま『不味い』と言おうとしましたよねっ? 失礼ですねっ、そんなに重くありませんよ!」
いや、体重の問題ではなくて……単にでかいからだ。
「それなら僕が――ん……りよ重い」
「お、重くないです!」
「ゆま、持ち上げてみて」
「分かったわ」
が、いざ実際にしようとすると「い、いいですいいですっ、私は重いですから!」と拒否された、なんなら涙目になってしまっていた。
意地悪をしたい趣味はないので謝罪をしておく、それと危ないから床なり椅子なりに座って食べるように彼女に言っておいた。
「りよはどこかにいくつもりだった?」
「はい、みこさんと一緒にお勉強をしようと約束をしていまして」
そこも仲良くなったなあ。
あれだけバチバチだったのにこれだけ変われるものなんだなあ。
「ちなみに、みこさんがりとさんも誘ったので三人ですね」
へえ、意外だ、りとが誘ったわけではないのは意外ではないが。
やはり近くにいる年上の異性というのは魅力的なのかもしれない。
見たくなくて目を細めてしまう癖さえなんとかしなければ優しさの塊だからね、違和感もない。
「どうせお兄ちゃんは自分から誘えない」
「き、厳しいですね――あっ、もう時間なのでいきますね!」
「気を付けて」「ん、気を付けて」
「ありがとうございます」
また二人きりになってしまった。
「どうせなにも発展しない」
「んーどうかしらね」
「まあ、ゆまがそこに入っていなければどうでもいい」
「取られたら困るから?」
「ん」
無敵かっ。
結局、食べ終えたら先程のようにしてきて変な時間が戻ってきた。
こちらはずっと頭を撫でることになったのもそれに拍車をかけた。
「先輩、起きてください」
もことの変な時間に疲れ、寝ることで逃げていたのに抜け出すことはできないみたいだった。
右隣にはもこが寝ている、それだけ見ればただ可愛いだけのそれだ。
「先輩?」
「あ、いま起きたのよ」
「勝手に入ってすみません」
「いや、いいわよ」
暗い顔に見えるのは薄暗い部屋だからだ、決して私がなにかしてしまったというわけではない。
「いきなりですが、隈部さんと一緒に寝たりしているんですね」
「そうね」
いやそりゃ、もこから離れてほしかったのに離れるどころかこんなことをしていたらこんな顔にもなるか。
寧ろここでニコニコ対応されるよりはよかったかもしれない。
「先輩に怒ってほしかったんです、だから勝手にお部屋に……」
「まあ、来たければ来ればいいと言ったのは私だから」
「お願いします」
しゃがむように言って、言うことを聞いて動いたところで額に軽くチョップしておいた、一応「こら」と言葉付きで。
「ありがとうございます」
「う、うん」
「でも、あんまり寝ない方がいいですよ、夜に気持ちよく寝られなくなりますよ」
私の方はそうしておいた方がいいか。
にしても……形的には怒られて笑みを浮かべるというのは……。
後輩の子の開いてはいけない扉を開いてしまったということなの?
「先輩って長い髪が好きなんですか? 隈部さんのときもそうですけどじろじろと見ていますよね」
「もこもみこも奇麗にしてあるからよ」
「私は昔から隈部さんのことを知ることができていたわけではなかったので真似をしたわけではありませんでした。ただ、初めて見たときにこう……ビビッときまして、そのときは伸ばしておいてよかったと思いました」
切りなさいとか口にしておきながら少し羨ましくなって伸ばそうとしてしまったぐらいだ、影響を受けてしまう人は意外といると思う。
「でも、そんな人と仲良くしているあなたのことも知って……」
「むかついたと」
「……それでも、嫌いなんて嘘です」
大嫌いは本当、という顔でもない。
思わず出てしまったということなのだろうか。
そもそも、みこからすれば嫌いになれるほど私のことは知らないか。
「すみませんでした」
「うん」
この前、遮ったばかりに無駄に時間を使わせてしまった。
「この前、受け取ってくれなかったのは本当は怒っていたからですよね?」
「いや、謝ってほしくなかったからよ」
「そ、それならなんで今回は受け入れてくれたんですか?」
「みこがもったいない時間の使い方をしないように、かな」
最初で最後ということで頭を撫でさせてもらった。
意外にも手を払いのけられたりせず、離れられたりもしないでなすがままとなってくれた。
「……隈部さんに怒られてしまいます、私がですが……」
「これでやめるわ」
「あ……」
「していいの?」
「べ、別にしてもらいたいわけではないですけどね」
やべえ……可愛いなこの後輩っ。
あとはそのまま感情的になってくれれば――は求めるのはやめておくが完璧になる。
「浮気者」
「あ、起きた? 三人でまた下にいきましょ」
「裏切り者」
スルーだスルー。
依然として雨が降り続けているのに影響なしと言わんばかりにテンションが上がっていた。




