06
「りよ、悪いんだけど足を貸してほしい」
「か、顔色が凄く悪いですよ? 保健室まで連れていってあげましょうか?」
「大丈夫だから」
いや、私的にはそうでも彼女からしたら使われるだけで微妙か。
謝罪をして離れた。
そもそも、本調子ではないときに近くにいるべきではない。
「待ってくださいっ、こっちも大丈夫ですから――はいっ、自由に使ってください」
「悪いわね……」
長時間お風呂に入っていたからとか、もこがあの子と仲良くしているところを見たくなくて~みたいなこともないのにどうした……。
夜更かしなんかも一回もしていないし……。
「分かりやすく暑くなってしまってその差にやられてしまったのかもしれませんね」
「……なにかしたいこととかなかったの?」
「はい、あとは帰るだけでしたからね」
「ほら、もことさ」
「特定の女の子といるようになってからは近づきづらいんです」
ここにもりとみたいな存在がいたのか。
あの子にしたみたいにりよも連れていってあげないとなあ。
それでも、いまはちゃんと休まないと、そうしないと近づくこともできない。
「あの家で暮らすようになってからもう一ヵ月ぐらいですね」
「りよ的にはもこの妹になれた方がよかったわよね」
「あ、体調が悪いから弱気になってしまっていますね? んーここにいるよりもお家まで運んでしまった方がいいかもしれません」
わっ、力持ちね……。
もこを運ぶのとは訳が違うのに、全く不安定な感じはしない。
まあ、確かにマイナス思考気味になってしまっていたのは事実で、どんな状態だろうと家に帰らなければならないというのも本当のことだ。
「それにしても、もこさんが気づかなかったのは意外ですね」
「私もあの子も、隠すのが上手いのよ」
「じゃあ、気が付いているのにわざと気づかなかったフリをしているということですか?」
「多分ね、もしそうではなかったら私を穴に埋めてちょうだい」
いまは意識があの子にいっているから――考えない考えない。
それに、本人の前で口にしてしまったわけではないから恥ずかしさがあるのはいまだけだ。
「着きました」
「ありがとね、もう大丈夫――」
「お部屋まで運びます、少なくともどちらかが帰ってくるまで、側にいます」
結局、こちらは休まなければいけないから側に誰がいようと関係ない。
正直、ベッドまで運んでもらえたのも楽でよかった。
とはいえ、気になるから彼女に背を向けて寝転んでいると「寒かったりしませんか?」と聞かれたので首を振っておく。
「飲み物とか持ってきますね」
そもそも、これは風邪……なのだろうか。
自前の体温計があるからゴソゴソ漁って取り出して測ってみると、
「三十七度八分ですか。確か、ゆまさんは常に七度前半でしたよね?」
熱が出ているのか、出ていないのか、実に曖昧な感じだった。
これならまだ、三十八度とかになっていて甘えやすくしてくれた方がよかった。
だって、この差なら寝ておけばいいで終わってしまう。
「病は気からって言うからね、今日はそこから駄目だったのかもしれない。流石にこれで側にいてもらうわけにはいかないからりよは自分のしたいことをしなさい」
「いてもいいですか?」
「私的には別にいいけど、時間が経過したらりよの方が酷くなってしまう可能性もあるのよ?」
「大丈夫です。私、これまで一度も風邪で学校を休んだことがないですから」
ここは無駄に抵抗するところではないか。
たかだが数分程度の差でも本調子ではないことは確かなので寝ることに集中――しようとしたときのことだった。
「もこさんですね」
「開けてあげて」
「はい」
背を向けることをやめて窓の方を見る、すると彼女が窓を開けた途端にこちらに入ってきて苦笑することになった。
「やっぱり勘違いではなかった」
「でも、大したことないのよ」
「りよ、なんで言ってくれなかった?」
「私のところに来たのは放課後だったので……」
そう考えると屑……なのでは?
自分が微妙になったときだけ家族なのをいいことに頼るとか……。
「罰として一緒に寝る」
「あの子とはどうなの?」
「普通」
勝手にコロコロ場所をずらされて寝転ばれてしまった。
「最近のゆまはおかしい、少し前までならすぐに言ってくれていたのに」
「別にあんたから逃げているとかではないわ」
もしそうならいまだってここに入れていたりはしない。
徹底的にできない私だが、せめて一週間ぐらいは頑張ろうとする。
「お兄ちゃんにだけ話したわけでも、りよにだけ話したわけでもないことが気になる」
「だったら、あんたと他の人達相手のときで差を作っているわけではないんだからいいじゃない」
「なにが言いたいかというとそこが不自然」
はは、難しい子だ。
「わ、私もいいですか?」
「好きにすればいいわ――そうだ、もこでも抱きしめればいいわよ」
「入ります!」
内側が元通りになればこんなのすぐによくなる。
このらしくない状態が一番気持ちが悪いからさっさと治したいところだった。
「こんのぉぉおおおっ」
お、なにをしてくれるのか。
ただ、自分の奇麗な髪をグシャリと掴んでいるのはやめた方がいい。
そこはほら、スカートの裾を掴むとかやりようがあるはずだ。
「馬鹿先輩!」
「おおっ」
こ、ここで先輩呼びとはやってくれるじゃないか……。
結局、早くも気に入ってしまっている私に対しては逆効果だった。
「隈部さんに迷惑をかけないでください!」
「あのさ、そこ、『隈部先輩』にしてくれない?」
「そんなことはどうでもいいんですよ!」
いや、どうでもよくはないだろう。
でも、こう興奮していると聞いてはもらえないか。
どうすれば落ち着くのか――は、もこのところに連れていけば楽勝か。
「もこーこの子の相手をしてあげてー」
「凄く顔が赤い、みこも風邪?」
「みこ? ひらがな?」
「ん、この子の名前、寧ろゆまは知らなかった?」
「うん」
ああ、これは可哀想なことをしてしまった。
もこが相手のことをすぐに名前で呼ぶなんて当たり前のことで、本人がいればこうなることも想像できたはずなのにこれだ。
「ごめん」
「許しませんから!」
それこそ、逆効果だった。
なので、今回は腕を掴んだりはせずに廊下に出ると勝手に付いてきた、もこも来た。
「調子よさそう」
「あんたとりよのおかげでね」
内側も回復していまは早く夏休みになってほしいと考えているところだ。
「でも、みこは駄目そう」
「あんたのところに連れていけばなんとかなると思ったんだけどねえ。というか、この子に話すのやめてよ」
この件に関しては味方になってもらいたいわけではない、寧ろこの子の味方をしてほしいぐらい。
「僕はなにも言ってない」
「え、そうなの? じゃあ……」
なんで知っていたのか。
どこかで見ていたとしても頼った相手はりよなのに。
「ぐぇ」
「隈部さんは戻ってください」
「ん、ゆまはちゃんと返してくれればいい」
背中に銃を突き付けられたときのキャラクターの気持ちはこんな感じなのだろうか。
ゆまが去り、少ししてから抵抗するつもりはないことを示すために両手を上げた――ときのことだった。
「ぴゃ」
「流石にそれ以上は許しませんよ」
りよの声が聞こえてきたのはいいものの、声音が低すぎて怖い。
背を向けた状態なのも悪い方に働いた。
「……別に叩こうとしたりはしていませんが」
「それならいいんですけどね」
風邪を引かなくてよかったと考えておけばいいか。
声音だけで相手を怖がらせるなんて私でもできない、すごいすごい。
いやマジで、怖いからこのまま顔を見ずに去らせてもらえないだろうか……。
「遅れてしまってすみません」
「この子に話したのはりよ?」
「え? あ、いえ、ゆまさんのことを話したりはしません。ここ最近、ゆまさんを睨んでいたので寧ろ警戒していたぐらいです」
私と違い、最初からいままでしっかり継続できていることは流石だと褒めたかった。
私なんてもこが少しちくりと表に出してきただけであっという間に変えてしまうからね。
「じゃあ、りよに頼ったときにやっぱり見られていたのね」
「そうなんですか。あの、用があるなら攻撃しようとせずに言葉にすることでなんとかしてくださいね?」
「……あなた邪魔」
「そうですか」
んー感情的になってもらえないことがきついことってあるよなあ。
もこもそう、りよもそう、私は……できているのか分からないが、そんなに感情的になっているつもりもない。
「それではこれで」
「うん」
引っ越してきた理由はりよになにかあったわけではなくて母の方にあるのか。
「みんなむかつく……」
みんなは別に全員というわけではないから当然、もこは対象外だろう。
もしここで言うことを聞いてくれないからもこ含めてむかついているということなら流石に怒る。
「特に先輩は大嫌いです」
む、むかつくではなくて大嫌いか……ここでも私のアレは健在だったか。
でも、ちゃんとこうして言葉にできているわけだからなにもマイナスなことばかりではない。
「予鈴ね」
「失礼します」
いや、マイナスそのものでは……?
そんなことがあって、何時間もの授業の時間に影響を与えた。
板書こそするものの、なにもやらなくていい時間ができると「嫌い嫌いだ嫌い」と内で呟き続ける時間に。
お弁当も今日ばかりは――どんな内側事情だろうと作ってもらった物を残すわけにもいかないのでしっかり食べた。
残念なのは美味しいご飯パワーをもってしても回復したりはしなかったことだ。
「これこそ弱るところでしょ」と言いたくなるぐらいにはやられていた……。
「やる気がないから先に帰る」
「……あんた最近、早く帰ってなにしてんの?」
「お菓子やアイスを食べてる」
「そう……じゃあ、邪魔したら悪いから先に帰りなさい」
「ん、また後で」
お菓子やアイスに負けるような存在だよ、ふふ……。
「ぬぉ――って、りよか。もこならいま出ていったけど会わなかった?」
急に影ができたから驚いた。
この教室の中にはまだ他に人がいるから横で立ち止まられたかと思ったのだ。
「ちゃんと挨拶できましたよ」
「ってことはわざとか」
「はい、あの子から守らないといけないので」
大嫌いな相手にわざわざ近づくとは考えづらいが、いまは余裕がないから助かるか。
彼女には私の席に座らせて横に立つ、そこまで身長はないから圧は感じないだろう。
「正直、昨日よりも体調が悪そうに見えて気になります」
「ああ、ちょっとね」
「もこさんがお菓子を優先してしまうからですか?」
聞いて――いや、もこがお菓子を食べることが好きだと知っているからか。
「ないない、そんなのいくらでも優先してくれればいいわよ。ただ……」
「私には言えないことですか?」
いや別にそんなことはない、が、過激なことをしそうで怖い。
私だってみんなを好きになれてはいないし、過去なら嫌いだった存在もいるわけで、「大嫌い」と言った程度で責められたらやっていられないだろう。
「ごめん――そうだ、昨日助かったからなにか食べにいきましょ、払ってあげるわよ」
「それなら鯖の塩焼き定食が食べたいです」
「お、それなら定食屋ね、いきましょ」
しっかり確認をして教室から出ようとしたときのこと、急に前に出てこられて止まることができなかった。
こちらも相手も動かないから私の胸の辺りに顔から突っ込んだままだ。
「はあ……結局、攻撃を仕掛けることを選んだということですか?」
「……ち、違う、これは先輩が悪い」
「いいから離れてください」
なにを口にしても上手くいかないから彼女が前に進めてくれるのは助かる。
それにしても……やはり長くて奇麗な髪だ。
もこは途中から引っ越してきたから昔から知っているというわけではない、だから元々この子は髪を伸ばしていたということだ。
「私達はいまから定食屋さんにいって空腹になったお腹を満たそうとしているんです、邪魔をしないでください」
水を差したくないから言わないが、私の方はお腹は空いていない。
ただ、そこは年上として、姉として合わせようとしているのだ。
「そ、その前に少し……」
「でも、二人きりにはさせたくありません――よって、あなたもいきましょう」
「「え……」」
「いいからいいから、です」
だ、出すしかないのか。
でも、ここで頑張っても「こんなことをしても大嫌いなのは変わりませんからね」と言われるに決まっている、そうしたら無駄なダメージを負うことになる。
とはいえ、払うと言ってしまった手前、今更なしにすることはできない。
お世話になったのは彼女だから彼女だけに~ともできないわけで、はぁ……。
「いらっしゃいませ」
「三人でお願いします」
参加メンバーの内、二人が俯いていたら店員さん的に変に見えるでしょうよ。
「私は鯖の塩焼き定食です」
んーどうするか。
魚という感じではないから……焼肉定食でいいか。
肉はいい、これにもキャベツがついているから偏りすぎない。
「決まりましたか?」
「ま、まだっ」
「別に焦らなくていいですよ」
彼女に腕を掴まれていたとかでもないのによく付いてきたなあ、と。
不快感を与えないために違うところにすぐに意識を向けたが、あそこでも「興味ありません」とか言えば彼女だって無理やり連れていこうとはしなかったと思う。
「こ、これ」
「ゆまさんは――はい、それじゃあ注文してしまいますね」
裏切り者とか言われないためにもこのことをもこに連絡する。
流石にすぐに反応――して「いまからいく」と全力なのがもこだ。
まあ、共通の友達が他にも二人いるわけだから違和感はない。
「はぁ……はぁ……ゆまはみこの方に座って」
「え、なんでよ」
「りよの隣がいいから」
このまま立たせておく方が迷惑か。
言うことを聞いて、それでもかなり端の方に座ることでなんとかした。
この子がここにいる理由はなにか言いたかったことがあるからなのに、料理が運ばれてくるまでも、運ばれてきても切り出してくれなくて意味のないものになった。
「お会計を済ませてきます」
「あ、私が――」
「今日はいいです、ただ私がお魚を食べたかっただけですから」
はぁ……私って使えない人間ね……。
「お待たせしました」
「りよ、ありがとう」
「はい――で、あなたはどうするんですか? このまま帰るなら止めませんけど」
数秒後、今度は私が腕を掴まれてどこかに運ばれる番だった。
後ろの方から「あ、こらー!」とりよの大きな声が聞こえてきたものの、関係ないとばかりにズンズン歩いていく。
「怒らないところがっ…………嫌いです」
最初こそ負けていなかったのに最後の「嫌い」の部分はもこよりも小さかった。
「ふぅ……それが言いたかったことです」
これを言うだけならわざわざ離れなくても、とまで考えていまは敏感な少女がいるから無理かとすぐに片付けた。
「そっか」
「もう戻りましょう」
スッキリできたような、まだどこか引っかかっているところがあるような、これだという答えを出すことができないそんな顔だ。
だが、私的には大嫌いから嫌いになってすっかり回復してしまった。
もこに対する気に入り具合といい、チョロいのは確かなようだった。




