02
「そういえば来なかった」
「誰が? なにが?」
あの人なら一時間前の休み時間は来ていたからそれ以外だということは分かる。
「漫画とかアニメの世界ならあのぶつかった女の人と遭遇して『あー!』となっていたはず」
「や、それは現実の世界と妄想の世界を混同しすぎでしょ」
正直、ぶっ飛ばされ損でしかないがこれでよかったと思う。
あそこから「あなたは!?」みたいな展開になっていたら私はまた負けていた。
「いいから早く食べて、それで少し歩きましょ」
「ん」
私達はどちらもお弁当持参派だ。
彼女のお弁当は彼女のお父さんが作ってくれている物だからやっぱりそういう点でも覚えた方がいいと思う。
「食べ終わった」
「いきましょ」
お兄ちゃん大好き―のもこのためにあの人がいる階へ。
偶然、一人でいてくれたから教室から拉致ってきた。
「今日も二人でいられているんだね、自分のことのように嬉しいよ」
「りと、マジでご飯を作れるようになった方がいいわよ」
「確かに、それならお父さんも楽になるよね。ということで、よろしくお願いします」
「まあ、私にできる範囲でね」
ナイス、今日はナイスすぎる。
すぐに他のことに興味を持って消えてしまいそうな彼女は任せて歩くことを再開、待っておけばいいのに付いてきてしまったのは――ま、まあ、悪くはない。
「今度は三矢さんを誘おう」
「奇麗にしてあるから問題ない」
そうか、家にある調理器具でできるようにならなければ駄目か。
別に彼女達のお父さんがいても気まずいとかそういうのもないから上がらせてもらって堂々としていようと思う。
「だからお兄ちゃんが女の人を誘っても大丈夫」
「な、なんか変な言い方だね?」
「お兄ちゃんだって気になる人の一人や二人いるはずだから」
「い、いないよ」
おどおどビクビクしていそうだしなあ。
でも、彼みたいな人を放っておけない女の人というのもいる気がする。
「三矢さんは?」
「私が気になっているのはもこね」
「告白された」
「はは、よかったねもこ」
あ、あれ、そこは「お友達」とか言って切ってくれないと困るのだが……。
彼もここでこそ「ど、同性同士なんだよっ?」みたいに慌ててもらいたいところだ。
「あ、ここって何故か私が連れ込まれた教室よね」
あの頃はまだ彼とはほとんど話せていなかったから気になった――というのはいまでも無理やり連れ込まれれば気になるから違うか。
「あ、あのときはもこから逃げていたから……」
「なんで逃げていたんだっけ?」
「……もこが嫌いな食べ物を無理やり食べさせてこようとしたからだよ」
「はははっ、それで妹から逃げるって変でしょ!」
寧ろそういうのは彼がやる側になりそうだが。
「えぇ……なんでそんなに楽しそうなの……」
「さあね」
少しだけ追加で歩いて彼の教室に戻ってきた。
別に気にならないから入って席に座らせる。
「友達は?」
「いまはいないみたいだね、また外で遊んでいるのかな」
「女の人の友達は?」
「あ、あそこにいるけど……」
二人か、別にここでも突撃はできるが迷惑はかけたくないからなあ。
聞きたいことも聞けたから虚空を見つめてぼうっとしていたもこは放っておいて戻ることにした。
いやほら、兄妹揃ってどこか遠慮してしまうところがあるから二人の時間を作ってあげなければならないのだ。
「眠たくなってきた」
「なんでだ……」
「そもそも、同じクラスなのに一人で戻ろうとすることがおかしい」
「はいはい、足を貸してあげるから少し休みなさい」
「ん」
予定を変えて空き教室へゴーだ。
座るとすぐに頭を預けてきた。
長くてサラサラしている髪を撫でているとすぐに寝息を立て始めた。
無防備すぎて怖い。
相手が同性でももう少しぐらいは気を付けないと自由にやられてしまうぞ。
「はぁ……」
直視するよりはマシということでなにも書かれていない奇麗な黒板に意識を向けていた。
チョークを持っていて、自由に書くことも許されているのなら線を引きまくりたい。
とはいえ、変な角度で擦れないようにしないと、想像しただけで「ひぇっ」となってしまうから。
結局、五分ぐらいそんな妄想をして意識を戻したらバッチリと目が合って飛び上がりそうになった。
「ね、寝ていたんじゃなかったの?」
いやっ、起きているなら普通に声をかけなさいよ!
「ゆまといるのに寝るのはもったいないと思った。ちなみに、夢の中にいた私が止めてきた」
「はは、なによそれ」
私も夢を見ることがあるが、その中の人らしきものはみんな顔が見えない、それなのに〇〇さんだと認識している状態で前に進んでいくから変だった。
そう、だから結局は先程の妄想も鮮明にイメージはできていないのだ。
対象物の目の前に薄黒いフィルターがある感じ……と言えば一ミリぐらいは伝わるだろうか?
「なにを見ていた? 凄く優しい顔をしていた」
「黒板よ、自由に書きまくる妄想をしていたの」
「ゆまでもするなんて意外」
するさ、私も普通の人間だ。
でも、私と彼女で~みたいな気持ちが悪い妄想はしない――ほとんどしないからそう警戒しないでほしかった。
「ゆま、ちょっといいかな?」
「うん」
実は私の父もどちらかと言えば無表情系なのでもう少しぐらいは柔らかくしてもらいたいところだった。
ご飯が美味しかったかどうか聞いてみても真顔で「美味しかったよ」と言われても少し不安になる。
「再婚しようと思うんだ」
「へえ、いいじゃない」
やっとか。
六年生頃に母が出ていってから一生懸命探していたのかな。
私と違って、当時は本当に表に出てしまっていたぐらいだが、この人だ! という人を見つけられたのならいい。
「ゆまに任せてばかりになってしまっているからというのもあるし、単純に僕的に新しくいい人が見つかったというのもあるんだ」
「まあ、お父さんだって自由にすればいいわよ」
「相手の人にはゆまと同じぐらいの娘さんがいるんだけど大丈夫そう?」
「大丈夫そう?」と聞かれても会ってみない限りはそんなの分からないだろう。
だが、不安にさせたくはないから「上手くやってみせるわ」と答えておいた。
「はは、早く話したいと言っていたよ」
「それは親が? 娘が?」
「両方かな。えっと、一週間後の土曜日は予定を空けておいてほしい」
「あ、転校することにとか――」
「来てくれるみたいなんだ、住んでいる場所から離れたかったみたいだから丁度いいみたい」
訳ありか。
まあ、それでも上手くやってみせる。
だってその人達と上手くできなければ家に帰りづらくなってしまうから。
「ふふ、運命の出会い」
「や、まだそんなの分からないでしょ」
食事と入浴を済ませてからもこに電話をかけていた。
いまはなんとも言えない中途半端な時期ではあるものの、湯冷めしたら風邪を引いてしまうのでこちらももこもこした状態だ。
「土曜日、こそこそ見学にいく」
「そんなことをしなくてももう少しすればこの家に住み始めるわよ」
「なるほど、そこで我慢をすることで楽しみが増えるということ」
「ま、仲良くやれそうだったらちゃんと紹介するわ」
いきなり駄目になったらどうしよう……。
大人にはなれていないからやばい態度を取られたらこちらも自然と出てしまう。
あの頃、内側では「流石に表に出しすぎでしょ」とか考えていたぐらいなのに人のことを言えなくなってしまうかもしれない。
結局、自分のところに返ってくることは――って、早くも弱気なのはやめろ。
「りとのことが好きなあんたとしては不安になるんじゃない?」
「なんで?」
「だってあんた、私がりとと話しているだけで睨んでくるじゃない」
「え、睨んだことなんてない」
「ま、あくまで睨んでいないつもりなのよ」
そういうとき自然と出てしまうものなのだ、父には謝らなければならないかもしれない。
「聞いてくれてありがと、やっぱりあんたには知っておいてもらいたくてね」
「隠していることはない?」
「そうね、特にないわね」
「それならいい、これからもそのままでよろしく」
はは、母親か。
もっとも、私達の母はこちらにあまり興味を持っていなかったが。
父だけには違うと思えばそうではなく、ほとんど外にしか意識がいっていなかった。
不満があってもそれをずっと口に出さないで無理やり笑ってみせていた父は正直……。
あ、これは後から父が教えてくれたことだから勝手な妄想というわけではない。
「また明日ね、おやすみ」
「ん、おやすみ」
……自分から終わらせておいて寂しさを感じているのがもうね……。
こういうことだけは言えていないから嘘をついてしまっている状態だった。
ただ、私はあくまで同じ高校にいる同性というだけ、まだなにもかもを話すには仲良し度的なものが足りないと片付けることもできる。
「さっさと寝ましょう」
寝ればもやもやもどこかにいく。
そうすればいつも通りの私のままであの子の相手ができるのだ。




