01
「あとは……」
なんだっけ――あ、本か。
まったく、自分の物ぐらい自分で買ってほしいものだ。
でも、すんなり言うことを聞いてしまっている時点で意味がない。
「わー! そこの人どいてー!」
は? と声に出す余裕すらなかった。
冗談抜きでぶっ飛ばされて無様に転ぶ――あ、でも、空はとても奇麗だ。
いままで頼まれた物を買うことに集中していたから意識を向けていなかったが、たまにはこういうのもいいかもしれない。
「ご、ごめんなさい!」
私にぶつかった人間はそうして頭を下げてから走っていった。
やたらと幼かったから次はないだろう。
「お姉さん」
「は? って、あんたなんでいんのよ」
石像か! とツッコミたくなるぐらいには表情が変わらない友達の隈部もこが立っていた。
彼女はあくまでいつも通りに「一人は退屈だった」と答えてくれたが……。
「だったら後は自分で動きなさいよ」
「嫌だ、だってそれは勝負をして僕が勝った結果」
続けても疲れるだけだと判断してここでやめる。
それで立ち上がったのはいいが動きたくなくなってしまった。
だってあれだとぶっ飛ばされ損で、そこから更に無駄に体力を使わなければならないから最悪だろう。
「つか、いい加減髪を切りなさいよ」
「嫌だ、お母さんみたいに伸ばすと決めている」
そのお母さんはもういないのに、意味のない拘りだ。
「すぐに終わらせてしまった方が楽になる」
「はあ……」
いくか。
途中、何度か掴まれたが決して振り向いたりはしなかった。
あれもこれもそれもとなんでも相手が言うことを聞いてくれるとは考えないことだ。
もし気に入らないのなら離れればいい、私はどこかにいかないでほしいなどと言っていないのだから。
「はい」
「ありがと」
「じゃ、また学校で」
「ん? なんでそうなる? 元々、これが終わったらまた集まる約束だった」
そんな昔に交わされた約束なんてもう忘れてしまった。
「じゃ、またね」
「隣同士だから二階からでもいける」
はぁ……漫画とかアニメかっつの。
二階から急襲されるぐらいなら入れてしまった方が楽なので諦めた。
「なんで幼馴染でもないのに家が隣同士なのよ」
「途中で僕が引っ越してきた」
「で、なんで隣?」
「それは分からない」
親の事情で引っ越すことになったうえにこれまた親の事情でこんなところに住むことになったわけか。
自分で言うのもなんだが私はつまらない人間だからもうこの時点で大外れだ。
まあ、学校では上手くやれているように見える……としてもだ。
「ゆま、お菓子が食べたい」
「んー」
いや待て、お菓子なんかあったか……?
一応はお客さんのために探してみた。
「煎餅でもいい?」
「ん、煎餅も好き」
「ならはい、それ私もお父さんも食べないから全部食べていいよ」
「ど、どうした? ゆまらしくない」
いやだって捨てることになるよりは遥かにいいだろう。
食べてもらう前提で存在しているのだから捨てられるよりは、ね。
「でも、本当ならしっかりご飯を食べてもらいたいわね」
それで私よりも大きくなって私を色んな所に運んでほしい。
が、現在は身長差と割とすぐにおねむな状態になってしまうことから私ばかりが運ぶことになっていた。
見た目通りに軽いからいいものの、出会ってから一年ぐらいしか経過していないのに姉になったような気分になってきてしまうから駄目なのだ。
「ゆまはお母さん?」
「どうせ似ていないでしょ」
「全く似ていないこともない」
「いやそういうのいいから」
私は別に同じクラスに急にやって来たこの子と仲良くするつもりはなかった。
家は隣同士でも教室では隣同士なんてこともなくて、係とか委員会のことでも全く被っていなかったから接点なんてできないまま終わっていくと思っていたのに……。
たまたま登校が遅くなった日に入口のところで遭遇してからは何故だか彼女が話しかけてくるようになったのだ。
これまた自分で言うのはあれなものの、結構「怖い」とか「近づくのはやめた方がいい」とか言われる人間だ。
正直、同じように勝手に怖がってくれた方が楽だったかもしれない。
「ゆま?」
「あ……飲み物もあるから」
「ありがと」
ありがとう、ごめんなさい。
感謝と謝罪ができるのは人として当たり前のことなのにたったそれだけで内で評価が上がってしまうというか……。
小さい口でもしゃもしゃと食べているところを見られるだけでもっとあげたくなるというか……。
ペットとかではないのだからこういうのはよくないのに……駄目だった。
しかも、なんだかんだ言いつつも積極的に受け入れて動いてしまっているわけだし、この内側をそれを本人に知られることになったら何回でも死ねるぐらい。
実際のところは一回目で終わるわけだから残酷な内容にはならないかもしれないが。
「今日のゆまはおかしい、熱でも出ちゃった?」
「いや、やっと休めたからよ」
「それならもっと休んで」
「いやあんたのせいだから」
もこのことを考えてわざと負けてしまったりするぐらいなのに勝負なんて乗るんじゃなかった。
あと、それは優しさではなくて舐めてしまっているのと同じだからこれからはやめる……つもりだ。
できるのかどうかは分からないがそうして挑戦していかないと退屈な人生になってしまう。
なので、どちらでもいいから動くことが大事だった。
「み、三矢さん、なにかしちゃったの?」
あまりに急すぎて反応に困った。
そのまま固まっていると「あ、怖めの感じの男の人が三矢さんに用があるって」と、見てみたら入口のところに確かに派手な感じの男子がいた。
とにかく、お礼を言って近づく。
「廊下でいい?」
頷いたので二人で廊下へ、ついでに教室から少し離れた。
「はぁ……あんたのせいでクラスメイトが怖がっていたじゃない」
「こ、怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、三矢さんを呼んでもらいたかっただけで」
「見た目、変えたら?」
「む、無理だよ。というか、僕ってそんなに怖い……?」
「んー派手ね」
黙っていたら絡んできそうな見た目だった。
そういうのもあって無表情娘と足せば丁度いいぐらいになる気がする。
彼は隈部りと、あんまり似ていないがもこの兄だ。
「目つきが悪いのよねえ」
「あんまり他の人を見たくなくて……これがもう癖みたいなものなんだよ」
「で、なにか用?」
「ああっ、三矢さんに頼みたいことがあったんだよ!」
しゃ、喋ると本当に差がすごい。
会う度にツッコミたくなる感じ、でも、こういうところは嫌いではない。
「明日と明後日の話なんだけどさ、お父さんが帰ってこないみたいなんだ。だから、三矢さんには家まで来てご飯を作ってもらいたいんだよ」
父親しかいないのだから練習しておけばいいのに。
そこは兄として「もこ、僕が作るから安心してよ」ぐらい言ってもらいたいものだ。
お菓子ばかりを欲するようになってしまったのもそこからきているのでは?
一番一緒にいるこの人に任せていたら駄目になってしまいそうだった。
「ほーん、それならあんた達が私の家に来ればよくない?」
「いいの? それならいかせてもらおうかな」
「うん、どうせご飯は作らないといけないからその方が楽でいいわよ」
となると、スーパーにいかないとな。
お米とか油とか明日はまとめて買う必要がある。
「明日、買い物にいきたいからあんたは運ぶの手伝って」
「任せて!」
もこは意地を張ってべちゃっとなることが多いから手伝わせない。
そもそも、あの子をスーパーに連れていくとうるさくなるから避けるべきだ。
「髪型を変えてみたらいいんじゃない?」
「僕ももこみたいに髪を伸ばしてみようかな」
んーそれならそれで……って、どうせ冗談だ。
唐突に変なことを言い出すところは妹と変わらない。
「もこはもこもこはしていないわよね」
「うん、サラサラしていて奇麗だ」
可愛いから可愛いと言っているだけ、奇麗だから奇麗と言っているだけ。
この人は出会った頃からずっとこんな感じだ。
別に求めてもいないが、私はこの人にそういうことを言われたことがないから本当のところがよく分かる。
いや、そういうところをよく見るだけに地味にダメージがでかいわ……。
「見つけた」
「ごめん、あんたの兄貴に用があってね」
この人がいるときばかりはもこが怖くなることがあるからできるだけ避けたかった。
でも、なにも睨まなくてもね、という感じ。
自然と可愛いとか言えてしまう人の口から絶対に出てこない私相手に警戒をしたところで意味はない。
「そんなのはいい、それより僕に言ってから出ていかなかったことが問題」
「や、それこそあんたは私の母親か」
「母親じゃない、お友達」
そ、そうだけどさあ。
まあいい、もう用は終わったのだから戻ろう。
それでも人として最低限の挨拶をして教室へ。
「それでお兄ちゃんになにを頼んだ?」
「それが頼まれた側なのよ。明日と明後日、ご飯を作ってほしいってね」
ま、女子としては微妙でもそういう能力面での話なら求められているのだからそれで満足しておけばいいか。
いやもう本当に気に入られたいとかそういうのはないしね。
あの人相手に一生懸命になるぐらいならここにいるもこ相手に一生懸命になる方が自然――や、やらないけどね。
「あ、それは僕が頼むつもりだった。でも、動いてもらえたなら楽でいい」
「うん、作ってあげるから私の家に来なさい」
「いく」
他に父しか帰ってこないあの家もこれで賑やかになるだろう。
寂しさを感じないこともなかったので私としてもこれはありがたいことだった。
「よいしょっと――よし、帰るわよ」
「な、なんで僕がこっち?」
「は? そりゃ持ってもらうには持ってもらうけどお米の袋を持たせるわけがないじゃない」
どちらにしろ任せている時点で気にする必要はない、Mではないなら寧ろよかったーと安心しておくべきところだ。
「いやだってさ、三矢さんはお米の袋プラス食材とか入った袋も持っているんだよ?」
「そりゃほとんどは私の家のために買っているわけだからね。い、いいから早くして、早く帰りたいのよ」
重いのは重いからさっさと帰りたい。
ここで粘られると最後には結局甘えてしまう、なんてことになりそうだから嫌なのだ。
「三矢さんって僕には遠慮するよね……」
「敬語を使っていない状態で言うのはおかしいけど、そりゃあんたは年上だからね」
そのうえで異性だ、もこと同じようにできるわけがない。
「そんなに頼りないかな?」
「別にそんなことはないわよ」
今日は無駄に拘りたい日のようだ。
それなら私としてはご飯を作れるようになってもらいたいところだ。
私にできる範囲でなら教えるから「教えてよ」とならないだろうか?
流石に「教えるからやりなさい」とは言えなかった。
「着いたわね、手伝ってくれてありがとう」
「……僕のはこんなに軽かったけどね」
知らない知らない、軽いならいいことだろう。
鍵を開けて中に入るとまるで自宅みたいに寛いでいるもこがいた。
「おかえり、借りた鍵は玄関に置いておいた」
「うん」
「あれ、なんでお兄ちゃんはそんな顔?」
「ここまで実はお米を持ってもらっていたのよ」
「でも、お兄ちゃんは男の子なんだから受け入れた以上、任せるのは普通」
こ、これは実は分かっていてちくりと言葉で刺されているわけでは……ないわよね?
それにお兄ちゃん大好きーの妹としてはお兄ちゃんが無駄に疲れることにならなくてよかっただろう。
「さ、作るわ」
「待ってる」
今日はカレーだ、楽で多く作れていい。
ご飯のことで不安になっている私だが、もこはご飯でももしゃもしゃとここにいる誰よりも多く食べてくれるからいい。
私らしさが出すぎて二人が満足できなかったら嫌だし、こういう料理に頼った方がいい。
「カレーなら僕でも作れるよ」
「じゃあ、二日間ぐらいそうすればよかったのに」
カレー、シチュー、ハヤシライス。
似ていてもどこか違うから飽きるなんてことはなかった。
たまにだけでも作ってあげれば二人のお父さんも助かるわけで。
「あー……もこに食事を楽しんでほしいと思って。ほとんどのように僕とだけ食べていたらつまらないかなって……」
「この子は食べることが好きなんだから関係ないわよ、寧ろあんたが絶対にいてくれるのはいいことじゃない」
違うことは違うと言う、これが遠慮をしていない証拠だ。
とにかく、固まってしまった変な人さんは放っておいて作り始めた。
こういうときだからこそいつもより多く食べられるというものだ。
「わー多く作りすぎちゃったわ」とでも白々しい反応を見せながら食べてしまえばいい。
いつもはどうしても少し物足りない感があったからね、くくく。
「ゆまおかわりっ」
「あーうん、あんたがいっぱい食べてくれればいいわ」
実際はこうだったが。
いやでも、ここで欲を優先して水を差してしまうよりもよっぽどいい。
「あーもう、口の横についているわよ、じっとしてて」
「ん……」
くっそ……可愛いなやっぱり。
昔からこういう子が好きとかそんなこともなかったのになあ。
運命の出会い? 流石にそれは大袈裟すぎか。
「りと、あんたもおかわりしなさい」
「ぼ、僕はこれだけで十分だよ」
「あんたそんなんだからいつまでもほっそいままなのよ」
「あ、だから頼ってくれなかったの? それなら食べるよ!」
いや違うが……。
ま、まあ、食べてくれるならいいか。
もう既に父の分は確保してあるから食べてくれないと困るのだ。
「カレーは飲み物」
「そうなの? でも、ちゃんと噛んで食べること」
「ん、お兄ちゃんとお父さんにもよく言われるから気を付ける」
「うん、食べてくれてありがとね」
なんかこう……彼女が相手だと自然と柔らかくなる。
だから、教室で彼女と一緒にいればなんとかなると考えていた。
あ、あれだ、ああして話しかけてもらえるだけマシだろう。
前ならあんなことすらなかったわけだから大きな一歩だ。
……なにもしていないのに謎に怖がられるのは理不尽よねと内で呟いてからため息をついた。




