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上層と上昇

 二人が食堂に着くと、そこには禿げた蜜柑頭の中年男性が座っていた。カシューと同じシャトルでデスペアに来た、富豪落ち(イカロス)の彼だ。

 本当に働いていないらしい。彼は、就業中、ずっとここに居るのだろうか。

 二人は、寂しそうな背中を向ける男性をスルーして、食堂の奥に向かう。

「ヘルメットまで被って、どこへ行くんだ?」

 男性が顔をこちらに向けて話しかけてきた。

 カシューは、無視を決めるが、心優しいカナタは、答えようと振り向こうとした。

「カナタ。厄介ごとはごめんよ。」

 カシューが冷たく言う。振り向くカナタは、肩を落として前に向き直る。

「ああ、ごめん。」

 上では、武装したテロリストが突入して来ているというのに、ヘラヘラしてる場合ではない。カナタは、緊張感が足りない自分に腹を立てた。カシューについて行くと決めたのは、自分だ。足を引っ張るのではなく、役に立たなければならない。


 カナタは、決意を固めてカシューの背中を見た。するとカシューは、トレーの返却口の前で立ち止まり、親指を中に差してカナタに言う。

「先に入って。」

「これで行くのかよ!?」

 カナタは、思わず声を荒げてしまった。静かな食堂に、カナタのお粗末な声が響き渡った。それにより、カナタの固めた決意が、一瞬で砕けた。

「カナタのがデカいでしょ?安全確認よ。弾除けにもなるんでしょ?」

 カシューは、カナタの決意を試している様だった。

 カナタは、決心して足を進める。こんな所で引き下がれない。

「大丈夫かよ…。」

 そう言いながらもカナタは、返却口に登り、ヘルメットに気をつけながら中に入る。

「あと、出る前に監視カメラの映像を、ちゃんと確認すること。ルミナス。サポートしてあげて。」

 カシューは、返却口の中で怯えているカナタの顔を、覗き込みながら言った。別に覗かなくとも、ボイスルームで聞こえるはずだが、カシューは、カナタがどんな表情をしているのか見たかったようだ。

《お任せ下さい。カナタの世話は、得意です。》

 ルミナスが嬉しそうに答えた。

 カナタが返却口に乗ると、床が持ち上がり上昇して行く。カナタの視線から、赤い髪の下で口角を上げるカシューの嫌な笑みに幕が下された。

 真っ暗な箱の中で、ガコーン、ガコーン。と、金属が鳴る音が耳に響いてくる。ヘルメットの文字が緑色に周囲を照らすが、明かりが弱い。上は、低い天井で覆われていて、先が分からない。

 そんな状況に、カナタは不安になってきた。

「ルミナス。これ、大丈夫なのか?俺、このまま洗浄されないか!?」

 ヘルメットの中で、ルミナスに訴えかけた。

 すると、ルミナスより先に、カシューの声が返って来た。

「五月蝿いわよ、カナタ。響くんだから、黙っておきなさい。そんな場所で見つかりたくないでしょ?」

《大丈夫です。カナタ。落ち着いて下さい。4階に着いたらお知らせしますよ。》

 カナタは、押さえられない口を塞ぐ様にして静かになった。


「――おい。お前。何やってる?脱走か?」

 カシューの真後ろから声がした。

 カシューが振り返ると、そこには、富豪落ちのぽっちゃりとした男性が立っていた。目を細めて返却口をジロジロと見ている。

「ん?これがあなたには、そう見えるの?」

 カシューは、眉を上げて答えた。彼に見えやすいよう、体を避けて道を開ける。

「……で、どうなんだ?」

 彼は、よく考えてからカシューへ視線を向けた。

 カシューは、仕方なく答える。ここからは、別に隠さなくても問題ない。あとは、脱出するだけだ。それに、カシューには、彼が通報するとは思えなかった。

「今、上層では、武装した人達が暴れてるらしいわ。混乱に乗じて脱出するなら今だけど、お勧めはしないわよ。」

 カシューがそう言うと、彼は即答した。

「よし、ワタシも行く。連れて行け。」

「私と来ても、希望(ホープ)へは向かわないわよ?」

 カシューが忠告したが、彼は既に決めてからカシューに声を掛けて来たみたいだ。

 そんな彼は、返却口を指差して言う。

「ああ、構わんさ。ヘルメットを取って来る。そこに乗れば上に行けるんだな?先に上で待っていてくれ。」

 そして、彼は足早に立ち去った。

 そのタイミングで、カナタが上に着いたようだ。ヘルメットから、カナタの声が聞こえてきた。

「カシュー。着いたぞ。」

「了解。」


+


 長い長い食器用のエレベーターを使い、あっという間に四階に辿り着く。

 辿り着いた部屋は、閉鎖された空間で窓も無い。そこでは、トレーの洗浄用マシーンが、グオングオンと、大きな音を立てながらトレーを綺麗に洗っている。そこから沢山のトレーが一箇所に集められ、ロボットアームが一つずつ容器へ丁寧に並べていく。

 料理が注文されると、対応したアームが動き、トレーに温められた料理を載せて運び出す。

 カシューは、何か武器になりそうな物を探すが、食事用の切れ味の悪いナイフや刺さり難いフォークしか見つからなかった。キッチンだと言うのに、包丁すら置いていない。

「おい。聞こえるか?今そっちへ上がっている!」

 突然、イカロスの男性の声がヘルメットから聞こえ、カナタは目を丸くした。

 そんなカナタの視線を無視して、カシューが静かに答える。彼にも分かりやすい様に、監視カメラの映像をヘルメットに表示させる。

 視界の左上のボイスルームには、ウェイブ・ノヴァークと、彼の名が追加されていた。

「聞こえてるわ。今、奴等は、どんどん下の階へ向かって進んでいる。見つかったら死を覚悟して。こっちには、銃もそれを防ぐ手段もないのだから。あと、勝手な行動を取らない事。死なれたら、いくら私でも目覚めが悪いわ。」

「ワタシにも、それくらいの節度はある。任せろ。」


 返却用のエレベーターから出てくるウェイブを、カシューとカナタが手を貸して床に降ろす。

「助かる。」

「おっちゃん。これを。何もないよりかは、いいだろ?」

 カナタが、ナイフとフォークの入った箱を差し出した。それをウェイブは、快く受け取る。

「うむ。ありがとう。」

「ちゃんとお礼を言える奴だったんだな。」

 カナタが笑顔を向けると、ウェイブは小っ恥ずかしそうにした。

「ワタシをなんだと思ってる。」

「気難しそうなおっちゃん。」

「まあ、間違いではないかもな……。」

 ウェイブが頭を掻いて困っていると、カシューが呼びかけた。二人に手を招き、外の廊下の音に耳を傾けている。

「ほら、あなたたち。行くわよ。静かにね。」

 扉を開けて通路に出る。ヘルメットに映し出した監視カメラの映像を確認しながら、気をつけて進む。

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