侵入者と潜入者
カシューは、ヘルメットを脱いで、真っ赤な髪を露わにしていた。棚のヘルメットに、真剣な自分の顔が三つ、反射して映り込む。
カシューは、自身の顔と睨めっこしながら、左腕の端末を操作する。上の状況が気になる。タイミング的に、アーティファクトが関係しているのが明らかだ。まずは、敵の正体を知る必要がある。アーモンドの伝言が脳裏にチラつき、カシューは内心焦っていた。
腰の銀色の筒を気にしながら、カシューは、仮想キーボードを三つのヘルメットの前に設置する。そして、黄色い手袋をした指先で音もなくキーボードを叩き始めた。
カシューの左腕の画面と三つのヘルメットに、難しい文字列が並ぶ。カシューがキーボードを打ち込む度に、文字や記号が飛び交う。
まだ筒の中身も確認出来ていない。早過ぎる予定が予期せね予定を呼んで、タスクが渋滞してきた。待ってはくれないその予定が、カシューの頭を呑み込み通過して行く。まだ、デスペアからどう脱出するかも決めていないのだ。
カシューの頭の中は混乱し、顔に笑みが溢れてきた。簡単な任務ほど、詰まらない物はない。――面白くなって来たじゃない。
カシューの指が、仮想キーボードを貫通して、勢い良く棚を叩いた。
その瞬間。ヘルメットのガラスの文字列が消え、映像が映り込んだ。
一つは、施設の外の映像。電波塔から滑走路と施設の出入り口を見下ろしている。見知らぬ二機のシャトルは、階段が降ろされた状態で、エンジンを切って止まっている。
真っ暗な星空と酸素のない土の大地。静かなクレーター内には、これといって他に情報は無かった。
もう一つは、一階のセキュリティーホールだ。検査機が立ち並ぶその場所では、多くの機材から煙が上がっていた。
真っ黒な軍用のスーツを着た人達が、銃を構えて物陰に潜んでいるのが見える。映っている者だけで、四、五人だろうか。隙を突いては、銃弾を正面に撃ち込んでいる。
シャトル二機ということもあり、荒く見積もっても最低十人以上。謎の武装集団が、十五人は居ると思って間違いないだろう。
そして、最後の一つは、エレベーターへ向かう通路だ。頑丈な隔壁が閉じられ、赤いランプが点灯している。警備ロボットや施設の従業員が無線で連絡を取り合い、駆け抜ける姿が見えた。
まだ襲撃犯が、内部に侵入していないことが分かる。
扉が開き、カナタが戻ってきた。早速ヘルメットを取り外し、新鮮な空気を美味しく吸い込む。こもった空気を発散し、涼しげな部屋の空気で顔を洗った。
「ふう。ルミナスに聞いたが、上層に客だって?」
カナタは、汗ばんだ金髪を跳ね上げ、気持ち良さで笑みが溢れていた。
「ええ。監視カメラの映像を見てるけど。ついさっき、武装した奴等が突入して来たわ。」
カシューは、まだキーボードを操作して何かを調べている。
「まじかよ!でも、俺たちゃ安全だよな?ここには、何もないはずだし。あるのは、ゴミと債務者だけだ。」
大手を広げて、自分の事を自信満々にゴミだと言うカナタに、カシューは呆れた。
「そうね。カナタは、ここに隠れてなさい。」
「え?カシュー、お前は?って言うか、さっきから何してるんだ?」
棚の上のヘルメットに映る、三つの映像。カシューの端末の画面には、難しい文字列。そして、カシューは、その画面から目を離すことなく、キーボードを操作し続けている。
カナタは、この状況を理解出来ずに目を丸くした。
「ルミナスの権限を、上位に書き換えてるの。あと、私の命令には絶対に従うわよ。」
カシューがニヤっと悪い顔をしたのを、カナタは見逃さなかった。
「なんでそんな事を…?」
引きつった笑顔で困惑している察しの悪いカナタに、カシューは指を動かしながら冷静に言う。
「脱出する為に決まってるでしょ。あとは……ここを、こうして、よし!」
カシューは、指で棚を勢い良く跳ね上げた。プログラムの書き換えが完了した。
清掃作業の補助が主な仕事だったため、それ以上の権限がルミナスには無かった。カシューがルミナスの権限を上げた事で、ルミナスがこれまで出来なかった事が可能となった。
例えば、上層の扉の鍵を閉めたり、警備ロボットに命令を出したりだ。迅速に脱出する為には、ルミナスの手が必要だ。
それからカシューは、天に向かって声を掛ける。
「ルミナス。侵入者の位置は?」
《現在。セキュリティーホールを突破され、真っ直ぐにエレベーターホールへ向かっています。》
カシューは、ルミナスの返答を聞きながら、棚のヘルメットを一つ取り上げる。
「エレベーターの電源を落として!一階の隔壁とドアも全てロック。」
そう叫びながら、ヘルメットを装着した。
《了解しました。》
カシューは、ヘルメットの画面を元に戻して、出口へと向かう。そんなカシューを追いかける様に、カナタが聞いてくる。
「カシュー!どういう事だよ?お前が狙われてるのか?」
「私は、潜入捜査官なのよ。カナタ、短い間だったけど楽しかったわ。またね。」
外へ出ようとすると、カナタに腕を掴まれた。カナタの黄色い手袋が、カシューの二の腕を引き寄せる。
「待てよ!俺も行くよ!」
カナタは、真剣な顔をしてカシューを見つめた。
「は?足手纏いは、いらないわ。急いでるの。分かる?」
カシューは、ヘルメットのガラス越しにカナタをじっと見た。その目は、早く手を離せと訴えていた。
「それでも一人じゃ大変だろ?使えなくても、弾除けぐらいにはなるさ。」
カシューには、カナタがどうして着いてくると言うのか理解出来なかった。カナタに全く利がないからだ。
真面目なアホ面をするカナタは、断っても着いてくる恐れがある。それに、目を離した隙に、予期せぬ行動をされても厄介だ。
「はぁ…。この犬は、止めてもついて来そうね。」
カシューは、あらゆる想定をした後、カナタを連れて行く事に決めたようだ。
「じゃあ。ヘルメットを被って。これまで通りE―15に繋いで。」
「ああ、OK!」
カナタは、カシューに言われて、急いでヘルメットを被った。笑みを浮かべない様に気を付けているが、カナタの表情は、少し嬉しそうだった。
「それじゃ、行くわよ。」
カシューは、扉を抜けて通路に出る。
「どこを目指すんだ?」
二人は、大きな数字と扉の間を早足で抜けて行く。他の人達は、その扉の奥でまだ作業をしているはずだ。
「一旦、食堂から上に行く。」
「分かった!」
カシューは、大きな通路を突き進み、突き当たりの扉を目指した。




