破損と修復
「ルミナス。今日は、エラーがあったかい?」
作業部屋に入ったカナタが、景気よく聞いた。
《本日のエラーは、1件です。内容は、容器の破損です。》
エラーの件数は、初日が異常なだけだった。その後は、一日に一、ニ件が本当に有るか無いかで済んだ。通常業務の清掃と点検も中々に過酷だが、ドローンやロボットを使う事が出来るので、思ったより楽な仕事だった。
ルミナスが言い終わると、カシューが進み出る。
「今日は、私がやるわよ。カナタは、点検に行きなさい。」
カシューは、腰に手を当て堂々とカナタに言った。きっとそのエラーのコンテナに、例の物が入っているはずだ。ここは、譲れない。
「お?どうしたんだ急に?二人でやれば、すぐに済むだろ?」
カナタは、珍しくやる気を出したカシューを不思議に思いながらも、さっさと仕事を片付けようと洗浄ホースへと向かう。
しかし、カナタの行手をカシューが阻む。
「早めに一人で出来るようにならないと。カナタが、食べ過ぎで腹を壊した時に困るからね。」
「……。」
カナタは、罰が悪そうに黙る。腹を壊した経験が本当にあったのか、なんとも言えない恥ずかしそうな表情を浮かべている。
そして、ため息混じりに一息吐いてから、カシューに言う。
「なら今日は任せるが、何かあったら直ぐに言えよ?分からない事を勝手にやろうとして、死んだ新人も居るんだからな。」
「はいはい。任せなさいって。」
カシューは、カナタの心配症を面倒くさそうにあしらう。こっちには、別の仕事があるのだ。ここにカナタが居ては困る。
「今日は、久しぶりに音楽でも流しながら、まったりやるか。」
カナタは、嬉しそうに笑いながら、呑気に奥の扉を潜り抜けて行った。
「そっちこそ。ミスして新人の手を煩わせないことね。」
カシューの嫌味は、ボイスルームで何処に居ようと聞こえているはずなのだが、カナタの返事は無かった。
カシューは、握り締めた拳で壁の丸いボタンを叩きつける。すると、天井の中央部が開閉し、大きなコンテナがゆっくりと降りてくる。部屋の至る所に設置されているランプが回り、注意を促す。
《隔壁閉鎖。作業員は、細心の注意を払いながら作業を行なって下さい。》
ルミナスではない、ロボットたちと同じ音声アナウンスが流れた。
「加圧グラビティ、オフ。」
人工的にホープと合わせていた重力を、衛星本来の重力に戻す。すると、体が軽くなり、まるで水の中のように簡単に体が浮く。
カシューは、ガソリンスタンドの給油機の様なホースを壁から引き抜き、ホースを引っ張り出しながらコンテナに向かう。二台の小型のドローンがカシューを追い抜き先を行く。
カシューがヘルメットを操作すると、ヘルメットのガラス部分にコンテナの内部が可視的に表示される。コンテナの内部には、四角に圧縮されたゴミが、ネットに包まれ沢山並んでいるのが見える。
カシューは、ホースのトリガーを押し、汚染物質除去水をコンテナへ振りかけながら損傷箇所を探していく。ドローンたちも、コンテナの周りを回りながら水を吹きかけている。
損傷部分は、目視でも分かるほど大きかった。その場所から、小さなゴミや粉末が漂っている。液体が漏れ出ていないのは、運が良かった。
カシューは、体やヘルメットがコンテナに当たらないように気をつけながら、コンテナの中へ腕を突っ込む。コンテナの裂け口が鋭利なため、慎重に作業を進める。
裂けた穴の四隅の内側に、アンテナの様な小型の機械を貼り付ける。最後のアンテナを取り付け終わると、コンテナの裏側に貼り付けてある、筒状の物を引き剥がし手に取った。それを、腰の輪っかの一つに通すと、なぜかすっぽりと輪に収まり固定された。
コンテナから離れ、ヘルメットを操作して小型の機械を起動させる。すると、ビニール状の膜がアンテナ部分から出現し、繋ぎ合わさりコンテナの内部を覆った。
「簡単なものね。」
カシューは、ホースのボタンを切り替え、ビニールの膜へと向ける。そして、トリガーを引くと、粘着質なスライムが発射された。吐き捨てられたガムの様な物が、損傷箇所にベッタリとくっつき、ビニールごと覆い隠した。
「ルミナス、どう?」
《完璧です、カシュー。》
カシューが初日に懸念したルミナスだが、特に害は無く仲良くやっている。ルミナスは、本当に痒い所に手が届く。ルミナスが居ないのと居るのでは、作業効率が全然違った。ここでの作業は、ヘルメットの機能だけだと大変だろう。
カシューは、ホースを元の位置に戻し、壁のボタンを叩く。すると、コンテナが天井へ吸い込まれるように戻って行く。ランプがくるくると回る。
天井の扉が閉まると、壁から霧が噴射された。辺り一面真っ白になり、カシューの体は霧で包まれた。そして、霧は、中心部の床の中へ吸い込まれて行く。
カシューは、腰の筒に目を落とした。銀色の筒に、アーモンドの種がくっついている。アーモンドの種を取り上げると、小さな紙が挟まっていた。
カシューは、その紙を引き抜く。その紙は、アーモンドの内部でトイレットペーパーの様に巻かれてあった。引き抜くと、細い紙がどんどん出てきた。
そこには、小さな美しい文字で、こう書かれてあった。
『裏切り者がいる。気をつけろ。』と。
読み終えたカシューは、霧を吸い込んでいる中央の床へ投げ捨てた。アーモンドは、床の穴へ綺麗に吸い込まれて行った。
《隔壁解放。除染作業お疲れ様でした。》
また、いつものアナウンスが流れた。その後、ルミナスが語り掛けてきた。
《先程の文字は、どう言う意味なのですか?》
カシューの目、もしくは、ヘルメットのカメラを通して見られていたようだ。
「忘れなさい。データからも削除しといて。分かったわね。ルミナス?」
しかし、ルミナスは、カシューの命令を否定した。
《承諾致しかねます。それは、上層の騒ぎと関係がありますか?関係があるのであれば、報告する必要があります。》
「上層の騒ぎ?」
思わぬ情報がルミナスから飛び出し、カシューは聞き返した。
《15分ほど前、予定の無いシャトルが二機到着しました。現在、施設入り口で防衛中です。職員が、彼らの身元をナイツおよびワンに確認している最中です。》
これを聞いてカシューは、察した。アーモンドの知らせもあり、このアーティファクトと大いに関係がありそうだ。
「緊急事態じゃない。なんで警報を鳴らさないのよ?」
《作業員には、関係ないことと判断されたのでしょう。慌てて事故を起こされると、今後の業務に支障が出ます。》
「何それ。ひとでなしね。」
《ごもっとも。》
敵が向かって来ていると分かっただけで大きい。ここで悠長にしている余裕は、無さそうだ。直ぐにでも移動しなければならない。
「カナタ。カナタ!聞こえる?」
カシューは、洗浄ルームに移動しながらカナタに呼びかけた。すると、スピーカーから音楽が反響してきた。
「なんだいカシュー!ひゅー!いえーい!」
大音量のビートの中、カナタがノリノリで作業をしているのが伝わってくる。カシューは、楽しそうなカナタに大声で命令する。
「馬鹿やってる場合じゃないわ!緊急事態!今すぐ戻って来て!」
「なんだ?何やらかしたんだ?」
顔は一切見えないが、カナタがアホ面で首を傾げているのが分かった。
「話は、後よ!」
カシューの身体は、霧に包まれた。




