カシューとカナタ
黄色い長靴に黄色い手袋。そして、分厚い金属繊維で作られた白い服。ベルトには、道具を引っ掛けられるように、沢山の輪っかが付いている。
上着の襟の部分は、宇宙服のような円形の金属が付いていて、ヘルメットを装着する為だとなんとなく分かる。ただ、そのヘルメットは、部屋に置いていないようだ。大きく目立つ筈なのに、何処を探しても見当たらない。
先程までの宇宙服と違い。ゴミで破れたり、怪我をしないよう、かなり強靭に作られている。少し動き辛いが、ナイフで刺されたとしても大丈夫そうだ。
――これは、任務で使えるかも。持って帰りたい。
カシューは、そう思った。
優しい音のベルが鳴り、部屋の扉が勝手に開く。
《作業開始5分前です。作業員は、扉の前で待機して下さい。繰り返します――。》
音声案内が、廊下の方から聞こえてくる。ギリギリまで部屋に居たって仕方がない。そう感じたカシューは、廊下へ出ることにした。
廊下に出て辺りを見渡すと、殆どの扉が開け放たれていた。カシューと同じく、五名ほどが、既に扉の前で待機している。全部の部屋に人が居る訳では無さそうだが、このフロアには三十名ほど居るようだ。
閉じた部屋の扉に持たれかかり、時間がくるのを待っていたら、正面の部屋から背の高い金髪の男性が出て来た。カシューに気付き、話しかけてくる。
「お、新人さんか?よろしく。」
と、優しそうな笑顔をカシューに向けた。
カシューは、一旦黙って様子を見た。
彼は、カシューの反応が無いので、首を傾げている。
「言語が違うとかかな…。」
そう、ぶつぶつ言っては、顎に手をやり考え始める。
「聞こえてるわよ。よろしく。アホ面さん。」
カシューは、彼を揶揄ってみた。彼は、耳を赤く染めて恥ずかしそうにした。
「なっ!?確かにアホ面かもだが…!?アホ面は、止めてくれよ。カナタ。カナタ・ユーライだ。」
カナタは、カシューに手を差し出した。
「幽霊?」
「ユーライ!カナタでいいぞ。」
カシューは、カナタの手をガッチリ握り答える。
「カシューよ。よろしく、カナタ。」
握手を終え黄色い手を離すと、カナタがアホ面で聞いてきた。
「それで、カシューは、いくら借金したんだ?」
「ん?」
カシューは、片方の眉を上げて不思議な顔をした。
「いや、ここに居る奴等は、普通では返せないぐらいの借金をした者の集まりだろ?ここでの会話の常套句って奴さ。」
「あー。口説き文句とかじゃないんだ?」
カシューは、腕を組み背中を扉に預けたまま、カナタをニヤリと笑って見せた。
カナタは、動揺して両手を振った。
「違う違う!確かに君は、美人で魅力的かもしれないが、そういうつもりはないって!」
「クスッ。冗談よ。あなた、揶揄いがいがあって良いわね。」
カシューは、鼻で笑って通路を見渡した。大体の人達が廊下に出て来て待機している。静かな人や辛そうな表情をする者が多い中、カナタは元気で明るかった。
カナタもカシューと同じで、きっと人工素体なのだろう。生身の人間なら、カナタも深刻そうな表情をしているはずだ。だからこそ、そう予測が付いた。そうで無ければ、本当に只のアホ面だ。ここは、カナタが言った様に、多額の債務者の集まりで、並の労働環境な訳が無い。
「なんだよそれ。あぁ。仕事前にドッと疲れる…。」
カナタが肩を落としていると、隣の部屋の男性が声を掛けてきた。歯の抜けた、年配の男性だ。
「なんだカナタ。朝から騒がしいな。」
「やあ、ドク。今日は、新人が入ったみたいだぜ。」
「ほう。一人だけか?」
ドクは、結構な歳だが、髪は黒くボサボサとしている。カシューを見て品定めを始めた。
カシューが親指でオレンジ頭の方を指すと、ドクはそっちへ顔を向ける。すると、整ったちょび髭を見て、驚きの声を上げた。
「イカ…ロスか…?まあ、ちゃんと働いてくれるなら問題ないがな。」
カシューは、本当にそう呼ばれている事に驚いた。
――富豪落ち。
高みを夢見て、翼が燃え尽きた者。
何をしでかして地に落ちたのかは人によるが、大半が悪事をしでかした者だと想像がつく。富豪が無理な賭け事をする訳がないからだ。
ここでの作業を嫌がるあの男性は、一体何をしでかしてしまったのだろうか。これからの長い生活の中で、色んな憶測や噂をされて行くことになるだろう。
《作業開始時刻になりました。フロアの移動を開始いたします。》
アナウンスが鳴り響くと、機械の駆動音がフロアに響き始めた。
「カシュー。壁から離れないと危ないぞ。」
カナタにそう言われてカシューは、体を起こす。
すると、持たれかかっていた扉が、壁ごと上に上がって行く。床が下へ下がっているのか、壁が上に上がっているのか。どちらが正解か分からないが、下の階層へ向かっていることは確かなようだ。
ずっと何も無い真っ白な壁が続く。壁に付いている、点線の様なライトのおかげで、壁が動いていることが分かる。
ここに来る時のエレベーターもそうだが、構造が危険過ぎる。デザインや機能にこだわった、挙句の果てという感じだ。
しばらくすると、下から文字が徐々に現れた。
カシューの目の前には、E―15と大きく書かれた黒い文字が出現した。その下から、両開きのガラスの扉が現れる。
隣には、扉が無く。一つ飛ばした場所に、E―14と書かれた扉があった。扉の無い場所には、反対側の壁に扉があり、左右交互に扉が設置されているようだ。
「それじゃ、相棒。教えてやるから、しっかり頼むぞ!」
カナタが、意気揚々と扉へ進み出した。
「私とカナタで、ここに行くの?」
カシューは、呆然としながら指を差した。他の人達も二人一組で、扉へ向かって行く。イカロスの男性だけが、通路に一人で立ち尽くしていた。
「何だ?俺とじゃ、嫌なのか?」
カナタは、困った顔でカシューを見た。
「あなたがちゃんと教えられるのか、心配なだけよ。」
カシューは、そう言い放つと、扉を潜り中へ入って行った。
カナタは、自分の言動の何を間違えたのかを考えながら、カシューを見送った。
「がっはっは。ちげえねえ!カナタ、しっかり教えてやれよ。じゃあな。」
様子を見ていたドクが笑いながら、相棒の若い男性とF―15へ入って行く。
「ああ。また後で!」
カナタは、元気良く返事をしてカシューの後を追った。




