期待と機体
「ここね。」
ピスの示した座標は、この何の変哲も無い、普通の扉の先だった。――こんな場所に宇宙船が、本当にあるのだろうか。
そんな思いは、扉を開くとパッと消えた。
カシューが左腕の端末を操作して扉を開けると、そこには、数多くの鉄の塊が並んでいた。小型の宇宙船に車やバイクまでが、天井の高い倉庫内に綺麗に並べられていた。
少し歩いただけで、乾いた足音が広い空間に響き渡る。
「なんだこれ……。」
カナタは、唖然として機体の数々を見上げる。その辺のディーラーや展示場より規模が大きい。
「そりゃ、荷物でしょ。」
「荷物…?これがか?」
カナタは、羨ましそうに一台一台を眺めて行く。
「何?商品ポチッたら、メーカーから直接運ばれてくると思ってる訳?触っちゃ駄目よ。新品の商品、ベタベタ触られてたら、あなただって嫌でしょ?」
カシューは、カナタをチラッと見て注意した。そして、左腕の画面を眺めながら、機体の並ぶ間を歩いて行く。
カナタは、触ろうとした手を瞬時に引っ込めた。
「お、おう……。そうだな。」
カシューは、端末の画面と照らし合わせながら足を止めた。
「これだわ。」
カシューが画面のボタンを押すと、機体が乗っている床が前に移動した。茶色いメタリックの小型の宇宙船だ。薄い刃の様な前面から、背に向けて滑らかにカーブを描く機体は、鏡の様に光を反射する。黒光りするそのフォルムは、高級感があり、とても速そうに見える。
「ギンガミ社のボートシップか。」
カナタが腰に手を当てて見上げて言った。
カシューは、カナタが知っている事に驚いた。
「へー。知ってるのね。」
「CMで有名だからな。知らない奴は、いないだろ。」
大企業のGinGami社のCMは、この銀河で知らない者はいないだろう。魅惑的な女性と宇宙空間を駆け抜ける、シンプルながらも人々の目を引き付けるそのCMは、思わず社名を口ずさんでしまうほど記憶に残る。それに、どこの星へ行ったとしても、『GinGami』と、大きなロゴの入った広告看板が嫌でも目に入る。
「ふーん。乗り込むわよ。」
毎度の如く、白々しく答えるカシューに、カナタは呆れ声を上げた。
「聞いといて、興味なさそうだな。まあ、おれも宇宙船とか、あんまりだからいいけどよ。」
そう言ってカナタの大きな手の平が、船体に触れる。何重にも重ねられた金属板に、全身の熱が吸い込まれる様な冷たさを感じた。
そして、カシューの背中に綺麗な山を作った肩甲骨を追って、宇宙船の階段に足を掛けた。
「なんだこれ…。」
宇宙船の中は、真っ暗で、色んな機械に埋め尽くされていた。動けるスペースがほとんどない。背の高いカナタの体では、真っ直ぐ立つ事も不可能だった。天井にも剥き出しの配線が這っている。
カシューは、入り口で戸惑っているカナタに喝を入れる。
「何してんのよ。早く座りなさい。置いて行くわよ。」
「覆面パトカーとか、そういうやつか?」
カナタは、土管の中を潜り抜けるように背を低くして、キョロキョロと辺りを見回しながら座席に向かう。外観だけを一般の船体に見せ掛けた、ハイスペックな宇宙船で取り締まりをしていると、カナタは聞いた事があった。
しかし、この話は、何故かカシューには通じなかった。
「何よそれ?訳分かんない事言わないでくれる?」
カシューは、シャトルの時と同じ様に、パチパチとスイッチやレバーを忙しそうに操作している。
キュルキュルと、変わったエンジン音が鳴り始めると、入り口の階段がゆっくり折り畳まれて閉まった。
カナタは、座席と座席の間を掻い潜り、カシューの隣に腰掛けた。
「ええ。ええ。そうでしょうとも。こっちは、もっと、分かんねーっての。」
カナタは、不貞腐れながら柔らかい座席に腰を沈めた。
「それじゃあ、出発するわよ。」
カシューは、平然と操縦桿を握りながら、片手でレバーを下げる。
「え?待て!こんな所でエンジン掛けたら!新車たちが!」
カナタは、カシューの突然の行動に焦りながら、シートベルトに手を掛ける。前面のモニターに表示されている倉庫内の映像を見て、大声で叫んだ。
「知ったこっちゃないわよ。」
カシューは、満面の笑みでエンジンを噴射させた。エンジンから流れ出る沢山の煙の中、車両たちの吹き飛ぶ姿が画面に映る。
「さっきと言ってることが――!?」
宇宙船は、倉庫を勢い良く飛び出し、青い天井を目指して船首を上げた。
「違うぞぉー!?」
その速さは、後方で鳴り響く警報音を置き去りにして行く。余りの重力に、カナタはそれ以上何も言えなかった。気を失わないようにするだけで、精一杯だ。
隣のカシューは、楽しそうに舵を切る。緑色の綺麗な瞳は、ワクワクしながらオアシスの青い天井を一点に見つめ、眉も口角も上がりきっていた。こんな楽しそうにするカシューは、珍しい。
カシューの操縦する宇宙船は、貨物船の間をビュンビュン追い越し、空に開いた六角のゲートに突っ込んだ。
警報や警告を出しても、もう遅い。オアシスを包み込む大きな隔壁は、外部からの備えはあれど、中からの防衛策は皆無だった。
そんな隔壁から銃口が姿を現したのは、カシューたちの乗る宇宙船がオアシスを飛び去った後だった。




