赤と青
「それで、どうやってオアシスに入り込むつもりなんだ?」
ウェイブは、カシューの隣の操縦席に座り、野球ボールの様なオアシスを眺めていた。オアシスは、デスペアやサイクルと違い、表面が真っ白な人工物に覆われている。至る所で六角の大きな穴が開き、そこから宇宙船が出入りしている。
「オアシスには、あまり人がいないでしょ?」
「ああ、物流拠点の倉庫だからな。ほぼコンピューターによる自動運用だ。」
ウェイブが丁寧に説明する中、カシューは、キーボードを叩いて何かを入力していた。
「データの改ざんは、お手の物だから。心配いらないわ。後は、あなたたちの演技力次第ってところだけど。」
カナタは、カシューの座席に顔を乗せて、カシューの端末の画面を覗き見ていた。よく分からない文字が、ひっきりなしに動いている。
「そんなので上手く行くのか?人間だって馬鹿じゃないんだぞ?」
「いいえ。人間は、馬鹿よ。今の世の中、どんなデータもコンピューターによって管理されてるでしょ。嘘のデータでも、コンピューター上で辻褄が合っていて、あらゆる方面からも正常だと判断されれば、嘘も真実になってしまうの。」
「なんだよそれ。それで得してる奴が居るって事か?」
カナタは、理不尽な話を聞いて文句を言った。
「ええ。そうね。そして、その中には、簡単に嘘だと分かるデータも存在するわ。例えば、私やあなたたちがデスペアに送られる元になるデータとかね。」
カシューは、キーボードを打ち込む手を止めた。そして、得意気に話し続ける。
「どこからどう見ても赤信号なのに、人為的に青に変えられた正式なデータが存在する。おかしなデータなのに、上の決定には、コンピューターも逆らえないの。」
カシューは、一区切りすると、真面目なトーンに切り替えた。
「そして、ハッカーたちは、この偽りの青信号を利用して悪事を働く。改ざんされていて、しかも、正規のデータを使えるとなると、仕事が楽だからよ。正に負の連鎖ってやつね。大元を正すまで、処理されることがないんだから。まあ、限度ってものもあるだろうけど。今回は、それを利用する。」
カシューは、言い終わると、再び端末に向き合い始めた。
「ふーん。」
カナタは、分かった素振りをするが、分かっていなさそうだった。
オアシスの白い隔壁に近づいたシャトルは、カシューの改ざんしたデータによって、通行を許可される。貨物でも何でもない予定外の旅客機が、難なくゲートを通過する。――こんな事があっていいのか?
その様子を見て、カナタが驚愕した。意味の成さない隔壁。その巨大な骨組みを眺め、セキュリティーと言う言葉の薄さを目の当たりにする。
セキュリティーとは、倫理観や道徳と言った常識的な秩序の上で成り立つ物だ。それが崩壊している者たちは、出来るからと言って、何でもやってしまう。
定められた時間に、ゴミを出さない者と同じだ。――バレなければいい。
分別されていないゴミたちを一年間見てきたカナタは、その崩壊がゴミだけに留まらない事を実感し、そして、絶望した。
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それから、カシューたちの乗るシャトルは、無事にオアシスの大きな滑走路へと着陸した。青空の下、動きを止めたシャトルの後部では、貨物室のハッチが開かれようとしている。
その時、空港の方向からバギーが二台、大急ぎで駆け付けて来るのが見えた。運転席と助手席に一人づつ、武器を構えてシャトルに向かって来る。
カシューは、降ろしたハッチの上で彼らを出迎えた。止まりかけのエンジンや走行する船の影響で、滑走路には強風が吹き荒れる。
身体に吸い付いたボディースーツには、風の影響はない。だが、赤いショートヘアーが荒ぶった様に羽ばたいた。カシューは、綺麗な脇の下を見せながら、髪を押さえて彼らに言う。
「皆さん、貨物を降ろすのを手伝って下さい。このシャトルは、他の人達の救助に向かうため、直ぐに飛び立ちます。」
「分かったが、一体何の貨物なんだ?」
運転手の男性が、怪しみながら聞いた。アロハシャツにサングラスといった、バカンス中の富豪の様な格好だ。助手席で武器を持つ男も、兵士としてはお粗末な、一般的な普段着を着ている。
貨物室の中のカナタとウェイブは、荷物からロープの網を外していた。無重力でも荷物が散乱しないように、押さえ付ける為の網だ。
「俺たちが、脱出の際にパープルミストから奪って来た物資です。危険物かもしれないので、気をつけて運び出しましょう。」
作業の手を止めたカナタが、顔を外へ向けて言った。
デスペアがパープルミストに襲われている。という情報は、既に彼らにも伝わっているようだ。きっと、大々的なニュースになっているのだろう。
カナタの説明を聞き、彼らの警戒した顔が一気に緩んだ。
「なるほど、そういうことか。おい、急いで運び出すぞ!ロボットを上がらせろ!」
荷台に載っていた四角い箱のスイッチを押すと、折り畳まれていた脚が開いた。箱は、見る見る内に運搬用ロボットへと変形した。
二台のロボットは、ハッチを上り荷物の横に着くと、荷物を持ち上げて背中に載せた。そして、そのままハッチを下りると、空港の建物の方へ向かって走って行った。
「ニュースを観たよ。大変だったな。君たち、怪我はないか?」
「ええ。急に襲われて、警備員が何人も撃たれて……。シャトルへ移動中だった俺たちだけが、何とか逃げて来られたんです。」
カナタは、事前の打ち合わせ通りに話した。棒読み感が半端ないが、悲しみの表情だけは一丁前だった。ひょっとすると、今の状況を本当に悲しんでいるのかもしれない。
そのカナタの表情を見て、男性が感傷に浸る。
「辛い体験をしたんだな。おい、彼らを休める所へ案内してやってくれ。」
残りの小さな荷物を荷台に積み終えると、貨物室のハッチを閉めた。カシューは、シャトルのケツを叩いて、誰も居ない機内に向かって呼び掛ける。
「よーし。行っていいわよー!ありがとう!」
そう言って閉まるハッチから離れて、バギーの方へ移動した。それからカシューは、腕の端末を操作して、シャトルを自動操縦で離陸させる。
シャトルの操縦席には、カシューが倒したパイロットだった者を座らせてある。彼らのシルエットが、機体正面のガラスの窓に微かに映り込む。大きなエンジン音と共に、首を揺ら揺らとさせている。
シャトルは、ゆっくり進み始めたと思えば、一気に加速して空へ飛び立った。白い煙の軌跡を残しながら、青い天井を目指す。
カシューは、バギーに乗り込んで、飛び立つシャトルを見上げる。シャトルは、あのままデスペアを目指しつつ、パープルミストの軍艦を見つけ次第、帰投するよう設定して置いた。撃ち落とされる可能性が濃厚だが、上手く行けば、軍艦に穴を開けられるかもしれない。
シャトルは、青空に開いた黒い穴を通り抜け、宇宙の彼方へ飛び去った。
「それで、君たち。その服から着替えるかい?着替えるなら、手配するように言うが。どうする?」
「いや、騒動が終わったら、また戻されて仕事だろう。それに、備品を無くすと怒られそうだ。」
ウェイブが飽き飽きした顔で運転手にそう言うと、運転手は納得したようだ。
「確かに、そうだな。この騒動が、すぐに片付けくといいな。」
こうして三人は、バギーに乗せられ空港へと向かったのだった。




