軌道とサイクル
真っ黒な空間の中に煌めく星々。その存在を大きく隠すような宇宙戦艦が警告音を発している。大きな船体には、大中様々な砲台と幾つもの宇宙船を収容出来るゲート。天辺の管制室の上には、大きなレーダーが見える。まるで空母の様な鉄の塊が、ずっしりとした色味を見せ宇宙を漂っている。
その横を、小さな機体が幾つも横切る。軍艦からの警告音など無視して、縦横無尽に飛び回る。あれは、ピスが操作する小型の宇宙船とドローンだ。
軍艦と比べると豆粒の様な機体の尻から、白い煙をモクモクと発生させている。白い煙は、軍艦を徐々に包み込んで行く。大きな筒から砲撃が飛ぶが、煙が晴れることはない。穴を開けても、瞬きをすれば元に戻っている。
ここは、大気圏外の宇宙空間。そうそう上手く事が運ばない。こういうお遊びごとの類いは、軍では教えて貰えないだろう。頭の堅い上官が、歯を食い縛る姿が目に浮かぶ。
「すげえ!隠れるなら、今しかないぞ!」
カナタが座席から身を乗り出し、窓に頬をくっつけ様子を見ていた。いつの間にか外したヘルメットと黄色い手袋が、興奮するカナタの後方で宙を漂う。
「こっちは、見てる余裕ないってのっ。」
カシューは、ヘルメットの中で息を荒げていた。吐いた息でガラスの下部が曇る。そんな焦るカシューの横で、ウェイブは冷静に言う。
「嬢ちゃん。そうじゃない。機体を傾けるんだ。エンジンの推進力は、重力波から出る時に取って置け。」
ウェイブがカシューの手元に指を差して、アドバイスをする。カシューは、それに従った。
カシューたちのシャトルは、デスペアの軌道上をカーブしながら裏側を目指す。
ウェイブは、肉付きの良い頬を引き締め、まるで教習所の教官の様に指示を出す。彼は、本当に運転が得意な様で、カシューは連れて来て正解だったと安堵した。地下でヘタレていたちょび髭が、今は凛々しく見えるほどだ。
「よし、そうだ。そしたら、ゆっくり機体を戻しつつ、船首を上げろ。秒読み後に、エンジン噴射だ。五……四……三……二……一…。エンジン噴射!」
ウェイブの合図に合わせて、カシューはレバーを押した。体にのし掛かる重力と共に、機体が軌道を離れる。
シャトルは、真っ暗な宇宙空間に飛び出した。エンジンが静かになり、無が漂う。
操縦席の二人は、すぐさま計器を確認する。
「成功だ!」
その時、デスペアの裏側で爆発音が複数聞こえ、赤い光が宇宙空間に瞬いた。ヘルメットのボイスルームから、ピスの名前が消えた。
「ピス!」
カシューが彼女の安否を心配して叫ぶと、しばし沈黙が流れた――。
カシューは、目にしわを寄せて前をじっと見つめる。彼女の腕を信頼している。彼女が殺られる訳がない。これは、彼女の何らかの作戦だろう。
それからカシューは、気分を切り替えた様にヘルメットを外し始めた。
「私たちもヘルメットの通信を切りましょう。あと、腕の端末も。探知される可能性がある。」
カシューは、そう言ってシャトルのスイッチをパチパチ音を立てながら切り、シャトルの電源を落とした。
「彼女は、大丈夫さ。凄腕なんだろ?」
「ああ、ワタシ達が信じてやらんとな。」
二人は、腕の端末の電源を落としながら、カシューを優しく励ました。
無音走行中のシャトルの目下には、大きく綺麗な惑星ホープが見える。その美しい表面は、相変わらず騒がしく輝いていた。上空で騒がしい事件が起こっているにも関わらず、きっと富豪たちはバカンスの真っ最中だろう。
後方から追われているのかは、シャトルから確認出来ないが、正面にデスペアと良く似た第二衛星サイクルが見える。このままサイクルの軌道に乗って加速し、第三衛星オアシスに向かう予定だ。
「なあ、このまま別の惑星に向かった方がいいんじゃないか?」
カナタは、窓の外の景色を眺めながら、可笑しな提案をした。
「そんなことが、このシャトルに出来ると思ってるの?冗談は、顔だけにしなさいよ。まったく…。」
カシューは、赤い髪を掻き上げて、呆れ返った。カナタにとって、久しぶりの外だ。ほぼ一年振りと言ってもいい。外の世界に浮かれてしまっているのだろう。カシューは、そう思った。
ウェイブは、座席に深く腰掛け、一息吐いていた。禿げた頭部の先に居るカナタに補足する。
「カナタ、このシャトルが今こうして安全に飛んでいられるのは、三つの衛星とホープの重力のおかげなんだ。」
「どういうことだよ?」
「小さなデブリ。例えば、隕石の欠片や人工衛星、宇宙船から出たゴミだな。それがシャトルに当たっただけで、機体に穴が空いたりする訳だ。分かるか?三つの衛星とホープの絶妙な位置関係により、デブリは全て星へ吸い込まれ大地へと落ちる。よってシャトルには、基本的にデブリを弾くシールドも、探知して回避する手段も持ち合わせていないのだ。」
ウェイブは、サイクルと煌めく星々を眺めながら、事細かく説明した。
「でも、このシャトルは、パープルミストの機体だろ?」
カナタにしては、良い質問だった。
「パープルミストには、衛星がないし、こんなシャトルも必要じゃないわ。」
伸びをして、ゆっくりしているカシューに言われ、カナタは、少し考えてから口を開く。
「デスペアに乗り込む為に、用意したってことか?」
「さあ?乗り込むのは、サイクルかもしれないし、オアシスだったかもしれない。軍としては、あって損はないわよね?」
隣の星で何かあった時の備えという訳だ。仲が悪くなる事もあれば、手を取り合う事もある。こんな不便なシャトルを、救助に向かう為に用意したとは思えないが、今回の侵略行為など、備えて置くと何かしらに使えるのだろう。
「へー。本当にそういう世界ってあるんだな。」
カナタは、能天気に答えた。
「カナタは、随分と平和な星で育ったようね。」
カシューは、そんなカナタに嫌味を言うが、カナタはそれすらも気付かない。
「それで、どうしてこのまま宇宙に出られないんだ?」
「……。」
再び同じ質問を繰り返すカナタに、二人は絶句した。
カシューは、説明しても無駄だと悟り適当に答える。
「目を瞑って運転するのと同じだからよ。」
「なるほど!」
カナタが嬉しそうにした所で、ウェイブが話に割って入る。
「そろそろサイクルの衛星軌道に入るぞ。」
そう言って腕の端末を起動した。
カシューもウェイブに従い、ボタンやレバーを操作し始めた。
「了解。電源オン。エンジン点火準備OK。侵入角度はどう?」
カシューは、計器を覗き込みウェイブに聞いた。
「大丈夫。バッチリだ。」
ウェイブがカシューを見て嬉しそうに笑った。
二人の座席の間で、カナタが目を輝かせる。
「こういうの、ワクワクするな!」
「あなたは、座ってなくて大丈夫なの?」
「あっ!」
また急発進されては、堪らない。カナタは、慌てて座席へ飛んで行く。
慌ただしいカナタの後ろ姿に、ウェイブがやれやれと、ため息を吐く。そして、前に向き直り、カシューに愚痴を溢す。
「嬢ちゃん。なんでカナタを連れて来たんだ?」
「まさに今、後悔してるとこよ。」
呆れて言う二人の会話は、後部座席にも届いていた。
「おい!聞こえてるぞ!」
開け放たれた操縦室の扉の向こうから、カナタの叫ぶ声が聞こえた。
「エンジン噴射!」
凄い圧力が体に圧し掛かる。
シャトルは第二衛星サイクルの軌道に乗りながらスピードを上げ、そのまま軌道の外側へと放り出された。
エンジンが止まり、シャトルは一定のスピードを保つ。やっと体に掛かる圧力がなくなり、楽に動けるようになった。




