それぞれの役割
ヴィルの偽名はジギー・フォン・ロンベルトだという。
ルシー・ド・ティナールは婚約者らしい。
二人とも貴族のようだが、どうして豪華客船の旅のチケットが闇オークションへ流れていたのか。謎が深まる。
これからヴィルのことはジギー、私のことはルシーと呼び合うのだ。
「ルシー、あれがこれから乗る客船みたいだ」
ヴィルが指差したほうには、巨大な建物かと見まがうくらいの大きな船があった。
船体には、〝ヘルシャフト号〟と書いてある。
「ヘルシャフト――古い言葉で〝支配〟か」
「なんだか嫌な名前ですね」
「まったくだ」
船着き場にはトランクケースを抱えた人達が大勢いた。
一方、私はジェムが入ったバスケットを持つばかりである。
「ルシー、そのバスケットは私が持とうか?」
「いえ、これはですね、実はジェムが入っているんです」
ジェムは真面目にウサギになっているか、そっと覗いてみたら液体状になっていて、バスケットにぎっしり詰まっている状態だった。
「ちょっとジェム、怠けないでくれる?」
「どうした?」
「ジェムがこの通り」
ヴィルに見せると、ぎょっとしていた。
ひとまず布で覆って見えないようにしておく。
「たぶん、私以外の人が運んだら何をするかわからないので、お気持ちだけいただいておきますね」
「そのほうがいいかもしれない」
「それはそうと、私達のトランクケースはどこにあるのでしょう?」
事前に預けることができるようだが、それだと受取時間がかかってすぐに使えないらしい。直接持ち込むと話していたのに、ヴィルは何も持っていなかった。
キョロキョロと辺りを見回していたら、背後から声がかかった。
「待たせたな!!」
振り返った先にいたのは、左右に四つくらいのトランクケースを抱えるレヴィアタン侯爵とレヴィアタン侯爵夫人である。
いつもの服装ではなく、着古した感じの燕尾服とドレス姿だった。
「ルシーは初めてだったな。従僕のベンと、ルシーの侍女を務めるハンナだ」
「初めてお目にかかる、ベンだ」
「ルシー様、短い航海の間ですが、よろしくお願いしますね」
なんと、レヴィアタン侯爵夫妻が私とヴィルの使用人役だったなんて。
役割は逆のほうがよかったのではないか、と思ったものの、チケットの持ち主の情報をそのまま用いて使ったのだろう。
ちなみに私とレヴィアタン侯爵夫妻は同室らしい。
それに関しては心強い。
ボーー、と船から汽笛が聞こえた。
「優先搭乗が始まったようだな」
「ジギー様、ルシー、早く行きましょう!」
張り切って先陣を切るレヴィアタン侯爵夫妻のあとに、私とヴィルは続いたのだった。




