第009話 初めての共同依頼
レオンとセリア、初めての共同依頼です。
派手な無双ではなく、雑用係として積み上げてきた力で戦います。
俺たちが選んだのは、西森手前の低級魔物討伐だった。
依頼票には、角兎三体の討伐と書かれている。
角兎は名前こそ可愛げがあるが、額の角で人の脚を貫く厄介な魔物だ。
とはいえ、群れが小さければ新米冒険者でも相手にできる。
報酬は高くない。
だが、角と皮は素材として売れる。
ついでに森の手前で聖銀草の下位種が採れれば、解呪素材の資金にもなる。
「本当に同行するのか」
西門を出てすぐ、俺はセリアに尋ねた。
「何度も聞くな」
セリアは短く答える。
粗末な服の上から、ギルドで借りた革胸当てをつけている。
武器は中古の片手剣。
盾は木製の小盾。
どちらも聖騎士団副長が使うには貧弱すぎる装備だ。
それでも、彼女が持つと形になる。
背筋。
足運び。
視線の置き方。
装備の質より、身についた技量が先に見える。
ただし、体力は戻っていない。
歩き始めて半刻ほどで、セリアの呼吸はわずかに乱れた。
本人は隠しているつもりだろうが、肩の上下でわかる。
「休憩」
「必要ない」
「俺が地図を確認したい」
そう言うと、セリアは反論しなかった。
街道脇の倒木に腰を下ろす。
俺は地図を広げるふりをしながら、水袋を渡した。
セリアは少し迷い、受け取る。
「貴殿は、人に休ませるのが下手だな」
「勇者パーティでは、もっと露骨に言っていた」
「聞いたのか」
「あまり」
「なら、下手ではなく相手が悪かったのではないか」
思いがけない言葉だった。
俺は地図から顔を上げる。
セリアは水を飲み、何でもないように続けた。
「部下に休めと言っても聞かない者はいた。そういう時は任務として休ませる」
「俺が今やったのと同じだ」
「少し雑だがな」
「元聖騎士団副長から見て、改善点は」
「命令ではなく理由を与えたのは悪くない。だが、地図確認という嘘は甘い」
「ばれていたか」
「最初から」
セリアは淡々と言った。
昨日より会話が続く。
信頼ではない。
だが、互いの動きを測る段階には入った。
休憩を終え、森の手前へ入る。
俺は地面を見る。
小さな蹄跡。
草の食い跡。
角で樹皮を削った跡。
「角兎は二体」
「依頼票では三体だ」
「一体は古い跡だ。昨日か一昨日、別の場所へ移ったか食われた」
「食われた?」
「上位の魔物がいるかもしれない」
セリアの表情が引き締まる。
「撤退するか」
「まだ判断しない。まず周囲を見る」
俺は腰の袋から粉を取り出し、風に撒いた。
刺激の弱い魔物避け。
角兎には効かないが、鼻の良い魔物なら反応する。
反応なし。
次に、低い枝へ細い糸を張る。
角兎の突進を逸らすための簡易罠だ。
「戦う前に、ずいぶん準備するのだな」
「正面から勝てるなら準備はいらない」
「勝てないと?」
「俺はな」
セリアは黙った。
その沈黙に、侮りはなかった。
茂みが揺れる。
角兎が二体。
額に短い角。
見た目は小さいが、脚力は強い。
「左を受けられるか」
「受ける」
「倒さなくていい。止めるだけでいい」
「承知」
俺は投げ石で右の個体を挑発した。
角兎が跳ねる。
速い。
だが、直線的だ。
張った糸に触れた瞬間、角兎の進路がずれた。
そこへ俺は薬草の刺激粉を投げる。
目をくらませ、短剣で角の根元を打つ。
倒しきれない。
だが、動きは鈍る。
一方、セリアは左の角兎を盾で受けた。
鈍い音。
木盾に亀裂が入る。
セリアの膝が沈んだ。
「セリア!」
「問題ない」
声は冷静。
だが、力が足りていない。
本来なら受け流せる突進を、今の彼女は正面から耐えるだけで精一杯だ。
角兎が再び跳ねる。
「右足を半歩引け! 盾を斜めに!」
俺が叫ぶと、セリアは一瞬だけ迷い、それでも従った。
突進が盾の面を滑る。
角兎の体勢が崩れた。
「今!」
セリアの剣が落ちる。
首を断つほどの力はない。
だが、正確に脚を斬った。
角兎が転がる。
俺は自分の相手に粘着薬を投げ、動きを止めた。
最後はセリアが二体とも仕留める。
短い戦闘だった。
だが、セリアの額には汗が浮かんでいる。
「休むぞ」
「まだ素材回収が」
「回収は俺がやる」
「私も」
「君は周囲警戒」
セリアは言い返そうとしたが、役割を与えられたせいか黙った。
俺は角を切り取り、皮を剥ぎ、肉を分ける。
手早くやらなければ血の匂いで魔物が寄る。
その間、セリアは剣を構えて周囲を見ていた。
不意に彼女が言う。
「私は、弱くなった」
俺は手を止めない。
「呪印のせいだ」
「それだけではない」
「なら、体力低下と栄養不足と睡眠不足もある」
「慰める気はないのか」
「事実を並べている」
「残酷だな」
「嘘よりは役に立つ」
セリアは小さく息を吐いた。
「王都で、私は民を守る騎士だった。だが、檻の中にいる間、誰一人守れなかった。自分すら守れなかった」
「今は角兎を止めた」
「角兎だ」
「俺にとっては十分助かった」
セリアがこちらを見る。
「貴殿は、そういう言い方をする」
「どういう言い方だ」
「こちらが反論しづらい言い方だ」
俺は苦笑した。
素材を袋に詰め終え、周囲の足跡を確認する。
そこで、違和感に気づいた。
角兎の血に混じって、別の臭いがある。
湿った獣臭。
泥。
腐食毒。
泥牙狼。
いや、昨日の個体より大きい。
「撤退する」
俺は即座に言った。
セリアの表情が変わる。
「上位の魔物か」
「たぶん。角兎が三体から二体に減った理由がわかった」
茂みの奥で、低い唸り声がした。
地面が震える。
現れたのは、泥牙狼ではなかった。
狼に似た体。
額に折れた角兎の角を食い込ませたままの巨大な頭。
腐った泥をまとい、肩の高さは俺の胸ほどある。
泥牙狼の変異種。
低級討伐依頼に出てくる相手ではない。
「走るぞ」
「背を向ければ追われる」
「だから追わせる」
俺は周囲を見た。
倒木。
浅い窪地。
昨日作った粘着薬の残り。
角兎の血。
勝てない。
正面からは無理だ。
だが、止める方法ならある。
「セリア。十数える間、正面を止められるか」
「今の私にか」
「無理なら別の策を考える」
セリアは剣を握り直した。
「止める」
「無茶は」
「する。だが死にはしない」
変異種が唸り、泥を蹴った。
俺は背嚢から残りの薬を掴む。
共同依頼は、低級討伐で終わるはずだった。
だが、やはり俺の予定は、いつも予定どおりには進まないらしい。
変異種が一歩近づく。
その足が地面に沈むたび、腐った泥が跳ねた。
風向きは最悪。
毒を含んだ臭気がこちらへ流れてくる。
俺は口元に布を巻いた。
「セリア、息を浅く」
「わかっている」
返事は鋭い。
だが、声の奥に苦しさがある。
呪印がある体で、この臭気はきついはずだ。
俺は地面に視線を走らせた。
倒木の位置。
窪地までの距離。
使える草。
壊れかけた小盾。
俺の手元に残る薬。
正面から勝つ手段はない。
しかし、相手には痛みがある。
額の角兎の角。
あれが刺さったままだから、首の動きが少し鈍い。
怒りで直線的になっている。
なら、そこを使う。
「十数える」
俺は言った。
「その間だけ、あいつに君を見させてくれ」
「囮になれということか」
「違う」
「では何だ」
「主役だ。俺は裏方をやる」
セリアは一瞬だけこちらを見た。
青い瞳に、かすかな驚きが浮かぶ。
「妙な励ましだな」
「効いたか」
「少し」
彼女は盾を構え直した。
壊れかけの木盾。
中古の片手剣。
呪いで弱った体。
それでも、その背中は騎士だった。
変異種が吠える。
俺は薬瓶を握り、走る準備をした。
ここから先は、一つ間違えれば死ぬ。
だが不思議と、昨夜の宴会場にいた時より息がしやすかった。
勇者パーティにいた頃、危険はいつも誰かの命令の形で来た。
進め。
支えろ。
急げ。
黙って準備しろ。
今、目の前にいる変異種は明らかに危険だ。
だが、この危険には俺の判断が入っている。
逃げるか、止めるか、どの薬を使うか、セリアに何を頼むか。
自分で選んだ危険は、怖くないわけではない。
ただ、飲み込まれずに済む。
「レオン」
セリアが前を見たまま言った。
「指示を」
命令ではなく、指示。
従属ではなく、戦術。
俺は短く息を吸った。
「右へ三歩。盾は斜め。最初の一撃は受けるな、滑らせろ」
「承知」
その返答は、檻の中の女ではなく、戦場の騎士のものだった。
俺はその声を聞いて、作戦を一つ切り替えた。
彼女は守られるだけの人間ではない。
弱っていても、呪われていても、戦場で自分の役割を掴もうとしている。
なら、こちらも遠慮で扱ってはいけない。
壊れ物としてではなく、戦力として数える。
それがきっと、彼女に対する一番ましな礼儀だった。
俺は薬瓶の栓を親指で弾き、変異種の足元を見据えた。
勝ち筋は、まだ細いが見えている。
なら、掴みに行く。
今すぐ。
弱体化したセリアを、レオンは壊れ物ではなく戦力として数えました。
次回、格上の魔物を相手に、雑用係の戦い方を見せます。
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