第080話 王都の下に眠るもの
第八章の締めです。
古文書から、王都の下に眠る管理中枢の存在へたどり着きます。
王都ギルド支部の古文書庫は、地下にあった。
皮肉なものだ。
俺たちは、古い術式の正体を探すために、まず地下へ降りることになった。
ロゼッタが手配した閲覧許可は、かなり強引なものだった。
王都裁判の証拠調査。
勇者制度への補足審問資料。
奴隷契約の不正照合。
商人ギルド協力案件。
彼女は使える名目を全て重ねた。
「正規の手続きです」
ロゼッタはそう言った。
「少しばかり、正規が多いだけです」
ギルド職員は疲れた顔で許可印を押した。
その結果、俺たちは朝から古文書庫に入ることができた。
中は乾いた紙と革の匂いがした。
壁一面の棚。
鎖でつながれた大型台帳。
封蝋の残る木箱。
古い羊皮紙を保護するための薄い魔導膜。
イリスは入った瞬間、目を輝かせた。
「すごいです」
「寝ていないのに元気だな」
「こういう時は別です」
ロゼッタが即座に釘を刺す。
「倒れる前に申告してください」
「はい」
たぶん忘れる返事だった。
セリアは古い誓約文の棚へ向かう。
ミュールは入口と奥の通路を確認する。
ナギは東方由来の文様がある棚を探す。
ロゼッタは閲覧記録を確保する。
俺はイリスの横で、必要な資料を運んだ。
こういう時、俺の役割は相変わらず地味だ。
だが、地味な仕事は嫌いではない。
古文書は重い。
紙束一つにも、革紐、封蝋、保護板がついている。
乱暴に開けば破れる。
順番を間違えれば、どの写しがどの原本に対応するのか分からなくなる。
俺は台帳を運び、イリスが読む順に並べ、ロゼッタが写しを取ったものへ目印を挟んだ。
勇者パーティ時代、俺はこういう仕事を雑用と呼ばれていた。
今は違う。
この雑用がなければ、古代術式の手がかりは一枚ずつ埋もれていく。
セリアが小さく言った。
「貴殿の手は、こういう場でも役に立つな」
「剣よりは得意だ」
「それも戦いだ」
その言葉で、少しだけ肩の力が抜けた。
イリスが最初に見つけたのは、古い勇者認定書の原型だった。
「今の認定書より、文様がはっきりしています」
彼女は羊皮紙を慎重に広げる。
そこには、勇者の名、聖剣適合、教会承認、王国貸与といった項目が古い文字で記されていた。
そして末尾に、昨日見た管理印とよく似た文様がある。
「やっぱり」
イリスが呟く。
「今の印は、これを簡略化したものです」
ロゼッタが別の台帳を持ってくる。
「こちらは古い奴隷契約台帳です。表向きは廃止された形式ですが、中心文様は同じ」
セリアが棚の奥から一枚の写しを取り出した。
「聖騎士誓約文の原型もあった」
彼女の声は硬い。
俺たちが覗き込むと、そこには女神への誓い、王国への忠誠、民の守護が並んでいた。
そして、細かな文字でこうある。
任務拒否時、誓約管理者による再調整を許可する。
「再調整」
セリアがその言葉を噛みしめる。
「騎士を人ではなく、武具のように扱う言葉だ」
ミュールが奥から戻ってきた。
「こっち、隠し棚」
「よく見つけたな」
「足跡が変」
彼女が指した棚の前だけ、床の埃が薄い。
誰かが最近そこへ立っていた。
ロゼッタが許可証を見せ、ギルド職員に棚を開けさせる。
中には、閲覧記録簿があった。
表の記録簿とは別のものだ。
「教会関係者専用の閲覧記録ですわね」
ロゼッタの目が細くなる。
「日付が複数あります。聖剣管理、勇者認定、古代登録式、王都地下配置図」
記録簿は古いものではなかった。
紙の端はまだ新しく、インクも近年のものだ。
つまり、これは過去の遺物ではない。
今も使われている裏の閲覧記録だ。
ロゼッタが日付を読み上げる。
「五年前、勇者アルベルト様の正式登録前。三年前、聖騎士誓約文の改定時。一年前、王都奴隷登録制度の更新時。そして、今年」
「今年?」
「はい。黒杯闘技場崩壊の少し前です」
その言葉に、ナギの目が細くなる。
黒杯。
神域鍵。
王都地下配置図。
偶然では済ませにくい線が、また一本つながった。
「誰が見ている」
俺が聞く。
ロゼッタはページをめくり、指を止めた。
「エルヴィア・クラウゼル」
古文書庫の空気が、急に冷たくなった。
大司教エルヴィア。
彼女は、この資料を過去に閲覧している。
それも一度ではない。
「閲覧目的は」
俺が聞く。
ロゼッタは記録簿を指で追った。
「聖剣管理式の再確認。勇者適合者の精神負荷調査。旧式登録術式の保存状態確認。地下制御層の封鎖状況確認」
どれも、昨日今日の事件とつながる言葉だった。
エルヴィアは知らなかったのではない。
知っていた。
少なくとも、聖剣と勇者と古代登録術式と王都地下が無関係ではないことを。
そして昨日、彼女は穏やかに言った。
その聖剣は、教会が正式に管理いたします。
あの言葉は、とっさの判断ではなかった。
「やはり知っているのか」
セリアが言う。
「少なくとも、知らないふりはできません」
ロゼッタは記録簿の写しを取る。
イリスは、王都地下配置図という項目に反応した。
「地下配置図を見たいです」
ギルド職員は渋った。
「それは閲覧制限が」
ロゼッタが微笑んだ。
「王都裁判証拠調査、勇者制度補足審問、奴隷契約不正照合、商人ギルド協力案件です」
「……少々お待ちください」
職員は諦めた顔で奥へ行った。
待っている間、古文書庫の空気が変わった。
気のせいではない。
ミュールが棚の影へ視線を向ける。
ナギも刀の柄に指を置いた。
「見られてる」
ミュールが小さく言う。
「誰に」
「人。たぶん二人。あと、術式」
「術式?」
イリスが顔を上げる。
ミュールはうまく説明できないように耳を揺らした。
「目じゃない。でも、見てる感じ」
イリスは古文書庫の天井を見た。
「監視用の簡易術式かもしれません。資料を傷つけないためのものに見せて、閲覧者も見ている」
ロゼッタが唇を引き結ぶ。
「では、ここで見つけたことも、相手に伝わる可能性がありますね」
「急ぐ必要がある」
セリアが言った。
静かな古文書庫が、急に敵地になった。
ナギはその間、別の棚の前で立ち止まっていた。
「これ」
彼女が示した古文書には、東方の文様に似た図が描かれていた。
円形の門。
中央に鍵のような記号。
その周囲に、剣の軌道を思わせる線。
「東雲流の神域鍵に似ている」
「読めるか」
「全部は無理。でも、鍵という字は分かる」
ナギは文様を見つめた。
「拙者の一門は、ただの剣術ではなかったのかもしれない」
その言葉は、王都の地下へ続く別の扉だった。
ナギは文様に指を触れかけ、止めた。
「触らない方がいい」
「なぜ」
「鍵が、返事をしそう」
短い言葉だったが、俺たちはすぐに理解した。
五人の刻印は、まだ完全に静まっていない。
ここにある古文書が、もし同じ下層術式へつながっているなら、触れるだけで反応する可能性がある。
俺は資料台の周囲に薄い支援を流しかけて、やめた。
昨日の手の甲の文様を思い出したからだ。
何かを助けようとして、下層へ触れるかもしれない。
今は慎重であるべきだった。
職員が戻ってきた。
古い箱を抱えている。
中には、王都地下に関する断片資料が入っていた。
下水路。
旧礼拝堂。
封鎖区画。
王城地下保管庫。
古代制御層。
最後の言葉に、全員が動きを止めた。
「古代制御層」
イリスが震える声で読む。
「これ、ただの地下施設じゃありません」
彼女は資料を並べる。
勇者認定。
奴隷契約。
貴族血統登録。
ジョブ認定。
聖騎士誓約。
それぞれの古い形式に、小さな参照番号がある。
番号は違う。
だが、参照先の記号が同じだった。
王都地下。
古代制御層。
「全部、そこへつながっている」
イリスの声が小さくなる。
俺は羊皮紙の束を見た。
制度が違う。
書類が違う。
管理者が違う。
だが、参照先は同じ。
人を登録し、分類し、命令を通すための古い仕組み。
それが、王都の下にある。
ミュールが入口を振り向いた。
「誰か来る」
全員が動きを止める。
足音は近づいて、しかし扉の前で止まった。
入ってこない。
ただ、気配だけがある。
監視されている。
ロゼッタが低く言った。
「急ぎましょう」
イリスは最後の古文書を開いた。
古い文字。
かすれた線。
何度も修復された羊皮紙。
その末尾に、一文があった。
イリスは唇を震わせながら読む。
「管理中枢は、王都の下に眠る」
その瞬間、古文書庫の床が、ただの床ではなくなった。
俺たちの足元。
王都の石畳の下。
裁判所の下。
教会の下。
王城の下。
そこに、この世界の檻の中枢が眠っている。
ミュールが扉を見る。
セリアが盾を構える。
イリスが古文書を抱える。
ロゼッタが写しを鞄へしまう。
ナギが刀の柄に触れる。
俺は、足元を見た。
聖剣を封じた後で、俺たちはようやく理解した。
敵は上にいるだけではない。
王都の下にも、いる。
敵は上にいるだけではなく、王都の下にもいました。
次章では、レオンたちは制度の底へ降りていきます。
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