表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
79/145

第079話 もっと古い術式

報整理回です。

奴隷契約より下にある、もっと古い術式の存在が明確になります。

 イリスは、眠らなかった。


 いや、眠ろうとはした。


 ロゼッタに毛布をかけられ、解析ノートを取り上げられ、寝台へ押し込まれた。

 それでも、目を閉じるたびに腕輪が小さく光った。


 結局、夜明け前には全員が起きていた。


 王都の宿の一室。


 机の上には、聖剣暴走時の記録写し。

 登録庁の測定結果。

 五人の刻印反応を記したイリスのノート。

 勇者認定書と奴隷契約書の管理印の写し。

 そして、俺の手の甲に一瞬浮かんだ文様を、イリスが記憶を頼りに描いた紙。


 朝食前の机とは思えない。


 だが、誰も文句は言わなかった。


「整理します」


 イリスが言った。


 声は少しかすれている。

 だが、目ははっきりしていた。


「聖剣、奴隷刻印、登録庁の測定具、セリアさんの聖騎士誓約、ミュールさんの夜爪命令印、私の魔塔実験印、ロゼッタさんの債務契約印、ナギさんの黒杯登録と神域鍵。その全部に、共通する基礎文様があります」


 彼女は紙を並べた。


 素人の俺には、最初はただの曲線に見えた。


 だが、イリスが赤い線で中心をなぞると、確かに同じ形が浮かび上がる。


 円。

 鎖のような節。

 中央から外へ伸びる命令線。

 対象を識別する小さな刻み。


 イリスは、それぞれに仮の名前をつけて説明した。


「これは対象識別です。誰に反応するかを決める部分。奴隷契約なら奴隷本人、勇者認定なら勇者本人、債務契約なら債務者本人です」


 赤い線が、中央の小さな刻みをなぞる。


「これは管理者接続。所有者、教会、商会、魔塔、騎士団。表向きの相手は違いますが、構造は同じです」


 次に、外側の節を指した。


「これは制限条件です。動くな、逆らうな、魔力を出すな、逃げるな、契約を破るな。命令文そのものではありませんが、命令が通る道です」


 ミュールが嫌そうに耳を伏せる。


「道、多すぎ」


「はい」


 イリスは頷いた。


「しかも、古い術式ほど道が太いです」


 命令の通り道。


 人の中にそんなものがある。


 それだけで、気分が悪くなった。


「表面の術式は違います」


 イリスは説明する。


「奴隷契約は所有者と対象者を結ぶ。聖剣は勇者と剣を結ぶ。債務契約は契約者と債権者を結ぶ。騎士誓約は騎士と王国、教会を結ぶ」


「別物に見えるな」


「はい。でも、下の層が同じです」


 彼女は一枚の紙を指で押さえた。


「対象者を登録し、命令または制限を通すための基礎式です」


 部屋の空気が冷える。


 ロゼッタが腕を組む。


「つまり、制度が違っても、登録様式が似ている理由はそこですか」


「たぶん」


 イリスは頷く。


「奴隷契約も、勇者認定も、ジョブ証明も、債務契約も、全部が同じ古い仕組みの上に作られている可能性があります」


「ジョブ証明も?」


 俺は聞き返した。


「登録庁の棚に、職能証明の測定板がありました。刻印測定具と形が似ていました」


 イリスは少し迷ってから続ける。


「あれも、たぶん同じ系統です」


 俺の背中が冷えた。


 ジョブ。


 この世界で、人が何者かを示すもの。

 剣士、治癒師、鍛冶師、斥候、商人、魔導師。


 それまで自然な分類だと思っていたものまで、同じ基礎式の上にあるかもしれない。


 勇者パーティにいた頃のことを思い出す。


 荷物持ち。

 雑用係。

 補助要員。


 正式なジョブではないと笑われた。

 戦闘職でも、専門職でもない。

 だから価値が低いと扱われた。


 だが、その分類そのものが誰かの登録の上にあるなら。


 俺が無能と呼ばれた理由も、アルベルトが勇者と呼ばれた理由も、セリアが反逆者とされた理由も、イリスが危険物とされた理由も。


 すべて、同じ棚に入れられていただけなのかもしれない。


 棚の名前が違うだけで。


「奴隷契約より古いのか」


 セリアが問う。


「はい」


 イリスの返事ははっきりしていた。


「奴隷契約は、この古い術式を利用して作られた新しい制度です。土台ではありません」


 ミュールが耳を伏せる。


「じゃあ、首輪を壊しても、下にまだある?」


「そうです」


 イリスは苦しそうに言った。


「首輪は、見える形です。でも、下の登録が残っているから、測定具は反応しました」


 ナギがうなじに触れる。


「檻を壊しても、檻の図面が残っている」


「近いと思います」


 ナギは目を細めた。


「なら、図面を斬る必要がある」


「斬れるものなら」


「斬れないなら、斬れる形にする」


 短い言葉だった。


 だが、そこには諦めがない。


 黒杯で死に場所を探していたナギではない。

 今のナギは、壊すべきものを見つけた剣士の顔をしていた。


 ロゼッタは帳面を開いた。


「制度面で見ると、筋が通ります」


 彼女は、勇者認定書、奴隷契約書、債務記録、登録庁の手続き案内を横に並べる。


「どの書類にも、本人の名前、所属、管理者、承認者、制限事項があります。分野は違いますが、記録の骨組みが似ています」


「それは、役所の書類だからではないのか」


「普通はそう考えます。ですが、印の構造まで似ているなら話が違います」


 ロゼッタは管理印を指す。


「制度が似ているのではなく、同じ仕組みを別制度に流用している可能性があります」


「誰が流用している」


 セリアが問う。


 ロゼッタは即答しなかった。


「少なくとも、奴隷商会単独では不可能です。勇者認定、騎士誓約、登録庁の測定具、魔塔の実験印まで同じ基礎を使っているなら、複数組織をまたいだ管理者がいます」


「教会か」


 俺が言うと、ロゼッタは慎重に頷いた。


「現時点で断定は避けます。ただ、教会は複数制度に関与しています。勇者認定、聖騎士誓約、登録庁立会い、聖剣管理」


 イリスが小さく付け加える。


「エルヴィア様の法衣にも、古代文字がありました」


 その名前が出ると、部屋の温度が少し下がった気がした。


 優しい主人。


 昨日の言葉は、まだ消えていない。


 もし彼女がこの古い術式を知っているなら。


 そして、それを善意で使っているなら。


 俺たちが相手にするものは、奴隷商人よりずっと厄介だ。


 俺は机の上の紙を見た。


 セリアが奪われた誇り。

 ミュールが押し込められた命令。

 イリスが実験台で受けた制御。

 ロゼッタが署名させられた債務。

 ナギが背負わされた鍵。


 別々の悲劇ではない。


 同じ根から伸びた枝かもしれない。


「レオン」


 セリアが俺を呼んだ。


「貴殿の手の文様は」


 来た。


 俺は右手を見た。


 今は何もない。


 だが、昨夜の熱はまだ覚えている。


「俺の支援にも反応した」


 俺は言った。


「痛みを和らげようとしただけだ。命令するつもりはなかった。でも、刻印の下層に触れたと言われた」


 誰も責めなかった。


 それが逆に苦しかった。


「俺の力は、もしかしたら」


 喉が詰まる。


「お前たちを助ける力じゃなくて、同じ仕組みに干渉する力なのかもしれない」


 沈黙。


 最初に口を開いたのはロゼッタだった。


「その可能性はあります」


 はっきり言った。


 慰めではない。

 だが、冷たくもない。


「だからこそ、隠さないでください」


「隠すつもりはない」


「今後、支援術、刻印干渉、調律、治療を行う時は、今まで以上に同意確認を徹底します。記録も残します」


 ミュールが言った。


「レオンが変になったら、止める」


「頼む」


「強めに」


「できればほどほどに」


 イリスが少しだけ笑った。


 セリアは真剣な顔で言う。


「力の出自は重要だ。だが、それ以上に、どう使うかを私たちは見てきた」


 ナギが頷く。


「今、隠さなかった。それでいい」


 その言葉で、少しだけ呼吸が戻った。


 俺は怖い。


 自分の力が、エルヴィアの言う「優しい主人」へつながるかもしれないことが。


 だが、五人は俺だけに答えを持たせなかった。


 それが救いだった。


「レオン」


 セリアが静かに言う。


「貴殿の力が危険なら、危険なまま扱えばよい。剣も同じだ。危険だからこそ、誰へ向けるかを選ぶ」


 ミュールが続ける。


「レオンが勝手に命令しそうになったら、ミュールが止める。たぶん気づく」


「たぶんか」


「絶対、より正直」


 イリスが少しだけ笑い、それから真面目な顔に戻った。


「私も見ます。術式の流れを。怖いですけど、見ない方がもっと怖いです」


 ロゼッタは帳面を開く。


「では、暫定規約を作ります。レオン様の支援が刻印下層へ触れる可能性がある場合、本人同意、第三者観測、事後記録を必須にする」


 ナギが頷いた。


「道具にしないための、型」


「そうです」


 ロゼッタは即答した。


「自由は気分だけでは守れません。手続きも必要です」


 俺は息を吐いた。


 エルヴィアの手続きは、人を管理するためのものだった。


 だが、ロゼッタの手続きは違う。


 誰か一人が主人にならないためのものだ。


 同じ書類でも、使い方でまるで違う。


 イリスが、もう一度紙を見下ろす。


「結論を言います」


 部屋が静まる。


「これは奴隷契約ではありません」


 彼女は、聖剣、測定具、五人の刻印、俺の手の文様を順に指した。


「もっと古い、全部の下にある術式です」


 その言葉は、朝の薄明かりの中で重く落ちた。


 奴隷契約を壊せば終わる。


 そう思っていた道が、さらに深い地下へ続いていると分かった瞬間だった。



奴隷契約を壊せば終わりではありませんでした。

聖剣、刻印、ジョブ認定の下にある古い術式が、王都のさらに深い場所へ続いています。

少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ