第065話 御前試合
王都裁判編の決戦、御前試合です。
五人の連携とレオンの支援が、勇者の正面突破とぶつかります。
王都の御前試合場は、法廷よりもずっと広かった。
白い石で組まれた円形の舞台。
その周囲を、貴族席、騎士団席、教会席、魔塔席、そして民衆の観覧席が取り囲んでいる。
中央の高い席には、王族の紋章が掲げられていた。
誰が座っているかは、薄い幕で見えない。
けれど、見られていることだけは分かる。
王都中が、この試合を見ている。
勇者パーティと、元荷物持ち。
英雄と、奴隷を連れた男。
強さとは何か。
守るとは何か。
裁判で言葉になった問いが、今度は剣の場へ持ち込まれた。
「緊張していますか」
ロゼッタが隣で尋ねる。
「している」
「正直でよろしいです」
彼女は帳面を閉じ、眼鏡の位置を直した。
「試合規約は読みました。殺傷目的の攻撃は禁止。観客席への攻撃も当然禁止。魔導具の使用は事前申告制。ただし、聖剣は勇者固有装備として例外扱い」
「そこが怪しいな」
「はい。例外は、いつでも抜け道になります」
イリスが小さく頷く。
「聖剣の魔力、ずっと揺れています。普通の魔導具なら、あんなに呼吸みたいな波形は出ません」
彼女の声は震えていた。
だが、目は試合場から逸れていない。
セリアが盾を構える。
王都騎士団から押収されるはずだった盾ではない。
ガレスが夜通し鍛え直した、今の彼女のための盾だ。
「正面は私が受ける」
ミュールが短剣を回し、袖の中へ消した。
「死角はミュールが消す」
ナギは刀の鯉口を切らず、ただ柄に手を添えていた。
「流れを断つところで斬る」
俺は五人を見た。
命令しない。
号令で縛らない。
俺がするのは、彼女たちが選んだ動きをつなぐことだ。
「全員、無理はするな」
ロゼッタが苦笑した。
「それは命令ですか」
「ただのお願いだ」
「なら、聞くかどうかは各自の判断ですね」
五人が、それぞれ小さく笑った。
その笑みで、少しだけ息がしやすくなった。
向かい側の門が開く。
アルベルトが現れた。
白い外套。
輝く鎧。
腰には聖剣。
その姿だけなら、間違いなく勇者だった。
彼の後ろには、リリアとダリオが続いていた。
さらに、王都騎士団から貸し出された重戦士ボルグ、教会側の魔導士エレンも控えている。
クラウスとフィーネは先の失敗続きで負傷と消耗が重く、この場には立てなかったらしい。
もはや昔の勇者パーティそのものではない。――けれど、王都が民衆へ見せたい「勇者側」の陣容としては十分だった。
裁判で証言した者もいる。
顔を伏せている者もいる。
けれど、観客席から見れば、彼らはまだ勇者側の一団だった。
歓声が上がる。
昨日までより、少しだけ濁った歓声だった。
勇者の名に反射的に手を叩く者がいる。
裁判の証言を思い出し、迷う者もいる。
セリアを見て祈る騎士見習いがいる。
ミュールの姿を追おうとして、もう見失っている者がいる。
イリスの腕輪を見て、魔塔席の魔導師たちが顔を寄せ合う。
ロゼッタの帳面を見て、商人たちが妙に真剣な顔になる。
ナギの刀に、東方から来た旅商人が息を呑む。
そして、解放者の家から救われた者たちもいた。
観覧席の端。
まだ首輪の跡が残る者。
手首に布を巻いた者。
黒杯闘技場で剣を握らされていた者。
彼らは叫ばない。
ただ、見ていた。
自分たちを所有物ではないと言った五人が、王都の真ん中で剣を取る姿を。
俺は、その視線を背中に感じた。
この試合は、俺たちだけのものではない。
アルベルトは剣を抜いた。
「レオン」
刃が光を返す。
「ここでは帳簿も証言書も役に立たない。最後に残るのは力だ」
「力は必要だ」
俺は答えた。
「でも、最後に残るのが力だけなら、人を守る理由までなくなる」
アルベルトの目が細くなった。
審判役の騎士が旗を上げる。
「試合、開始」
旗が振り下ろされた。
最初に動いたのは、アルベルトだった。
速い。
分かっていても、息が詰まる速さだった。
聖剣の白い軌跡が、一直線に俺へ向かう。
「セリア!」
俺が叫ぶより先に、セリアはもう前に出ていた。
盾が光を受ける。
衝撃が空気を震わせ、白い石の床に亀裂が走った。
観客席から悲鳴が上がる。
セリアは一歩も退かなかった。
「重いな」
彼女は歯を食いしばりながら言う。
「だが、受けられぬ重さではない」
その言葉に、騎士団席が揺れた。
セリア・ヴァレンシュタイン。
かつて反逆の汚名を着せられた聖騎士。
その彼女が、勇者の聖剣を正面から受けている。
倒れるためではなく、誰かの前に立つために。
盾の縁から火花が散る。
ガレスの鍛えた金具が悲鳴を上げながらも、砕けない。
「セリア、右肩」
俺は支援術に鑑定の感覚を混ぜ、盾越しの負荷を読む。
「分かっている」
セリアは半歩だけ足をずらした。
それだけで、聖剣の重さが床へ逃げる。
俺の指示ではない。
俺が見えたものを渡し、彼女が選んだ動きだ。
アルベルトの横から、ダリオが回り込む。
その影が、途中で消えた。
ミュールがいた。
短剣と短剣が、音もなく交差する。
「そこ、通行止め」
「いつからいた」
「最初から」
ミュールの足が、ダリオの踏み込みを潰す。
斬るのではなく、進ませない。
その間に、魔導士エレンが詠唱を始めた。
炎の槍が三本、空中に生まれる。
イリスが息を吸った。
「流れを、ほどきます」
彼女の腕輪が淡く光る。
炎の槍は消えなかった。
ただ、向きがわずかに逸れる。
観客席へ向かいかけた一本が、試合場の内側へ戻された。
イリスは蒼白な顔で、それでも立っていた。
「怖いです。でも、見えます」
俺は彼女の背に支援術を重ねる。
薬師。
治癒師。
鑑定士。
調律師。
ひとつひとつは小さい。
だが、重ねれば、彼女たちの呼吸を少しだけ楽にできる。
ボルグが巨大な斧を振り上げた。
ナギが動く。
抜刀は一瞬だった。
斧の柄、その一点だけを刀が叩く。
力の流れが切られ、ボルグの一撃は床を砕くだけで終わった。
「人ではなく、軌道を斬る」
ナギは静かに言った。
「それで十分」
ロゼッタが試合場の端から声を上げる。
「審判、今の魔術は観客席外縁へ逸れました。規約第七項に基づき、次回同系統魔術は反則警告です」
審判騎士が慌てて魔導記録石を確認する。
エレンの顔色が変わった。
「見ていたの?」
「帳簿も規約も、見落としを許しません」
ロゼッタは涼しい顔で答える。
彼女は剣を持っていない。
盾もない。
魔術で炎を消すこともできない。
けれど、戦場には規則がある。
勝つために相手が踏み越えようとする線がある。
そこを見つけ、声にして、衆目の前で封じる。
それもまた、戦いだった。
勇者パーティは初めて、力以外の場所から足を止められていた。
エレンが次の詠唱を躊躇する。
ボルグが踏み込みを迷う。
ダリオがミュールを警戒して、いつもの速度を失う。
その迷いを、ナギが見逃さなかった。
「間が空いた」
彼女の声は静かだった。
次の瞬間、刀の峰がボルグの斧だけでなく、彼の足運びそのものを崩した。
倒すのではない。
殺すのではない。
戦えなくなる一歩手前で止める。
それは黒杯闘技場で強いられた剣ではなく、彼女自身が選び直した剣だった。
五人の動きが噛み合っていく。
セリアが受ける。
ミュールが死角を消す。
イリスが魔力を曲げる。
ロゼッタが反則の抜け道を塞ぐ。
ナギが決定的な軌道を断つ。
俺は命令していない。
ただ、必要な場所へ支援を流す。
足りない薬効を補い、筋肉の疲労を和らげ、魔力の乱れを読む。
彼女たちの選択が、次の選択へつながるように。
アルベルトの剣が、何度も白い軌跡を描く。
強い。
やはり、強い。
まともに受ければ、誰かが倒れる。
だが、倒れない。
一人で受けないからだ。
セリアの盾が角度を変え、ナギの刃が勢いを削り、ミュールが踏み込みを遅らせ、イリスが聖剣の光の偏りを読み、俺がその情報を支援術で全員へ返す。
アルベルトの一撃は、少しずつ届かなくなっていった。
「なぜだ」
アルベルトが吠える。
「なぜ倒れない。なぜ、荷物持ちのお前たちが」
「一人で勝とうとしていないからだ」
俺は言った。
セリアが前へ出る。
「勇者アルベルト。貴殿の剣は強い」
盾で聖剣を受け流す。
「だが、背を見る者を忘れた剣は」
ミュールが足元へ入り、アルベルトの体勢を崩す。
「隙だらけ」
イリスの腕輪が光り、聖剣の魔力の膨張を一瞬だけ押し返す。
「ここ、乱れています」
ナギが踏み込む。
刀の峰が、アルベルトの手首を打った。
聖剣が弾かれかける。
ロゼッタの声が響いた。
「勝敗判定可能です。勇者側、主武装保持不安定。続行は危険」
審判騎士が旗を上げかけた。
その時だった。
「まだだ」
アルベルトが、聖剣を両手で握りしめた。
「俺は勇者だ。俺が負けるはずがない」
聖剣が鳴った。
金属の音ではない。
どこか、首輪が締まる時のような、嫌な音だった。
イリスの顔から血の気が引く。
「待ってください」
聖剣の白い光が、青黒く滲んだ。
アルベルトの腕に、黒い紋様が浮かぶ。
観客席が悲鳴を上げた。
光が、試合場の外へ向いた。
民衆のいる席へ。
「セリア!」
俺が叫ぶ。
セリアが盾を構える。
ナギが刀を抜き直す。
ミュールが観客席側へ走る。
ロゼッタが審判台へ向かって叫ぶ。
「防御結界を上げなさい! 今すぐ!」
イリスは、震えながら聖剣を見ていた。
「あの剣にも」
彼女の声が、試合場に落ちる。
「隷属刻印に似た術式があります」
聖剣の光が、観客席へ放たれた。
御前試合には勝ちました。
しかし直後、聖剣に隷属刻印に似た術式があると判明し、光は観客席へ放たれます。
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