第064話 勇者パーティ崩壊
追放ざまぁの山場です。
レオンが抜けた後、勇者パーティが何を失っていたのかが公の場で明らかになります。
公開裁判は、すでに告発人の思い通りには進んでいなかった。
最初は、俺が五人を違法に所有しているかどうかを裁く場だった。
だが今、法廷の視線は別の場所へ向いている。
勇者パーティとは、何だったのか。
勇者アルベルトは、本当に一人で全てを成し遂げていたのか。
その問いが、一度生まれてしまった。
裁判長は苛立ったように木槌を握っていた。
教会席の者たちは、互いに目配せをしている。
魔塔の使者は書類を伏せ、騎士団の将校はセリアから視線を逸らした。
ロゼッタは、その全てを見ていた。
「裁判長。次の証拠群へ移ります」
「まだあるのですか」
「はい。レオン様追放後の勇者パーティ活動記録です」
法廷がまたざわめいた。
アルベルトが立ち上がりかける。
「そんなものは、この裁判と関係ない」
「関係あります」
ロゼッタは即座に返した。
「告発人は、レオン様を不要な荷物持ちであり、奴隷を侍らせる偽善者であると主張しました。ならば、レオン様が本当に不要であったかどうかは、告発人の信用性に関わります」
裁判長が口を開く前に、傍聴席のざわめきが大きくなった。
ここで止めれば、隠したと思われる。
続ければ、勇者の傷が開く。
裁判長は、そのどちらも嫌がっていた。
「……提出を許可します。ただし、裁判との関連が薄いと判断した場合は打ち切ります」
「承知いたしました」
ロゼッタが頭を下げる。
その姿は丁寧だったが、少しも引いていなかった。
「まず、王都南方ギルド支部の依頼失敗報告です。魔狼討伐依頼。結果、討伐対象の一部を取り逃がし、護衛対象の馬車二台が損傷。原因欄には、事前に購入すべき解毒薬の不足、および夜営地選定の誤りと記されています」
「魔狼の毒が想定より強かっただけだ」
アルベルトが吐き捨てる。
「次に、東街道護衛依頼。勇者パーティは道中で食料不足に陥り、依頼人の積荷を一部買い取る形で補填しています。代金は未精算。宿屋組合への苦情も同時期に三件」
「商人どもが大げさに言ったのだ」
「次に、北砦救援依頼。装備破損による帰還遅延。予備の弦、替え刃、馬具補修材なし。鍛冶師ガレス殿の所見では、遠征前の点検が行われていれば避けられた可能性が高い、と」
「鍛冶屋ごときが、勇者の戦いを語るな」
その言葉に、傍聴席の職人らしき男が顔をしかめた。
アルベルトは気づいていない。
彼はまだ、自分がどこを踏んでいるのか分かっていなかった。
ロゼッタは静かに次の書類を取る。
「そして、王都近郊の巡礼路護衛。依頼は達成扱いですが、負傷者七名。うち三名は、応急処置の遅れにより後遺症が残ったと記録されています」
法廷の空気が重くなった。
俺は息を止めた。
勝った負けたの話ではない。
そこには、実際に痛みを負った人がいる。
イリスが、ぎゅっと自分の腕輪を握っていた。
「治癒術師は、勇者パーティに同行していたはずです」
ロゼッタが言う。
アルベルトの隣にいた女が、肩を震わせた。
勇者パーティの治癒役、リリア。
かつて俺に、薬草の在庫をもっと早く出せと怒鳴ったことのある女だ。
彼女は目を伏せている。
「証人リリア殿。応急処置が遅れた理由を」
裁判長が呼ぶ。
リリアは、しばらく口を開かなかった。
アルベルトが鋭く睨む。
「言う必要はない」
「証人への威圧はお控えください」
ロゼッタが冷たく言った。
リリアは小さく息を吸う。
「……薬が、足りませんでした」
法廷が静まる。
「以前は、レオンが予備を分けていました。毒消しも、止血薬も、傷口を洗う薬も。私は、治癒術で足りると思っていました。でも、魔力が尽きた後に使う薬がなくて」
「リリア」
アルベルトの声が低くなる。
リリアは肩を震わせたが、続けた。
「私は、レオンのことを軽く見ていました。荷物を持って、後ろで帳面を見ているだけだと思っていました。でも、あの人がいなくなってから、何がどこにあるのか、誰も分かりませんでした」
その告白は、剣よりも深く刺さった。
アルベルトではなく、法廷全体に。
勇者の仲間だった者の言葉だからだ。
ロゼッタは追い打ちをかけなかった。
ただ、一礼して次の証人へ移る。
次に立ったのは、勇者パーティの斥候役だった男、ダリオだ。
彼は不機嫌そうに腕を組んでいたが、裁判長に促されると、渋々口を開いた。
「俺は、戦闘ならアルベルトが一番だと思ってる」
彼は最初にそう言った。
「そこは変わらない。魔獣の群れに突っ込んで道を開くのは、あいつにしかできない」
アルベルトの顎が少し上がる。
だが、ダリオは続けた。
「ただ、道を開いた後のことを、誰も考えていなかった。迂回路、撤退路、補給地点、依頼人の避難先。そういうのは、レオンが勝手にやってた」
「勝手に、ではありません」
ロゼッタが挟む。
「必要だから、行っていたのです」
ダリオは苦い顔で頷いた。
「ああ。今なら分かる」
アルベルトの拳が震えた。
「お前らまで、俺を裏切るのか」
「裏切りじゃない」
ダリオが言った。
「事実を言ってるだけだ」
その瞬間、勇者パーティという看板に大きな亀裂が入った。
傍聴席の誰もが、それを見た。
仲間の口から出た、否定ではなく、認定。
アルベルトは強い。
それは誰も否定していない。
だが、強いだけでは回らなかった。
その事実が、公衆の前で形を持ってしまった。
セリアが静かに呟く。
「剣だけでは、隊は守れない」
騎士団席の一部が、気まずそうに視線を落とした。
彼女の冤罪を知る者もいるのだろう。
あるいは、知らないふりをしてきた者かもしれない。
ミュールは、傍聴席の暗がりを見ていた。
夜爪の気配を探している。
イリスは書記官の魔導記録石を見つめていた。
この証言が、消されないように。
ナギはアルベルトを見ていた。
強い者が、自分より弱い言葉に追い詰められていく様を。
さらに、商人ギルドの男が証言台に立った。
「勇者様に逆らうつもりはありません」
男は何度もそう前置きした。
「ただ、レオン殿がいた頃は、支払いの遅れがあっても事前に連絡がありました。損害が出る可能性のある依頼では、保証金も置かれていた。こちらとしては、勇者様の名というより、レオン殿の帳面を信用していたのです」
アルベルトの表情がさらに険しくなる。
「俺の名ではなく、あいつの帳面だと?」
「商いは、名声だけでは回りませんので」
男は震えながらも、そう言った。
法廷のあちこちで、商人たちが小さく頷いた。
次に出されたのは、宿屋組合の苦情控えだった。
破損した扉。
未払いの馬小屋代。
無断で使われた厨房。
勇者パーティだからと、泣き寝入りしてきた細かな損害。
ひとつひとつは小さい。
だが、小さいものほど積み上がる。
ロゼッタはそれをよく知っていた。
「これらの問題は、レオン様在籍時にも起こり得ました。ですが、記録上はほとんど残っていません。なぜか」
彼女は俺を見ずに言った。
「事前に防がれていたからです」
俺は、少しだけ目を伏せた。
褒められている気はしなかった。
ただ、あの頃の自分が、ようやく存在していたものとして扱われている。
それが不思議だった。
「地味な仕事です」
ロゼッタは続ける。
「誰も歓声を上げません。詩人は歌いません。ですが、失われた時に初めて、誰もが困る仕事です」
傍聴席の空気が、また変わった。
勇者の栄光が、急に遠いものに見えたのかもしれない。
代わりに、薬代を立て替えた商人や、壊れた扉を直した宿屋や、帰ってこない馬車を待った人々の顔が見え始めた。
ロゼッタが最後の書類を閉じる。
「以上です。レオン様は、勇者パーティにおいて不要な荷物ではありませんでした。少なくとも、告発人が主張するほど単純な存在ではなかった。その事実は、告発の信用性を大きく損ないます」
裁判長は黙っていた。
教会席の者たちも、すぐには反論しなかった。
法廷は、もう最初の法廷ではない。
俺は、アルベルトを見た。
彼は俯いていた。
一瞬だけ、何かを考えているようにも見えた。
だが、次に顔を上げた時、その目には反省ではなく、燃えるような怒りがあった。
「口先で勝ったつもりか」
アルベルトの声が、低く響く。
「帳簿、証言、記録。そんなものを積み上げて、俺の剣を否定できると思うな」
「否定していない」
俺は言った。
「お前の剣は本物だ。だからこそ、その剣で何を守るのかを問われている」
「ならば」
アルベルトが、腰の聖剣へ手を伸ばした。
騎士団が一斉に身構える。
法廷警備が槍を向けた。
だがアルベルトは剣を抜かなかった。
ただ、柄を握りしめ、王族席へ向かって声を張り上げた。
「剣で証明してやる」
法廷が凍る。
「御前試合を要求する。勇者パーティと、レオン一行。どちらが本当に人を守れるか、王都の前で示してやる」
裁判長が青ざめた。
教会席の白い袖が、止めるように動く。
だが、遅かった。
傍聴席が沸き立つ。
民衆はもう、その言葉を聞いてしまった。
ロゼッタが小さく息を吐いた。
「最悪で、最高の手です」
「分かってる」
俺は答えた。
アルベルトは追い詰められている。
だからこそ、もっとも得意な場所へ引きずり込もうとしている。
剣の場へ。
勝敗が一目で分かる場所へ。
そして、勇者という称号が最も輝く場所へ。
アルベルトは笑った。
「逃げるなよ、レオン」
俺は五人を見た。
誰も、目を逸らさなかった。
「逃げない」
俺は言った。
王都裁判は、剣の舞台へ移る。
勇者パーティの崩壊は、強さだけでは冒険も人も支えられないことを示しました。
追い詰められたアルベルトは、裁判を剣の舞台へ移します。
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