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第062話 戦乙女たちの証言

五人の戦乙女が、それぞれ自分の言葉で証言する回です。

ここまでの各章で得たものが、法廷で一つずつ返ってきます。


「奴隷身分の者の証言は、主人の意思による誘導を受けている可能性がある」


 裁判長の言葉は、法廷の中央に冷たく残った。


 五人の証言を聞く。


 だが、最初から疑っている。


 それでも、五人は前へ出た。


 一人ずつ、証言台へ向かう。


 その背中を見ながら、俺はこれまでのことを思い出していた。


 檻の中で背筋だけを残していたセリア。

 喉元に短剣を当て、「命令して」と言ったミュール。

 地下施設で「開けないで」と叫んだイリス。

 競売台の上で、買い手を選ぶ目をしていたロゼッタ。

 黒杯の砂の上で、魔獣へ弔いの剣を立てたナギ。


 誰も、最初から自由だったわけではない。


 けれど、誰もただ救われただけでは終わらなかった。


 自分で選び、自分で立ち、自分の言葉を取り戻してきた。


 それを、今からこの法廷で証明する。


 俺が何かを命じるのではない。


 彼女たち自身が、証明する。


 そのために、俺ができることは一つだけだった。


 黙って、彼女たちの言葉を奪わないこと。

 守るために、前へ出すぎないこと。

 それが今の俺の役目だった。

 ひどく難しい役目でもあった。

 拳を握るほどに。


 最初に証言台へ立ったのは、セリアだった。


 盾は持っていない。

 剣もない。


 それでも、彼女は騎士として立っていた。


「セリア・ヴァレンシュタイン。元王国聖騎士です」


 法務官がすぐに言う。


「現在は呪印付き奴隷身分ですね」


「違います」


 セリアは静かに返した。


「呪印を受け、奴隷として扱われた過去はあります。ですが、今ここに立つ私は、レオンの所有物ではありません」


 法廷がざわめく。


「では、なぜ彼に同行しているのです」


「自分の騎士道で選んだからです」


 セリアは裁判長を見る。


「レオンは、私に命令しませんでした。剣を取れとも、盾になれとも、従えとも言わなかった。私が盾を持って彼の前に立つのは、私が守るべきものを選んだからです」


 リカードが騎士団席で目を伏せた。


「名誉を取り戻すためだけなら、私はここまで来ませんでした。同じように紙で切り捨てられた者を守るため、ここにいます」


 セリアは証言台を降りた。


 騎士団席が小さくざわめいた。


 リカードは顔を上げられずにいる。

 若い騎士の一人が、隣の上官を見た。

 その上官はすぐに視線を前へ戻させた。


 セリアの言葉は、騎士団を直接責めたわけではない。

 だが、騎士であろうとする者の胸には届いたはずだ。


 俺は、彼女が檻の中で値踏みされていた日のことを思い出した。


 あの時の彼女は、背筋だけでかろうじて自分を支えていた。


 今は違う。


 彼女は、自分で立っている。


 次に、ミュール。


 彼女は小さな体で証言台へ立つ。

 フードは下ろしていた。

 銀灰の耳が、法廷の視線を受ける。


「名は」


 裁判長が問う。


「ミュール」


「夜爪所属の獣人暗殺者では」


「だった」


 短い答え。


「今は、ミュール」


 法務官が眉をひそめる。


「レオンに命令されて証人を守ったのではないのですか」


「違う」


「では、なぜ」


 ミュールは少し考えた。


「殺せなかった人がいた。昔。命令は、殺せだった。でも、殺せなかった」


 法廷が静まる。


「そのせいで売られた。失敗作って言われた。でも、昨日、似た人を守った。レオンの命令じゃない。ミュールが、守るって決めた」


 彼女は顔を上げる。


「ミュールは、ミュール。誰の刃かは、ミュールが決める」


 短い。

 だが、強かった。


 傍聴席の一部は、意味を掴みかねた顔をした。


 けれど、夜爪の匂いがあるという梁の方で、わずかに気配が揺れた。


 ミュールはそれに気づいていた。

 気づいたうえで、振り返らなかった。


 もう、合言葉を求める声には戻らない。


 証言台から降りる時、彼女は俺の横を通り過ぎながら小さく言った。


「言えた」


「ああ」


「あとで褒めて」


「必ず」


 ミュールの耳が、ほんの少しだけ立った。


 次はイリスだった。


 彼女は証言台へ立つ時、少し足を止めた。


 魔塔席からの視線が刺さっている。


 俺は息を飲む。


 だが、イリスは自分で前へ出た。


「イリスです。魔導師です」


 魔塔の使者が冷たく言う。


「未回収研究資産では」


 イリスの指が腕輪に触れる。


「違います」


 声は震えていた。


 それでも、止まらない。


「私は魔塔で研究していました。事故を起こしました。責任はあります。でも、私は危険物ではありません」


 彼女は腕輪を見せる。


「これは拘束具ではありません。私が自分で設計に関わり、自分で使うと決めた調律腕輪です。レオンは私を封じませんでした。私が自分の魔力と向き合う方法を、一緒に探してくれました」


 裁判長が問う。


「それも誘導では?」


「誘導なら、怖いと言うことも、戻りたくないと言うことも許されなかったと思います」


 イリスは深く息を吸う。


「私は怖いです。でも、怖いまま、自分の言葉でここにいます」


 魔塔席の使者が、不快そうに眉を寄せた。


 それは、イリスの言葉が届いた証拠だった。


 危険物。

 研究資産。

 事故原因物。


 そう呼べば、彼女の恐怖も責任も研究も、すべて魔塔の管理下に置ける。


 だが、今のイリスは違った。


 怖いと言った。

 責任があると言った。

 それでも、自分でここにいると言った。


 法廷の片隅で、若い魔術師らしき傍聴人が、腕輪をじっと見ていた。


 調律腕輪。


 拘束具ではない道具。


 その意味に、誰か一人でも気づけばいい。


 ロゼッタが次に立った。


 彼女は証言台へ立つと、まず一礼した。


「ロゼッタ・フォルン。元フォルン商会令嬢。現在はレオンさんの契約担当です」


 法務官が言う。


「債務奴隷として購入された記録があります」


「あります」


 ロゼッタはあっさり認めた。


「ですが、購入された瞬間から交渉しました。報酬条件、契約担当としての権限、帳簿管理権限。すべて記録に残っています」


 彼女は書類を掲げる。


「主人と奴隷の関係で、奴隷が主人の財布を管理しますか?」


 傍聴席がざわめいた。


「私はレオンさんに従属しているのではありません。彼の財布を監視し、契約を管理し、必要なら叱る立場です」


「叱る?」


 裁判長が眉を動かす。


「ええ。無計画な善意は破産を招きますので」


 法廷の一部に、小さな笑いが起きた。


 初めて、空気が少しだけ緩んだ。


 それは小さな変化だった。


 だが、ロゼッタは見逃さない。


 彼女は笑わせるために言ったのではない。

 主人と奴隷という図式を崩すために言ったのだ。


 奴隷が主人を叱る。

 奴隷が帳簿を管理する。

 奴隷が契約条件を出す。


 その矛盾が、法廷の空気に小さな穴を開ける。


 ロゼッタは証言台を降りる時、俺を見た。


「笑われたのではなく、崩しましたわ」


「わかってる」


「ならよろしい」


 最後にナギが立った。


 刀はない。

 首輪は残っている。

 だからこそ、視線が集まる。


「ナギ・シノノメ」


 彼女は名乗った。


「東雲流の継承者です」


 法務官が言う。


「黒杯闘技場の東方剣奴ですね」


「そう呼ばれた」


 ナギは否定しない。


「だが、拙者は獲物ではない。商品でもない」


 教会席の白い袖がわずかに動く。


 ナギは続けた。


「黒杯で、レオンは拙者に命じなかった。逃げろとも、戦えとも、従えとも言わなかった」


 彼女の視線が俺へ一瞬だけ向く。


「選べと言った」


 法廷が静まる。


「拙者は選んだ。黒杯に戻ることではなく、檻を壊しに戻ることを。レオンは主ではない」


 裁判長が問う。


「では、何だと言うのです」


 ナギは少し考えた。


「道連れ」


 短い言葉。


 けれど、その中に彼女なりの信頼があった。


「道が同じ間、隣を走る者です」


 教会席の白い袖が、今度ははっきり動いた。


 ナギの「東雲流」という名。

 神域鍵保持者という帳簿の記述。

 そして、道連れという言葉。


 彼らは、ナギがただの剣奴ではないことを知っている。


 だからこそ、ナギが自分の言葉で立つことを嫌がっている。


 ナギは証言台を降りる前に、もう一度法廷を見回した。


「拙者の首には、まだ首輪がある」


 法廷が静まる。


「だからこそ言う。首輪がある者にも、意思はある」


 その一言は、法廷の奥まで届いた。


 五人の証言が終わった。


 法廷は、始まった時とは違うざわめきを持っていた。


 所有物。

 奴隷。

 危険物。

 剣奴。


 その言葉だけでは、彼女たちを説明できない。


 少なくとも、そう感じた者がいたはずだ。


 ロゼッタが席に戻り、小さく息を吐く。


「まず一つ、穴は開きました」


 その時、アルベルトが立ち上がった。


「茶番だ」


 法廷のざわめきが止まる。


 アルベルトは五人を見た。


「奴隷が、自分は奴隷ではないと言っただけだ。主人に都合のいい言葉を覚えさせられただけだろう」


 俺の胸の奥が、熱くなる。


 アルベルトは言い放った。


「奴隷の証言に価値などない」


 法廷が凍った。


 五人の証言を、彼は一言で踏みにじった。


 俺は立ち上がった。


 今度は、ロゼッタも止めなかった。

 止めるべき言葉ではないと、彼女も知っていたのだ。



五人の証言を、アルベルトは「奴隷の証言」として踏みにじりました。

その言葉に対して、次はレオン自身が立ち上がります。

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「奴隷の証言」だと踏み躙るのなら、「命令をしなかった主人の証言」ならどうだ? 一つ一つの「証言の再生」が、やがて大きな波になる。 そこには「黒爪、赤鎖、魔塔、教会、そして勇者」が出てくる。 「雑…
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