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第061話 裁判開廷

公開裁判が始まります。

王都、教会、騎士団、魔塔、そして民衆の視線の前で、五人の扱いが問われます。

 裁判の日の朝、指定宿の食堂は誰も騒がなかった。


 食事は用意されていた。

 薄いスープ。

 固いパン。

 少しの干し肉。


 だが、誰も普段通りには食べられない。


 セリアはパンを小さく割り、半分だけ口にした。

 ミュールは皿より窓の外を見ている。

 イリスは腕輪を何度も触り、魔力の流れを整えていた。

 ロゼッタは食べながら書類を確認するという器用なことをしている。

 ナギは匙を持ったまま、法廷へ向かう道を頭の中で測っているようだった。


「食べてください」


 ロゼッタが言った。


「裁判は長いです。空腹は判断を鈍らせます」


「君はよく食べられるな」


「食べられるのではありません。食べるのです」


 彼女は干し肉を噛み切る。


「戦場へ空腹で行く者は、帳簿以前の問題ですわ」


 その言い方に、少しだけ空気が緩んだ。


 セリアが残りのパンを口に入れる。

 ミュールもスープを飲む。

 イリスは深呼吸してから匙を取った。

 ナギは少し迷い、粥ではないスープを静かに飲んだ。


 俺も食べた。


 味はあまりわからなかった。


 食後、ロゼッタは書類鞄を閉じた。


「確認します」


 彼女は俺たちを見る。


「まず、怒鳴らない」


 俺を見る。


「主にレオンさん」


「わかってる」


「次に、剣を抜かない」


 セリアとナギを見る。


「相手が言葉で殴ってきても、ここでは言葉で返します」


 セリアは頷いた。

 ナギは少し不満そうだったが、頷いた。


「ミュールさんは、周囲の監視を」


「見る」


「イリスさんは、魔塔側から挑発されても、資料の順番を守る」


「はい」


「私は、相手の言葉を全部拾います」


 ロゼッタは最後に、自分の胸元を軽く叩いた。


「今日の目的は勝つことではありません。相手の土俵で、こちらが人間だと認めさせる最初の穴を開けることです」


 勝つことではない。


 穴を開けること。


 その言い方が、妙にしっくりきた。


 紙の檻に、まず穴を開ける。


 俺たちは宿を出た。


 王都中央法廷へ向かう道には、人が集まっていた。

 昨日の門前での騒ぎが広がったのだろう。


「奴隷を五人連れた男だ」


「勇者様が告発したという」


「黒杯を潰した連中でもあるらしい」


「どっちなんだ」


 好奇と疑いが混じった声。


 それでも、昨日よりは少し違う。


 黒杯を潰したという噂も混ざっている。


 完全な敵意ではない。

 まだ揺れている。


 ロゼッタは小さく言った。


「民衆は、思ったより早く揺れます。だから相手は公開裁判を急いだ」


「揺れているうちに、俺たちを悪者に固定するためか」


「ええ。そしてこちらは、その前に別の見方を差し込む」


 法廷の扉が見えた。


 大きな白い扉。

 その上に刻まれた言葉。


 法は秩序を守る。


 その秩序が誰のためのものかを、今日見ることになる。


 王都中央法廷は、劇場に似ていた。


 高い天井。

 半円形の傍聴席。

 中央に置かれた証言台。

 奥には裁判長の席。

 その背後に、王国旗と教会旗が並んでいる。


 法の場。


 そう呼ぶには、あまりにも多くの視線があった。


 貴族。

 商人。

 ギルド関係者。

 騎士団。

 魔塔。

 教会。

 そして、王都の民衆。


 前列には、身なりのよい貴族たちがいた。

 彼らは退屈そうに扇を動かしながら、こちらを見る。


 中段には商人たち。

 黒杯の押収記録に自分たちの名があるかどうか、気にしている顔もある。


 騎士団席には、リカードの姿があった。

 彼はまっすぐ前を見ている。


 魔塔席には、昨日の使者。

 イリスを見る目は冷たい。


 教会席には白い袖が並び、その中の一人を見た瞬間、ナギの呼吸がわずかに変わった。


 ミュールが小さく言う。


「夜爪の匂いもある」


「法廷に?」


「上。梁の近く。隠れてない。見せてる」


 脅しだ。


 裁判の場にまで、暗殺組織の匂いを置く。


 こちらに「いつでも届く」と知らせるために。


 公開裁判。


 ロゼッタは、その意味を昨夜こう言った。


「相手は民衆の前で貴方を悪者にしたい。ですが、こちらも民衆の前で相手の紙を破れます」


 強気な言葉だった。


 だが、法廷に立つと、さすがに胃が重くなる。


 俺の隣には五人がいる。


 セリアは背筋を伸ばし、盾を持たずに立っている。

 ミュールはフードを下ろしていた。

 イリスは腕輪に触れ、深く息をしている。

 ロゼッタは書類鞄を抱え、目だけで法廷の構造を読んでいる。

 ナギは刀を預けさせられたが、姿勢は崩れていない。


 武器を持たない彼女たちを見て、安心した顔をする者がいる。

 逆に、物足りなそうな顔をする者もいる。


 どちらも同じだ。


 彼女たちを人として見ていない。


 裁判長が入廷した。


 白髪の男。

 法衣の襟元に、小さな教会印。


 ロゼッタの目が細くなる。


「教会寄りですわね」


「見ただけでわかるのか」


「隠す気がありませんもの」


 裁判長は席に着き、木槌を鳴らした。


「開廷する」


 その音で、法廷が静まる。


「本件は、レオンなる者による違法所有奴隷疑義、奴隷身分者の無許可移動、危険人物の私兵化、ならびに王都治安維持法への抵触を審理するものである」


 言葉が、ひとつひとつ石のように落ちる。


 違法所有奴隷。

 私兵化。

 危険人物。


 こちらを先に悪者として置く言葉だ。


 アルベルトは告発人席にいた。

 白い外套。

 勇者の剣。

 隣には王都法務官。


 彼は余裕のある顔でこちらを見ている。


 裁判長が言う。


「告発人側、申し立てを」


 法務官が立った。


「はい。本件被告レオンは、元勇者パーティ所属の雑務担当でありながら、追放後、各地で奴隷身分の女性を買い集めました」


 買い集めた。


 傍聴席がざわめく。


「対象は、呪印付き元聖騎士、獣人暗殺者、魔塔由来の危険魔導師、債務奴隷の元商人令嬢、黒杯闘技場から持ち出された東方剣奴」


 五人が、属性として読み上げられる。


 名前ではない。


 檻の名前だ。


「これらを同行させ、戦闘行為、証拠押収、闘技場襲撃に用いた。これは私兵化であり、王都治安維持上、極めて危険であります」


 アルベルトが立つ。


「俺からも言わせてもらう」


 裁判長は頷いた。


「許可する」


 アルベルトは民衆の方へも聞こえるように声を張った。


「レオンは、昔から裏方だった。戦う力はない。だからこそ、自分の代わりに戦う女奴隷を集めた」


 傍聴席が揺れる。


「俺は勇者として、こんな危険な私兵集団を放置できない」


 よく言う。


 黒杯でナギを買おうとしたのは誰だ。


 拳に力が入る。


 ロゼッタが小さく言った。


「まだです」


 わかっている。


 裁判長がこちらを見る。


「被告側、反論を」


 ロゼッタが立った。


「まず、呼称を訂正します」


 声はよく通った。


「こちらの五名は、女奴隷ではありません。それぞれ独立した事情を持つ裁判関係者、証人、保護対象、契約担当です」


 法務官が鼻で笑う。


「首輪や奴隷記録がある者もいる」


「あります。だからこそ、問題なのです」


 ロゼッタは一枚目の書類を出した。


「黒杯闘技場の押収記録。違法奴隷売買、違法賭博、薬品投与、強制戦闘が確認されています」


 ギルド印つきの記録だ。


 裁判長が書記に渡す。


 次に、赤鎖の札。


「赤鎖商会との搬入記録」


 次に、魔塔薬品。


「黒杯で使用された魔塔系薬品」


 次に、夜爪符号。


「暗殺組織夜爪による搬入記録」


 ロゼッタは一段ずつ積んでいく。


 法廷の空気が少し変わった。


 ただの感情論ではない。

 紙がある。

 物証がある。


 だが、裁判長の表情は動かない。


「それらは黒杯の罪であろう」


「はい」


 ロゼッタは即答した。


「そして、レオンさんは黒杯の被害者を保護し、証拠をギルドへ提出しました。違法奴隷を所有したのではなく、違法施設から保護したのです」


 傍聴席に小さなざわめきが生まれる。


 法務官が立ち上がる。


「しかし、保護対象を戦闘に用いた事実は否定できない」


「本人たちの意思です」


「奴隷身分者の意思など、主人の命令に左右される」


 その言葉が、法廷に落ちた。


 裁判長が木槌を鳴らす。


「静粛に」


 そして、こちらを見る。


「本裁判において重要なのは、五名が真に自由意思で行動していたかどうかである」


 その言い方自体は正しい。


 だが、続く言葉が違った。


「奴隷身分の者の証言は、主人の意思による誘導を受けている可能性がある」


 法廷の空気が、こちらに不利に傾いた。


 アルベルトが笑う。


 ロゼッタの羽根ペンが止まる。


 セリアが息を吐く。

 ミュールの耳が伏せる。

 イリスの腕輪が震える。

 ナギの目が細くなる。


 俺は裁判長を見た。


 五人の証言を、最初から軽く扱う。


 それが、この法廷の檻だった。


 裁判長は言う。


「よって次に、五名それぞれの証言を聞く。ただし、その証言価値は慎重に判断する」


 慎重。


 便利な言葉だ。


 疑うと決めた相手に使うには、あまりにも便利な言葉だった。


 ロゼッタが小さく言う。


「ここからが本番です」


 五人が、それぞれ一歩前へ出た。


 所有物ではなく、人として。


 その証明を、今からこの法廷でしなければならない。



裁判長は、奴隷身分の証言そのものを低く見ようとしました。

ここから五人は、所有物ではなく人として自分の意志を証明していきます。

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