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第060話 聖騎士の冤罪

 魔塔の使者が去った後、今度は騎士団から呼び出しが来た。


 王都騎士団支部。


 そこに、セリア・ヴァレンシュタインの過去がある。


 セリアは書類を受け取った時、表情を変えなかった。

 だが、盾を握る指に力が入っていた。


「行く」


 彼女は言った。


「一人では行かせない」


 俺が言うと、セリアは少しだけ目を細めた。


「言うと思った」


「なら早い」


「だが、これは私の問題だ」


「だから、君の隣を歩く」


 セリアはしばらく俺を見て、頷いた。


「わかった」


 同行するのは俺、ロゼッタ、ナギ。

 ミュールは宿と証人周辺の警戒。

 イリスは魔塔資料の整理。


 セリアの問題は、王都の騎士団と教会に触れる。

 不用意に全員で動けば、別の罠にかかる。


 王都騎士団支部は、白い石造りの大きな建物だった。


 門には王国騎士旗。

 壁には歴代騎士団長の名。

 訓練場からは剣戟の音。


 門の前に立った時、セリアの足がわずかに止まった。


 ほんの一瞬だ。


 だが、隣を歩いていればわかる。


 ここは、彼女がかつて帰る場所だと思っていた場所なのだ。


 任務を終え、鎧を脱ぎ、剣を預け、明日の訓練を考えた場所。

 仲間がいて、上官がいて、信じていた規律があった場所。


 その同じ門が、今は彼女を罪人として迎えようとしている。


「大丈夫か」


 俺が聞くと、セリアは少しだけ笑った。


「大丈夫ではない」


 正直な答えだった。


「だが、逃げるほどではない」


 セリアはその音を聞いて、ほんの少しだけ足を止めた。


「懐かしいか」


「少し」


「嫌か」


「それも、少し」


 正直な答えだった。


 受付で名を告げると、周囲の騎士たちが一斉にこちらを見た。


 セリア・ヴァレンシュタイン。


 その名は、まだここに残っている。


 ただし、誇りある聖騎士としてではない。


 冤罪を着せられ、呪印を受け、奴隷落ちした者として。


 廊下の奥から、一人の騎士が歩いてきた。


 灰色の髪。

 真面目そうな顔。

 年はセリアと近い。


 彼はセリアを見て、足を止めた。


「セリア」


「リカード」


 旧同僚らしい。


 リカードと呼ばれた騎士は、複雑な顔をした。

 怒りではない。

 気まずさ。

 後ろめたさ。


「生きていたのか」


「ああ」


「噂は聞いた。辺境で、元雑用係の男と」


 彼の視線が俺へ向く。


 セリアが一歩前へ出た。


「私は自分の意思でここにいる」


「そう言わされている可能性もある」


 ロゼッタが扇子を開く。


「その発想が今回の裁判の問題ですわね」


 リカードは少し眉をひそめた。


「あなたは」


「契約担当です。今は記録係でもあります」


「記録」


「ええ。元同僚の第一声が、生存確認の次に噂確認だったことも」


 リカードは口を閉じた。


 俺たちは小さな応接室へ通された。


 そこには、セリアの事件記録が用意されていた。


 王国騎士団記録。

 教会聴取記録。

 聖騎士資格停止通知。

 そして、奴隷落ちにつながる処分書。


 セリアは紙を見ても動揺しなかった。


 ただ、静かに読み始める。


 ロゼッタも横から目を通した。


 数分後、彼女の目が細くなる。


「改ざんされていますわね」


 リカードが反応した。


「何を根拠に」


「日付です」


 ロゼッタは二枚の書類を並べる。


「教会聴取記録の日付が、騎士団の現場報告より前になっています。現場報告が上がる前に、教会がセリアさんの呪印反応を聴取している」


 リカードの顔色が変わる。


「それは、写しの誤記では」


「誤記なら、同じ誤記が三枚あります」


 ロゼッタは容赦なく三枚目を出す。


「さらに、現場にいたはずの副官の署名が、後から別インクで足されています」


 セリアが紙を見る。


 その目が、初めて揺れた。


「この副官は、当日現場にいなかった」


 彼女の声は低かった。


「なぜわかる」


 リカードが聞く。


 セリアは紙から目を離さない。


「私が、彼を別任務へ出したからだ。北門の巡回記録に残っているはずだ」


 リカードの顔色がさらに悪くなる。


「北門巡回記録は、紛失扱いになっている」


「都合がよいな」


 セリアの言葉に、怒りは少ない。

 その代わり、深い失望があった。


「私一人を落とすために、どれだけの記録を曲げた」


「証言できますか」


 ロゼッタが聞く。


「できる」


「では、裁判で使います」


 リカードは立ち上がりかけた。


「待て。これは騎士団内部の」


「冤罪で人を奴隷へ落としておいて、内部で済むと思っているのですか」


 ロゼッタの声は冷たい。


 リカードは言葉を失った。


 セリアは静かに処分書を見ていた。


「私は、名誉を取り戻したいと思っていた」


 ぽつりと言う。


 俺は彼女を見る。


「当然だ」


「だが、今はそれだけではない」


 セリアは顔を上げた。


「この書類で、私は罪人にされた。なら、同じように書類で切り捨てられた者が他にもいるはずだ」


 彼女の声は、騎士の声だった。


「名誉を取り戻すためだけなら、私はここまで来なかった」


 リカードが目を伏せる。


「セリア、俺は」


「信じられなかったのか」


 セリアの問いに、リカードはすぐ答えられなかった。


 その沈黙が答えだった。


「すまない」


「謝罪は受け取る。だが、それで終わりにはしない」


 セリアは処分書をロゼッタへ渡した。


「これを証拠にする」


「もちろんですわ」


 その時、応接室の扉が開いた。


 入ってきたのは、銀縁の鎧を着た騎士団上級官だった。

 背後に騎士が四人。

 さらに、白い袖の教会書記が一人。


 リカードの顔が強張る。


「団長補佐」


 上級官はセリアを見た。


「元聖騎士セリア・ヴァレンシュタイン」


 その呼び方には、意図的な冷たさがあった。


「王国騎士団への反逆容疑で同行願う」


 空気が止まる。


 俺は一歩前へ出る。


「彼女は王都裁判の重要証人だ」


「証人である前に、王国騎士団の処分対象者だ」


 上級官は淡々と言う。


「逃亡中の元聖騎士が王都へ戻った以上、騎士団には身柄を確認する権限がある」


 ロゼッタが扇子を閉じた。


「公開裁判二日前に、主要証人を拘束する。ずいぶんわかりやすい手ですわね」


「口を慎め」


「慎む理由がありません」


 ナギが静かに刀へ手を添える。


 だが、セリアがそれを視線で止めた。


「剣は抜くな」


 ナギは手を止める。


 セリアは上級官を見る。


「私は逃げない」


「では同行を」


「ただし、拘束は拒む」


 上級官の目が細くなる。


「拒む権利はない」


「ある」


 セリアは盾を持っていない。

 剣も抜いていない。


 それでも、彼女は騎士として立っていた。


「私は明後日の公開裁判で証言する。私を拘束したければ、その場で理由を述べよ。ここで密室に連れていくなら、それは反逆容疑ではなく証言妨害だ」


 ロゼッタがすぐに記録する。


「素晴らしいですわ。今の発言、そのまま使えます」


 上級官の顔に怒りが浮かぶ。


 白い袖の書記が、彼の耳元で何かを囁いた。


 上級官はしばらくセリアを睨み、やがて言った。


「では、王都中央法廷で会おう」


 彼らは去っていった。


 扉が閉まる。


 リカードは椅子に座り込んだ。


「セリア、すまない。本当に」


 セリアは彼を見た。


「謝るなら、裁判で話せ」


「俺が?」


「当日の現場に誰がいたか。誰がいなかったか。改ざんされた署名を、君は見た」


 リカードは震える息を吐いた。


「騎士団を敵に回すことになる」


「騎士とは、騎士団を守る者ではない」


 セリアは静かに言った。


「守るべきものを守る者だ」


 リカードは長い沈黙の後、頷いた。


「証言する」


 その声は震えていた。


 だが、逃げてはいなかった。


「俺は、君を信じなかった。上がそう言うなら、教会がそう記録したなら、間違いないと思った」


 リカードは両手を握りしめる。


「違和感はあった。現場にいなかった者の署名。早すぎる教会聴取。消えた巡回記録。でも、見ないふりをした」


 セリアは黙って聞いていた。


「今さら証言しても、償いにはならない」


「ならない」


 セリアははっきり言った。


 リカードの顔が強張る。


「だが、誰かを同じように切り捨てる紙を一枚減らすことはできる」


 その言葉に、リカードは深く頭を下げた。


 ロゼッタがすぐに証言書の紙を出した。


「では、鮮度が命です」


「本当に容赦ないな」


 俺が言うと、ロゼッタは当然の顔をした。


「裁判前日に容赦している暇はありません」


 セリアは応接室の窓から、訓練場を見ていた。


 かつて自分が立っていた場所。

 自分を信じなかった場所。

 自分を紙で切り捨てた場所。


 それでも、彼女は背を丸めなかった。


 窓の向こうで、若い騎士たちが訓練を続けている。

 彼らはまだ知らない。

 自分たちが信じる記録が、どれほど簡単に書き換えられるか。

 忠誠が、どれほど簡単に誰かを切り捨てる理由にされるか。


 セリアはその光景を見て、静かに息を吐いた。


「守りたいものが、また増えた」


「騎士団をか」


「違う」


 彼女は首を横に振った。


「騎士であろうとする者たちを」


 元聖騎士ではない。


 今ここに立つ、セリア・ヴァレンシュタインとして。


 彼女は王都の騎士団と向き合うことを選んだ。



セリアは名誉を取り戻すためだけではなく、切り捨てられる者を減らすために立ちました。

彼女の誓いは、王都の法廷で次の意味を持ち始めます。

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