第056話 勇者との再会
王都で、レオンとアルベルトが正面から再会します。
民衆の前での言葉は、ここから裁判の材料にもなっていきます。
「王都へようこそ、レオン。ここでは、お前のきれいごとは通用しない」
アルベルトの声は、門前の広場によく響いた。
勇者の声だ。
人に聞かせることに慣れた声。
自分の言葉が正しい場所へ落ちると信じている声。
民衆は、彼の言葉を疑わない。
勇者が言うなら、そうなのだろう。
勇者が指差すなら、そこに悪があるのだろう。
そんな空気が、広場に広がっていくのがわかった。
俺は拳を握ったまま、息を吐いた。
怒鳴るな。
ここで怒鳴れば、アルベルトの作った絵に入るだけだ。
奴隷を侍らせた危険な男。
勇者に逆恨みする元雑用係。
女たちを盾にして怒鳴る偽善者。
相手は、そう見せたい。
なら、乗らない。
「きれいごとで済むなら、ここまで来ていない」
俺が言うと、アルベルトは鼻で笑った。
「口だけは達者になったな。昔は俺の荷物を運ぶだけだったくせに」
民衆の一部が笑う。
軽い笑い。
けれど、その軽さが刺さる。
セリアが一歩前へ出ようとした。
俺は手で制した。
命令ではない。
頼む、という合図だった。
セリアは俺を見る。
そして、深く息を吐き、踏みとどまった。
アルベルトの目が彼女へ移る。
「セリア・ヴァレンシュタイン。呪われた元聖騎士。まだ騎士の顔をしているのか」
セリアの表情は動かない。
「私は、私の顔で立っている」
「罪人が」
「その罪を誰が作ったのか、法廷で話す」
アルベルトの眉がわずかに動いた。
ロゼッタが小さく呟く。
「今の発言、記録」
彼女はすでに小さな帳面を開いていた。
アルベルトの視線がミュールへ向かう。
「獣人暗殺者。危険な刃まで連れているとはな」
ミュールはフードの下で黙っている。
だが、耳は背後の人の動きまで拾っている。
「危険なら、近づかない方がいい」
短い言葉。
広場の一部がざわめく。
アルベルトは笑った。
「脅しか」
「忠告」
ロゼッタがまた書く。
「今のはミュールさんの発言ではなく、アルベルト様が脅しと曲解した記録として残します」
「いちいち書くな」
「民衆の前での発言は、よく響き、よく残りますわ」
ロゼッタは微笑む。
「勇者様なら、ご存じでしょう?」
アルベルトの顔に苛立ちが走る。
次に、彼はイリスを見た。
その背後で、魔塔服の男が小さく何かを囁く。
「暴走魔導師。魔塔から逃げた危険物」
イリスの肩が震えた。
俺は思わず前へ出そうになる。
だが、イリスは自分で顔を上げた。
「私は、イリスです」
声は小さい。
それでも、広場のざわめきの中で確かに聞こえた。
「魔導師です。危険物ではありません」
アルベルトはつまらなさそうに目を細めた。
「そう言うように教えられたか」
イリスの指が腕輪を握る。
だが、彼女は下を向かなかった。
ロゼッタが帳面に走らせる羽根ペンの音が、やけにはっきり聞こえた。
「ロゼッタ・フォルン」
アルベルトは彼女を見る。
「没落商家の債務奴隷まで従えているとは。レオン、お前に商才があったとは知らなかった」
「ありませんわ」
ロゼッタが即答した。
民衆の一部が困惑する。
「この方は商才がありません。だから私が帳簿を預かっています」
「奴隷が主人の財布を?」
「契約担当が依頼者の財布を見るのは当然です」
「主人と呼ばないのか」
「呼ぶ理由がありませんもの」
ロゼッタの声はよく通る。
今度は民衆のざわめきが少し違った。
嘲笑ではない。
戸惑いだ。
最後に、アルベルトの視線がナギへ向いた。
「東方の剣奴。黒杯で俺が買うはずだった女だ」
空気が凍った。
ナギの手が刀へ近づく。
だが、抜かない。
彼女はアルベルトを見た。
「拙者は、獲物ではない」
「剣奴が何を言う」
「剣奴と呼ぶ者ほど、剣を知らぬ」
短い返しだった。
広場の一部が静まる。
ナギの声には怒鳴り声とは違う重さがあった。
アルベルトは面白くなさそうに口元を歪めた。
「お前たちは全員、レオンに言わされているだけだ」
俺はようやく口を開いた。
「違う」
「何が違う」
「彼女たちは、俺の言葉で立っているんじゃない」
「ではなぜ一緒にいる」
アルベルトの声が強くなる。
「呪われた聖騎士、獣人暗殺者、暴走魔導師、債務奴隷、東方剣奴。普通なら誰も近づかない連中だ。それをお前は買い集めた。違うか」
民衆の視線がまた刺さる。
五人の過去が、わざとひとつずつ並べられる。
人としてではなく、危険な属性として。
俺は怒りを飲み込む。
「買った。買い戻した。助けるために」
「助ける?」
アルベルトが笑う。
「所有しているだけだろう。優しい主人のつもりか」
その言葉に、胸の奥で何かが冷えた。
優しい主人。
いつか、どこかで聞くことになる気がする言葉。
今はまだ形にならない不快感が、背筋を撫でた。
「主人にはならない」
俺は言った。
「なら、何だ」
「隣にいる者だ」
答えとしては不十分かもしれない。
だが、今の俺にはそれしかなかった。
アルベルトは鼻で笑う。
「雑用係らしい曖昧な答えだ」
「雑用を馬鹿にするな」
セリアが低く言った。
アルベルトの目が彼女へ戻る。
「何だと」
「人を支える仕事を見下す者に、勇者の剣は重すぎる」
広場が静かになった。
アルベルトの顔から笑みが消える。
その時、門の内側から別の一団が現れた。
王都裁判所の紋章をつけた使者。
後ろに書記二人。
さらに、教会法務局の白い袖。
白い袖を見た瞬間、ナギの呼吸が変わった。
ミュールがその変化に気づき、わずかに位置をずらす。
使者は広場の中央で巻物を開いた。
「王都裁判所より通達する」
声は淡々としている。
周囲の民衆も自然と静かになった。
「レオン、ならびに同行者五名に関する違法所有奴隷疑義について、三日後、王都中央法廷にて公開審理を行う」
公開。
その言葉に、ロゼッタの目が細くなる。
使者は続ける。
「審理終了まで、対象者一行は王都南区の指定宿に滞在すること。無断外出、証人への接触、証拠隠滅に類する行為を禁ずる」
「証人への接触を禁ずる?」
ロゼッタが小さく呟いた。
「証拠集めを潰しに来ましたわね」
使者は巻物を閉じる。
「三日後、王都中央法廷にて審理を行う」
アルベルトが満足そうに笑った。
「聞いたか、レオン」
彼は民衆の前で、俺へ一歩近づく。
「今度は逃げ場も裏方仕事もない。お前自身の価値が裁かれる」
俺は彼を見る。
怒りはある。
恐怖もある。
だが、それだけではなかった。
ロゼッタの羽根ペンが止まらない。
セリアはまっすぐ立っている。
ミュールは背後の監視を読んでいる。
イリスは震えながらも顔を上げている。
ナギは白い袖を見据えている。
俺一人の価値が裁かれるのではない。
俺たちが、彼らの言う檻を壊せるかどうか。
それが試される。
「三日後だな」
俺は言った。
「行く」
アルベルトは笑った。
「せいぜい、奴隷たちに慰めてもらうんだな」
ロゼッタが小さく呟いた。
「今のも記録」
王都の門は背後で開いたままだ。
俺たちは、監視の視線と民衆のざわめきの中、指定宿へ向かうことになった。
指定宿は、王都南区の外れにあった。
宿というより、監視しやすい建物だった。
出入り口は一つ。
裏手には高い塀。
窓の外には巡回兵。
受付の男は、俺たちの顔を見る前に書類を見た。
「裁判所指定の一行ですね」
その言い方で、ここが歓迎の場所ではないとわかる。
部屋は二つ。
男用と女用、という分け方らしい。
ロゼッタが即座に言った。
「却下です」
「規定ですが」
「こちらの五名は、裁判上の重要証人です。証人同士を一室に押し込めば、後で証言の誘導を疑われます。さらに、監視下にある女性証人をまとめて一室に入れるなど、管理責任上も危険ですわ」
受付の男は困った顔をした。
結局、部屋は三つに増えた。
それでも十分ではない。
だが、ロゼッタは「初手としては上出来です」と言った。
宿の食堂に入ると、すでに王都側の監視役が二人いた。
普通の客を装っている。
装えていない。
ミュールが椅子に座る前に小さく言う。
「左、監視。右、剣。厨房にも一人」
「聞こえない声で言ってくれるか」
「言った」
「助かる」
イリスは窓際を避けた。
魔塔服の男が通りの向こうに立っていたからだ。
ナギは白い袖を見てから、ずっと静かだった。
セリアは王都騎士の巡回音を聞くたび、わずかに目を伏せる。
ここは宿だ。
だが、誰も休めていない。
ロゼッタは食堂の一番奥の席に書類を広げた。
「三日です」
彼女は言った。
「三日で、相手が作った物語を崩します」
「証人への接触は禁止された」
「だからこそ、向こうが嫌がる証人がいるということです」
ロゼッタは羽根ペンを置く。
「禁止されたことは、相手の弱点です。証拠集めを禁じる書類そのものも、証拠になります」
その言葉に、少しだけ息がしやすくなった。
紙の檻。
だが、檻を作る紙にも、継ぎ目がある。
三日。
たった三日で、紙の檻を壊す準備をしなければならない。
アルベルトの挑発に乗らず、レオンたちは三日後の公開裁判へ向かうことになりました。
紙の檻には継ぎ目があります。そこを探す準備が始まります。
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