表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
51/145

第051話 違法所有奴隷の疑い

 王都から届いた召喚状は、食堂の机の上に置かれていた。


 白い紙。

 金の封蝋。

 整った文字。


 それだけなら、貴族の招待状にも見える。


 だが、書かれている内容は招待ではなかった。


 出頭命令。

 違法所有奴隷の疑い。

 同行者の身分確認。

 所有権、契約書、奴隷首輪、保護記録の提出。


 丁寧な言葉で並べられた檻だった。


 黒杯闘技場から救出した者たちは、まだ暖炉のそばで休んでいる。

 ナギの首輪も完全には外れていない。

 解放者の家の帳簿は、黒杯から持ち帰った証拠で机を埋めている。


 勝った翌日だ。


 そう思いたかった。


 だが、王都は俺たちに勝利の余韻を許さなかった。


 ロゼッタが召喚状を手に取り、最初から最後まで読み直す。


 彼女は声を荒らげない。

 怒っていないわけではない。

 むしろ、怒っている時ほど静かになる。


 マルタも向かいに座っていた。

 ギルド職員として、王都からの正式書類を無視することはできないらしい。

 顔色は悪い。


「形式は整っています」


 マルタが言った。


「王都裁判所の印、教会法務局の副印、勇者パーティからの告発書。ギルドへの照会文もあります」


「つまり、本物か」


「本物です。だから厄介です」


 ロゼッタが鼻で笑った。


「偽物なら破れば済みますものね」


「破っても済みません」


「わかっていますわ。言ってみたかっただけです」


 言葉は軽い。

 だが、ロゼッタの指先は紙の端を強く押さえていた。


 セリアは食堂の壁際に立っている。

 盾は手元にない。

 だが、いつでも取りに行ける位置だ。


 ミュールは窓枠に座り、外を見ている。

 耳は王都からの使者が去った方向へ向いていた。


 イリスは腕輪を両手で包んでいる。

 紫の光が、指の間で小さく揺れていた。


 ナギは食卓の端に座っている。

 昨日より少しだけ中心に近い。

 それでも、扉までの距離を測っているのがわかる。


 五人全員が、紙一枚に動きを止められていた。


 俺はそれが腹立たしかった。


 黒杯では、檻は鉄でできていた。

 王都の檻は、紙でできている。


「告発人は」


 わかっていて聞いた。


 ロゼッタは書類の下部を指す。


「アルベルト・レイヴァン。勇者パーティ代表としての告発です」


 その名を聞いても、もう驚きはなかった。


 ただ、胸の奥に冷たいものが沈む。


 アルベルトは黒杯で俺たちを見た。

 ナギを買おうとした。

 闇闘技場にいた。


 それなのに、翌日には告発人としてこちらを裁こうとしている。


 速すぎる。


 いや。


 最初から準備していたのだ。


 ロゼッタも同じ結論に至ったのか、召喚状の添付書類を広げた。


「この告発状、黒杯の件を受けて急いで作ったものではありませんわ」


「どうしてわかる」


「日付です」


 彼女は紙面の端を指す。


「告発書の下書き作成日は、黒杯崩壊の前日。つまり、アルベルト様は黒杯でナギさんを買おうとする前から、レオンさんを違法奴隷所有者として告発する準備をしていました」


 セリアの目が細くなる。


「では、黒杯での遭遇は偶然ではないのか」


「完全な偶然ではないでしょう。少なくとも、彼はレオンさんが奴隷身分の女性たちを連れているという噂を掴み、それを告発材料にするつもりだった」


 ミュールが低く言う。


「匂いを追ってきた?」


「情報屋を使った可能性が高いですわ」


 ロゼッタは二枚目の書類をめくる。


「問題は、ここです」


 そこには、俺たちの名が並んでいた。


 レオン。

 元勇者パーティ雑用係。


 その下に、五人の名。


 セリア・ヴァレンシュタイン。

 呪印つき元聖騎士奴隷。


 ミュール。

 獣人暗殺奴隷。


 イリス。

 魔塔由来危険魔導奴隷。


 ロゼッタ・フォルン。

 債務奴隷。


 ナギ・シノノメ。

 東方剣奴。


 胸の中で、何かがきしんだ。


 名前の後ろに、わざと傷を並べている。

 その人が何を選んだかではなく、どんな檻に入れられたかだけを見せている。


 紙の上で、五人はもう一度商品に戻されていた。


「ふざけるな」


 声が漏れた。


 ロゼッタが俺を見る。


「怒るのは正しいです。ですが、まだ最後まで読んでいません」


「これ以上あるのか」


「あります」


 彼女は淡々と続けた。


「告発内容は、違法所有奴隷の疑い、奴隷身分者の無許可移動、危険人物の私兵化、王都治安維持法への抵触」


「私兵化?」


 セリアが低く言った。


「私は、誰の私兵にもなった覚えはない」


「ミュールも」


「私もです」


 イリスの声は小さい。

 だが、震えながらもはっきりしていた。


 ロゼッタは自分の名が書かれた箇所を見下ろす。


「債務奴隷の不正取得、ですか。私を買った時、正式な競売記録はありますのに」


「黒杯は非合法だったが、君は正規の競売だ」


「ええ。ですが、相手はそこを混ぜています」


 ロゼッタは紙を一枚ずつ並べていく。


「セリアさんは冤罪で落とされた聖騎士奴隷。ミュールさんは危険商品。イリスさんは魔塔の回収対象。私は債務奴隷。ナギさんは黒杯から連れ出された剣奴。事情はすべて違います」


「それを一つにしている?」


「はい」


 ロゼッタの目が冷える。


「レオンさんが危険な女奴隷を買い集め、私兵として使っている。そう見えるように、違う事情を一つの物語にまとめています」


 物語。


 嫌な言葉だった。


 俺たちは必死に人を助けてきた。

 命令しないために、何度も言葉を選んできた。

 買い戻した後も、首輪や契約や暮らす場所に向き合ってきた。


 それを王都は、別の物語にしている。


 奴隷を集める危険な男。

 元勇者パーティの雑用係が、恨みで私兵を作った。

 そういう話に。


 ナギが静かに言った。


「紙の上では、拙者はまだ剣奴なのだな」


 俺は言葉に詰まった。


 首輪はまだ残っている。

 黒杯の命令鎖は断った。

 だが、正式な解放手続きはまだ終わっていない。


 ナギは事実を言っただけだ。


 それが悔しかった。


 イリスが小さく息を吸う。


「私も、魔塔の書類では研究資産のままかもしれません」


 ミュールは窓の外を見たまま言う。


「ミュールも、夜爪だと失敗作」


 セリアは拳を握った。


「私は、王都ではまだ罪人か」


 ロゼッタが紙を押さえる。


「だからこそ、相手は王都へ呼びます。王都では、皆さまの過去の檻がまだ生きている」


 マルタが苦い顔で頷いた。


「辺境ギルドでは保護対象として扱えても、王都裁判所では別の判断になる可能性があります」


「王都へ行かなければ」


 俺が言いかけると、ロゼッタが首を横に振った。


「告発が既成事実になります。出頭拒否は、逃亡と見なされる」


「解放者の家は」


「危険ですわ。違法奴隷の隠匿拠点として捜索される可能性があります」


 トマの顔が浮かんだ。

 黒杯から救出された者たちの顔も。


 ここを守るためにも、無視はできない。


 俺は息を吐いた。


「つまり、相手は勝つために呼んでいるというより」


「呼ぶこと自体が目的です」


 ロゼッタが言う。


「王都へ来させる。王都の法で縛る。王都の目の前で、五人を奴隷として扱う。そこでレオンさんを怒らせれば、危険人物という印象も作れる」


 アルベルトの顔が脳裏に浮かぶ。


 闇闘技場で、俺の獲物をと言った男。

 黒杯を潰した功績を横取りされたと怒った男。


 彼は、俺が怒るところを見たいのかもしれない。


 怒れば負ける。

 だが、怒らないわけにもいかない。


 セリアが静かに言った。


「レオン。私は王都へ行く」


「まだ決めるには早い」


「早くない」


 彼女は真っ直ぐ俺を見る。


「私の冤罪は王都で作られた。王都の紙で私は罪人にされた。なら、私は王都で自分の言葉を取り戻す」


 ミュールが窓枠から降りる。


「ミュールも行く。夜爪の匂い、王都にある」


 イリスは腕輪を握る。


「怖いです。でも、魔塔が私を危険物だと言うなら、私は自分で違うと言いたい」


 ロゼッタは当然のように書類を束ねる。


「私は行きます。裁判は戦場です。私がいなければ、貴方は三枚目の書類で罠に落ちますわ」


「否定できない」


「してください」


 ナギは少し遅れて口を開いた。


「東雲流を欲した白い袖が王都へつながるなら、拙者も行く」


「ナギ、首輪が」


「だから行く」


 彼女はうなじの下に触れた。


「拙者の中の鎖が、どこへつながっているのかを見たい」


 五人が、それぞれの理由で前を向いていた。


 俺はまだ、怖かった。


 王都へ行けば、彼女たちはまた檻に近づく。

 行かなければ、紙の上で檻に戻される。


 どちらを選んでも危険だ。


 そんな時、ロゼッタが最後の添付書類を開いた。


 彼女の表情が変わる。


「待ってください」


「何だ」


「まだ、ありました」


 声が冷えている。


 ロゼッタは紙を机の中央へ置いた。


 王都到着時の身分確認手順。

 同行奴隷の扱い。

 拘束権限。


 その中の一文に、俺の目が止まる。


 頭の中が、一瞬だけ真っ白になった。


 ロゼッタが読み上げる。


「同行奴隷五名は、王都到着時に身柄を一時拘束する」


 食堂の音が消えた。


 暖炉の火の音も。

 外の風も。

 誰かの息遣いも。


 一時拘束。


 セリアを。

 ミュールを。

 イリスを。

 ロゼッタを。

 ナギを。


 王都に着いた瞬間、俺から引き離す。

 いや、俺からではない。

 彼女たち自身の意思から引き離す。


 紙の上では、それが手続きだった。


 俺は召喚状を掴んだ。


 指に力が入る。

 紙が歪む。


 握り潰しそうになって、止めた。


 破れば、相手の思うつぼだ。


 だから、破らない。


 だが、怒りは消えない。


「ロゼッタ」


「はい」


「これを、どうすれば潰せる」


 ロゼッタは俺を見た。


 その目に、少しだけ笑みが戻る。


「ようやく、裁判をする顔になりましたわね」


 俺は歪んだ召喚状を机に置いた。


 紙で作られた檻なら。


 紙で壊す方法を探す。


 王都は、俺たちを裁こうとしている。


 なら、こちらも王都を裁く準備を始める。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ